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Drused Race  作者: 鈴生
19/30

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 次のレースの日も、リュカは朝から私を待っていた。朝は得意ではなさそうなのに、どういう心変わりなのだろう。私が前回、勝手に改造したことを根に持っているのだろうか。

 この前とは打って変わって、控え室(ロッカールーム)で顔を合わせた彼女はしっかりと起きていた。服装も今まで見てきたレース中のものと変わりない。タートルネックのニットに、チェック柄のミニスカート、足は黒いタイツを履いて、ショートブーツを合わせていた。上着はボア付きのダッフルコートだ。対する私は、この前と同じように作業用の黒のつなぎだ。どうせレース前には着替えるのだから、整備(メンテ)用の服で来ても問題ない。

 私がやって来たのを見て即座に椅子から立ち上がった彼女は、仁王立ちして私に言い放った。

「今日の整備、ウチが監視してるから!ずっと好き勝手できると思わないでよね!!」

 そう来たか。それならば、落ち着いて対応するだけだ。

「承知しました。ご自由にどうぞ。何か気になることがあればすぐ答えますので、遠慮なくどうぞ。」

 ふん、と鼻を鳴らして、彼女は先にガレージへと向かって行った。ツールケースを背負い直して、私も彼女を追った。



 ガレージでは、カイン1300が大人しく待っていた。まずは、この前修理した箇所から見ていく。リュカのことだ。恐らくあのレース以降、手を付けていないだろう。ツールケースを地面に下して、開ける。中には工具が隙間なくぎっしりと詰まっている。

「うわ、なにこれ…」

 ケースを覗き込んだリュカの引いた声が聞こえた。整備はしたことがあっても、おそらく正規のケースに入っているところしか見たことが無いのだろう。間に合わせのケースにぎりぎりまで詰め込んである私のは、見るに堪えないだろう。

 先日凹みを直したところに、素手で触れる。凹凸が少し感じられるが、見た目ではほとんど分からない。塗装が迷彩チックなのも相まって、よく見ないと見えないほどだ。次はダブルスチールだ。内部を弄った直後にレースだったので、状態が不安だった。

 ダブルスチールに向かったとき、リュカの刺々しい声が飛んできた。

「アンタ、改造したっつったよね?どこ触ったか、ちゃんと見せて」

 この機体(マシン)は彼女の所有物だ。それに、聞かれたら答えると宣言してあった以上、答えない理由はない。

「もちろんです。どうぞ。」

 ダブルスチールの外側の金属の筒のナットを外すためのレンチを取りに行きながら、彼女を近くへ呼ぶ。どこまで機体の構造に詳しいかは分からないが、きっと見れば分かるだろう。

「えっうそ、そこからやってんの??一人で??」

 ナットを緩めようとすると、彼女に止められた。これから説明をするために取り外そうとしているのに、どうして止めるのか。ここを外さなければ、内部の改造部分なんて見えないのに。

「そうですけど。ここ外さないと見えませんよね?」

「えっ……なんか……別に…いいや…」

 明らかに何かネガティブな感情が籠った視線を向けられつつ、断られた。せっかく見せようと思ったのに。黙々と作業を続ける。内部に異常は見られなかった。自分で弄った部分もおかしなところはない。

 次はエンジン部分だ。カバーを一人で持ち上げようとすると、リュカがやってきて手伝ってくれた。一応ここが一番重労働であることは知っているらしい。エンジンの内部も綺麗なものだった。あれだけアクセルもギアも全開にしたわりには、焼き付きなどがない。やはり今まで丁寧に扱われてきたというのが、ここでもよく分かった。ライトを咥えて、奥の方まで覗く。この前と違って、おかしな反射は無かった。今回の整備はこれでいいだろうか。他にやりたいことはあったが、監視の目があるところではやりにくい。それに、こればかりは所有者に許可を取った方がいい。

 自分で改造したところがおかしくなかったせいなのか、妙にテンションが上がっていた。何も考えずにリュカに問いかける。

「ギア、もっと上げられるようにしていいですか?」

「バッッッッカじゃないの!!???」

 とんでもない大音量で怒られた。


 結局控え室に引きずられるようにして連れ戻され、懇々と説教をされることになった。自己流で機体に改造を施すことの危険性、それによって引き起こされる機体異常(マシントラブル)の危険性、などなどだ。オフィシャルで嫌というほど彼女は聞かされてきたのだろう。言葉に詰まる様子はなかった。

 それでも、腑に落ちない。まっさらな純正品では、他の機体と勝負にならない。いくら技術があっても、主運転手(メイナー)副運転手(ツイン)の息が合っていたとしても、レギュレーションのない魔境、ドルーズドでは勝てっこない。

 一通り説教をしたあとに一息つく彼女に、畳みかける。ドルーズドの鉄則を忘れたのか。

「お言葉ですけど、机上の空論ですよね。そんなの。ここがどこだかお忘れですか?人の命が、金より軽いドルーズドですよ?ここでそんな甘いこと抜かして、生きていられるとでもお思いですか?この機体のままじゃ勝てないんですよ?分かってますか?」

