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Drused Race  作者: 鈴生
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 部屋の中はひどく蒸し暑かった。一足先に自分が部屋に入り、エアコンを入れる。玄関で所在なさげにする彼女に告げる。

「こっち来て座んな。水でいい。」

 飲み物を質問するつもりは欠片もなかった。宣言に等しい。自分が飲みたかっただけだ。出してもらえるだけ温情だと思え。

 今更顔を出してきた何の用だ。こちらの好きにさせてもらおう。

 黙りこくったまま、彼女はハイヒールを三和土にきちんと揃えて、ダイニングにやって来た。キッチンカウンターの椅子に腰かける。彼女が口を開いたのは、私の部屋に入るときに蚊の鳴くような声でお邪魔します、と言ったときだけだった。

 軽く手を洗って、グラスに氷をいくつか放り込んで水を注ぐ。口直しに何かアルコールを飲んでも良かったが、寝つきが悪くなりそうだったのでやめた。彼女の前にグラスを一つ突き出して、私はキッチンに立ったまま一杯飲み干した。あまり冷えていない。当たり前だ。もう一杯水を汲んで、横に置いておく。

「……何しに来た」

 俯いたままの彼女は、顔を上げない。照明の具合で、あまり彼女の表情は読み取れない。出されたグラスに手を付けることもなく、彼女はずっと黙っていた。


 どれだけの時間が経っただろう。部屋の中は涼しくなっていた。グラスに結露が付いて、底の部分に水が溜まっていく。カラン、と彼女のグラスから氷が溶ける音がした。やっていられなくなって、自分のグラスから水を飲み干す。冷え切った水が、喉を通って腹の中に落ちるのがわかった。身体の底から冷えそうだ。暑いのだからちょうどいいだろう。グラスを置いたそのとき、リュカの声がした。

「…ずっと、見てたの」

 動きを止めて、彼女の顔を見つめる。声は、震えていた。

「…セイカの、レース。ずっと。」

「いつから」

 言いにくそうに口を開いたり閉じたりしながら、続ける。

「…昔、から。…万年、最下位って、言われてた、頃から、ずっと。…ウチと、バディ、組む前から。」

 逐一言葉を区切るので、聞き取りにくかった。だんだん苛立ちが募って来た。話の筋が見えない。それと、リュカがレースから姿を消したことと、何の関係がある。

「それで、なに」

 怯えたような眼差しを向けられる。尖った声音にしないように気を付けたつもりだったが、失敗したらしい。

「…羨ましかった。」

「私の能力(ちから)が、ね。それで?それと今までのことと、何の関係がある?」

 彼女の眦が下がる。瞬きが増えている。泣きそうなのだ。それでも追撃の手を緩めるつもりはない。

「…それじゃ、ない。」

「へえ。あと何があんの。主運転手(メイナー)に私が向いてないって断定したのに、あと何が羨ましいわけ。」

 言葉の端が刺々しくなるのを、止められない。暴言にはなっていないだけマシだろうか。

「………運転、が」

 あまりにも小声だったので、聞き取れなかった。

「なに?もっかい言って、声小っちゃくて聞き取れない」

「…運転が、あの、主運転手としての、判断が……」

 先ほどよりも、少しは大きい声だった。

 今、リュカは何と言った?私の、主運転手としての判断が、羨ましい、だと?

 舌打ちが零れる。

 リュカの身体がびくつく。

「何様だ、お前。」

 苛立ちは、言葉は、憤りは、この勢いは、止められない。

「今更のこのこ顔出してきたと思ったら、アタシの主運転手としての判断が羨ましかっただと?言い訳すんのも大概にしろよ。何が言いたいのかはっきりしろ。どうせ辞めるって言いに来たんだろ?そのために思い出話してんじゃねえよ。」

 リュカの顔が、慌てだす。私の言葉を遮るように、悲痛な声が響く。

「違う、違うの…!」

「何が違えんだよ、主運転手が怖くなったんだろ?なあ?」

 彼女の目に、涙が溜まっていた。泣きたいなら好きにすればいい。

「お前は、あのとき、判断を鈍った。最後の最後で、アクセルを踏まなかった。怖くなったんだろ。何もかも。」

 まろい頬に、雫が伝っていくのが見えた。慌てたようにそれを拭う彼女の左手の甲に、傷跡が残っているのが見えた。彼女も綺麗に傷は治らなかったらしい。見た目に気を使っている彼女にとっては、さぞショックな出来事だっただろう。

「そんで何もかもの責任を押し付けてトンズラかよ。どういうつもりだ。」

 これは、会話なんかじゃない。尋問だ。裁判だ。私は、彼女を裁いているのだ。目の前に現れた、あのときと同じ顔をした、最大の敵を、裁かんとするために。

 頬に伝う雫が、手で拭うだけでは収まらなくなっていた。ポーチからハンカチを取り出して拭いながら、涙声でリュカは告解を始めた。


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