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Drused Race  作者: 鈴生
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 リュカがいなくなった後も、私はレーサーを続けた。彼女のおかげで副運転手(ツイン)としての経験もできたため、バディを組むレーサーには困らなかった。それに、あの準優勝した経験が、私の知名度を上げていた。

 しかし、リュカと組んでいたときほどの連帯感を感じられることはなかった。誰が悪い、というわけではない。私が主運転手(メイナー)を務めても、副運転手を務めても、その満たされない感覚は埋まらなかった。リュカとのレースで、私は自分が異質であることを嫌というほど実感していた。私の判断に、言葉なしでついて来れる副運転手はいない。言葉なしで、私に全てを汲み取られることを望む主運転手はいない。

 リュカのようなレーサーと組めなくても、私はレースでいつも入賞できるようになった。運が良ければ1位に輝くこともあった。賭けられる賞金が増えた。受け取る賞金の額が上がっていく。家に飾られるメダルや盾が増えていく。自分で機体(マシン)を買おうと思えば、中古で超重量級のものが買えるくらいの金が、一度に手に入るようになった。

 それでも、あのときの感動だけが遠かった。メインハンドルを握ったときの、軽やかで滑らかな動き。奥の方で何か引っかかるような感覚もなく、最大級にアクセルを踏み込む快感。全開までギアレバーを引き上げる、左手の痺れそうな感覚。カーブを曲がるときに、制御が効かなくなるほど重たくなるメインハンドルの動き。何もかも、忘れられることはなかった。

 そうして、これまで以上に、私はレースに打ち込むことになった。その頃開催されたレースには、全て出場した。それ以外の日は、試しに買ってみたカインの1000番台の機体を弄り回していた。金なら腐るほど持っていた。好き勝手改造することは容易だった。この機体でレースに出るつもりはなかった。

 塗装を塗り替え、ダブルスチールを改造し、ギアを規定よりも上げられるようにして、コックピットも散々弄ってしまえば、やることがなくなってしまった。結局、余っていた金でパーツを買い、エンジン部分を超重量級のものに付け替えた。もうカインらしさはほとんど残っていなかった。コックピットの内部の計器周辺だけが、元のカインシリーズらしい風情を残していた。


 その日は、どうしようもなく暑い日だった。その日も、私はレースに出場していた。副運転手として、あるレーサーと組んで出場したのだった。彼女が持ってきたのはノア600。因縁の機体だった。

 ノア600にも、かなり乗り慣れてしまっていた。重量級の機体は、ますます減っていた。レース用の機体は、超重量級か軽量級の二つに偏るようになっていた。昔賭けていた頃のような、私たちがやったような悪辣で乱暴で、人間の欲望が剥き出しになっているレースはほとんど見られなくなっていた。安全指向が高まっているのかもしれなかった。

 その日は、順当に3位を獲得した。表彰された後、バディを組んだ名も知らない彼女から夕食に誘われたが、私はそれを丁重に断った。夕食も一人で摂りたかった。

 名残惜しそうにする彼女と別れて、私は夕食を買いに露店に繰り出していた。たまには買い食いをしてもいいだろう。こんなに暑い日に、自宅で何か作るなんてごめんだった。

 レース場の近くに出ている露店なんて、まともなものではない。その中から、比較的衛生環境が良さそうで味も保証されていそうな店を探し、ビールと肉まんを買うことにした。別にそれが食べたかったわけではなかったが、空腹は紛らわせたかった。

 ごった返す人ごみから抜けて、茂みの縁に腰かけて肉まんに齧り付く。機械的に咀嚼して、飲み込む。コンビニで買った方がよかったかもしれない。味は大したことなかった。でもちゃんと加熱されていたから、そこだけはよかったと思った。妙に舌に残る味を、ビールで流し込む。あまり冷えておらず美味しくない。やはりこれなら何か材料を買って家で作った方がマシだったかもしれない。あまり良い夕食とは呼べそうになかった。

 手早くごみをまとめて、ゴミ箱に捨てて帰路につく。ここから家は歩いて帰れる距離だ。人によっては嫌がるかもしれない時間が掛かったが、あまり気にならなかった。歩くのは比較的好きだった。気が紛れるのだ。

 家に近づくほど、人通りは減っていく。日はとっくに暮れて、気温は日中よりマシになっていた。それでも汗が伝う。右手で頬に伝う汗を拭うと、ざらついた感触が残った。あのときの傷跡は、綺麗に治らなかった。本来ならば綺麗にくっ付くはずの切り傷に、細かい埃が入り込んでしまって、跡が残ってしまったのだ。

 ぽつり、ぽつり、と並ぶ街灯の元で立ち止まって、手のひらを見つめる。右手の手のひらに、血が付いているはずはなかった。頭を振って、足を踏み出す。何を考えていたのだろう。

 明日の予定を考えながら、歩いていく。家はもうすぐだ。そういえば、イズモから数日前に暑中見舞いが来ていた。あれに返信しなければ。レースで当然のように入賞するようになってから、観客としてやってきている彼を見つけて声を掛けたのだ。スサミはいなかった。彼はギャンブルが大嫌いだ。


 そのときのイズモの表情は沈んでいた。

「…主運転手は、変わったのか。」

「ええ、はい。()()がいなくなってしまったので。」

「…そうか。」

 その様子が、なんだか絶望しているようだったので、予定が合えばまた会わないかと提案したのだが、一蹴されてしまった。若い女に興味があるように見られては困る、と言われて苦笑いしてしまった。彼らしい断り文句だ。代わりに文通をするようになった。

「…機械はわからん」

「大改造したカイン3000に乗ってらっしゃるのに、何を言うかと思えば。」

「…あれをやったのはスサミだ。…これと運転はわけが違う。」

 手にした端末を苦々しげに振りながら、レース場に止まっている機体と視線を往復させながら告げられる。どことなく言い訳めいた感じがあって、笑いが堪えられなかった。


 そうして、時折はがきが届くようになったのだ。大抵売っているはがきがそのまま送り付けられてきたが、時によっては、スサミからの一言が添えられていることもあった。

 今回はスサミからの言葉があったのを思い出す。流麗だが力強い文字で、短く綴られていた。

『気負い過ぎるな』

 入賞を続けて、レースに執着している私の様子を、イズモから聞いたのかもしれなかった。それになんと返そうか悩んでいるうちに、家が見えてきた。

 アパートのエントランスに近づくと、誰かがいるのが見えてきた。明るい茶色のショートヘアの女性だ。白いミニスカートに、涼しげな水色のトップスを合わせている。そこに、ハイヒールが嫌味にならずに合わせられていた。

 足音を聞いたのか、その女性がぱっと振り返る。その顔には、嫌というほど、見覚えがあった。

「………リュカ、」

 そのあとの言葉が、出てこなかった。どうして、ここにいるのだ。どうして、現れたのか。どうして、レースから消えたのか。どうして、連絡を絶ったのか。どうして。

「………何しに来た」

 出てきたのは、非難の言葉だった。彼女が俯く。このままここで責め立てても埒が明かない。歩いてきたから暑い。ひとまず、彼女を家に上げることにした。

「…ついて来て」

 黙って頷いて、彼女は大人しく私について来た。


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