 彼女に対する最大の不信感は、これだ。安全性を重んじすぎて、勝つ意志が見られない。あのリタイアしたときだってそうだった。クラッシュする可能性の方が大きかったが、もしかしたら、運が良ければ、あのままトップで優勝できていたかもしれないのだ。それを、彼女はみすみす逃したのだ。私はその選択が、我慢ならなかった。

 私の反論を聞いた彼女が、逆上したように声を張り上げる。

「勝ったらって、勝つためにって、そんなの、死んだら何にも意味ないでしょ!!??」

「ドルーズドでは命は軽いんです、もうこの前の鉄則を忘れたんですか?」

「あんなのウチが守る理由なんかない!!死んだら何も残らない!!なんでここの奴らはみんなそれが分かんないの!!??」

 どちらかというと、分かっていないのは彼女だ。

「分かっていないのはあなたでしょう、リュカさん。オフィシャルとは違うこと、いい加減理解してください。あなたの信条は、ここでは通用しない。」

 はっきりと言い切ると、見たことないくらいに顔を歪めた彼女が、私のツールケースを掻っ攫っていこうとした。

「何するんですか!??」

「ウチが、アンタが触ったとこ、全部直す!!アンタなんかに触らせたの、間違いだった!!」

 彼女にできるはずがない。私は自己流でダブルスチールの内部をほとんど改造したのだ。きっと彼女が養成学校で習ってきた教科書通りの改造なんて当てになりはしない。リュカは目を覚ました方がいい。

 ケースを持ち上げようとする右手を、跡が残りそうなほどに掴む。リュカの顔が痛みに歪む。それでもその手を離すつもりはない。

「目ぇ覚ませ、元オフィシャル。ドルーズドで、オフィシャルのレギュレーション如きが通用すると思うなよ。何回言ったら分かる、リュカ。」

 逃げようとして視線を逸らそうとする彼女の顎を、左手で掴んで、顔をこちらに固定する。目を覗き込む。その奥に逃げようとする彼女の意志に向かって話しかける。

「リュカが選んだんだろ、ドルーズドで主運転手になるってこと。アタシを副運転手に据えて運転するって決めたんだろ。その責任から逃げんな。ドルーズドから逃げんな。」

「自分が主運転手であること、忘れんじゃねえ。」

 反感を大いに湛えた両目がこちらを見返す。ケースを乱暴に地面に落として、左手を弾き落とされる。

「主運転手だった頃に万年最下位だったくせに、何調子乗ってんの?」

 またガレージに向かおうとするので、止めようとした。

「そっち行って何する気だお前」

「他の整備士(メカニック)に修理頼む!!」

「できるわけねえよ他のやつらに。」

 憎々しげに歪められた口元が、こちらに向けられる。

「じゃあ誰ならできんの!?勝手にウチの機体改造しといて!!」

 舌打ちをする。先ほどの言葉は響かなかったか。

 つかつかと彼女の元に歩み寄り、右頬を引っ叩く。控え室に鋭い破裂音が木霊する。真正面からそれを食らった彼女は、呆然としていた。

「責任から逃げんなっつったのが、わかんねえのか!!??お前は、主運転手だろ!!??レースに命を賭ける覚悟くらい決めろ!!アタシの命も賭ける覚悟くらい、とっとと決めろ!!」

 彼女は、きっと怯えているのだ。自分の命だけでなく、他人の命もその手に握って、何もかも決断を下すという行為に。その責任の重さに。でも、それを乗り越えなければ、主運転手は務まらない。彼女も分かっているはずだ。主運転手の迷いが、一番副運転手にとって危険だということを。

 歯軋りをするように、口を閉じて俯く彼女が、絞り出すように声を出す。

「わかってる…分かってるそのくらい…」

 言葉は止まらない。

「でも、怖い。怖い、あんなの。ウチのせいで、誰か死んじゃったら…!」

 その恐怖は彼女にとって、オフィシャルの頃から一度として経験したことの無い類の恐怖だろう。その恐怖が、私には痛いほどよくわかった。私だって、最初に乗ったころは、それが恐ろしくてならなかった。相手は大して顔も合わせたことのない、信用ならない副運転手だったからなおさらだ。

 でも、ここで軽率に、私もわかるだなんて慰めの言葉を言ったとて、彼女は恐怖を克服できない。彼女がこれを乗り越えられなければ、私たちはずっと勝つことなんてできない。

「わかってるなら、話は早いでしょ」

「何が…?」

 反抗的な目で、リュカは私を見上げる。

「アタシだって、元主運転手務めてた。そんなレーサーが今のお前の副運転手務めてんの。何怖がることがあんの?アタシはとっくに死の恐怖なんて捨ててる。アンタがレース中に死ねって言ったら迷いなくそうするくらい。」

 だから、リュカ。

「お前が心配することなんかねえよ、お前なら絶対死なせねえだろアタシのこと」


 私の宣言を聞いたリュカは暫く黙ってから、深く頷いた。

「するわけないでしょ、ウチが。」

 その目は、どこまでも澄んでいた。

「それなら、機体の改造、許してくれるよな?」

 一応念押ししておく。ここで退けられたらバディ解消も視野に入れるくらい重要な問題だ。

「…………うん」

 その返事が、重たく響いた。


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