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Drused Race  作者: 鈴生
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 あれだけ悪辣な妨害をしたのにもかかわらず、他の機体(マシン)もレーサーもすべて無事だった。更に言うなら、次々とゴールしたレーサーたちから讃えられる始末だ。コースに面白みがなく、盛り上がりに掛けるレースを、典型的なドルーズドらしいレースに変えたという理由だった。曖昧に笑ってそれを受け流す私の隣で、リュカはずっと静かなままだった。


 表彰式が終わってすぐに、カイン3000のレーサーたちの元へ駆け寄る。

「イズモさん!スサミさん!」

 沸き立つ観客や、羨望と尊敬の入り混じった眼差しを向ける他のレーサーたちに、目もくれずに選手用出口から出て行こうとする彼らに声を掛ける。ちらりとこちらを向いたイズモが、軽く頷いて、そのまま暗い出口の向こうへ足を進めていく。小走りになってそれを追った。他のレーサーたちは黙りこくったままのリュカに集まっており、誰もこちらへはやってこなかった。

 打ちっぱなしのコンクリートが剥き出しになった空間で、彼らは足を止めて、私を待っていた。その二人の醸し出す、なんてことのない穏やかな沈黙が、私を妙に落ち着かなくさせた。さきほどまで色々思いついていた言葉が、咄嗟に出てこなくなる。口を開けたり閉じたりして、何と言うべきか悩んでいる間も、二人は黙したままだった。

「…優勝、おめでとうございます。」

 結局、出てきたのはありきたりな社交辞令だった。それを聞いたスサミの口元が、ほんの少しだけ緩んだのが見えた。イズモがゆっくりと口を開く。

「…社交辞令の一つも、言えるようになったのか。」

 彼らしい言葉だった。きっと数年前の私の無礼を、遠回しにからかっている。

「ええ、そのくらいは身に付きました。」

 足が地に着かないような感覚が、彼の言葉で落ち着く。言いたかった言葉が、次々に出てくる。

「まだ、前線にいらっしゃったのですね。少し驚いてしまいました。」

 カイン3000に見覚えがあったのは、当たり前だ。なぜなら、初めて乗ったあの機体が、カイン3000だったからだ。彼らは、あれからずっとあの機体を運転し続けているのだ。一体何年前のことだろうか。あれから両の手では足りないほどの年月が経っている。

 彼らは口を挟むことなく、私の、多少失礼な物言いを聞いていた。呆れているような、それでいて温かな目が、どことなく笑みを湛えていた。

「そして、レース中の無礼を、お詫びいたします。申し訳ありませんでした。」

 深々と頭を下げる。ドルーズドでは許されている行為だとしても、レース中の興奮でやってしまったことだとしても、どうしても謝りたかった。彼らは私をレースに出会わせてくれた存在だ。そんな彼らにあのような仕打ちをしたことが、レースが終わってからずっと脳裏で燻り続けていた。

 沈黙が落ちる。口を開いたのは、スサミだった。

「あれが、ドルーズドだろう。何が悪い。」

 少ない言葉ではあったが、心が救われたのは事実だった。それでも、易々と彼らと目を合わせることは憚られるように感じた。視線は上げられなかった。それを気にすることもなく、スサミが続けた。

副運転手(ツイン)を、選んだんだな。」

 自発的な選択ではなかったが、選んだことが全くの嘘というわけではなかった。彼らの胸のあたりを見つめたまま、こくりと頷く。スサミが、イズモと目を合わせていた。言葉は無くとも、彼らの間では会話ができるようだった。

「…因果なものだな。」

 ぽつりと零すように、イズモが呟いた。

「…気張れよ、若手レーサー。あの主運転手(メイナー)と、上手くやれよ。」

 彼らとの会話は、それで終わった。最敬礼をして、彼らを見送る。2足のレーシングシューズの音が、遠ざかって行った。


 彼らと別れたあと、私は一人で控え室(ロッカールーム)でリュカを待っていた。いつも通り、レース後の意見交換をしたかったのだ。それにも関わらず、他のレーサーたちが戻ってきた後も、彼女は一向に戻ってこなかった。

 彼女がようやく姿を表したのは、他のレーサーが全員帰ってしまってからだった。人熱の籠っていた部屋が、とうに冷え切って静まり返っていた。底冷えのする部屋の中で、椅子に腰かけてレースを思い返していると、ショートブーツの靴音が近づいてきたのが分かった。扉の前で、足音が止まる。そのまま、一度深呼吸をするくらいの時間が経過して、ドアノブが捻られる。扉を見つめる。彼女の表情は、暗く沈んでいた。

「遅かったじゃん」

 その様子があまりにも悲痛に見えたので、軽口を叩く。順位は準優勝、レーサーは全員無事、機体異常(マシントラブル)にもならなかったのだったのだから、何も悲観することはないだろう。

「………」

 私の言葉にも、彼女は答えなかった。黙って自分の荷物を取りに行き、そのまま出て行こうとするので引き止める。

「何がそんなに気に食わない?」

 扉に向かっていた身体から、亀のように野暮ったい速度で、彼女はこちらを振り向いた。目にいつものような光が灯っていなかった。

「…………最低」

 それだけ言って、彼女は足早に控え室を出て行った。扉が叩きつけるように閉められる。彼女の言葉の意味はついぞわからなかった。


 そこから、リュカと連絡がつかなくなった。次のレースについて聞きたいことがあったのに、彼女の端末に繋がらない。何度連絡してみても、結果は同じだった。

 彼女について詳しそうなレーサーや、過去にバディを組んだことのあるレーサーに聞いてみても、同じだった。

 リュカは、ドルーズド・レースから、姿を消した。


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