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Drused Race  作者: 鈴生
17/30

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 初速は早すぎず、かといって遅すぎることもなかった。他の数ある機体(マシン)と同じくらいの速度だ。この前の決断はなんだったのだろう。視線を前に固定して、右耳を軽く押さえる。

「この前の速さはどこに置いてきたんですか?」

「アンタそんなこと言ってる余裕ある!?」

 怒鳴り返された。あるに決まっている。彼女の決断は手に取るようにわかった。前よりは躊躇いが少なくなっているが、恐る恐るアクセルを踏んでいる。ギアはまだ半分も上げていない。ある意味教科書通りの動きだ。レースの教科書なんて読んだことは無いが、こういう加速をした方が機体に負荷が掛かりにくい。

 コースはぬめる岩肌と、細い小川が流れていた。小さな段差から飛び降りた際に、せり出す岩の角がコックピットに擦れて、ひやりとする。大きくはないが、確実に衝撃が走る。ハンドルを握る両手が強張った。初めての経験だ。

 咄嗟に感覚を研ぎ澄ませ、機体の異常を感じ取ろうとする。異音はない。ハンドルからも異常は感じ取れない。よかった。側面に凹みはできたかもしれないが、内部は損傷していない。

 そんなことに気を取られていたせいで、リュカの判断を読むのが遅れた。ハンドル操作が効かなくなる。重たすぎる。ブレーキだ。

「セイカ!!!!何してんの!!!????左曲がって!!!!!!」

 返事をするどころではなかった。慌てて両手でハンドルを掴んで左に回し切る。これ以上ないほど重たい。仕方ない。右手で力いっぱいハンドルを回したまま、左手でギアレバーを掴んで上げる。右足でアクセルを踏んで、思い切り加速した。遠心力を使って回り込むのだ。ダブルスチールはシャフトだ。単なる棒ではない。多少の伸縮性はある。

 私の勝手な加速は、さしものリュカにもわかったらしい。カーブを曲がって直線に入った後に怒鳴りつけられる。

「アンタ何してんの!!!???」

機体異常(マシントラブル)回避してんだよ!!!」

 一瞬の判断で気分が高まっていたので、畏まった口調がどこかへ消えていた。もう立場なんて気にしている余裕はない。

 コースの後半あたりに、やはりいつものように見世物にするための短縮ルートが設置されているのに、私は気付いていた。リュカが気付いているかは分からない。機体からは、そこに意識を向けた様子は感じられなかった。もちろん指示もない。茶色の岩肌の隙間に、辛うじて機体が通れるかというくらいの道があった。岩肌からは水が絶え間なく滴り落ちていた。その隙間から日差しが射し込んでいて、視界は最悪だろうということが容易に想像できた。しかし、そこを通れば会場の目の前の直線まで大幅に短縮できる。リュカがどんな選択をするのか、私は想像できなかった。そのままファースト・ラップを駆け抜ける。

 会場に戻って来た時点で、順位は上から数えた方が早いくらいだった。ちらりと見えたスクリーンの中ほどあたりに、カイン1300の文字があった。


 セカンド・ラップでは、先ほどの岩肌にコックピットをぶつけることはなかった。大まかにぶつけてしまった位置を記憶して、その直前に機体を持ち上げるように調整した。主運転手(メイナー)である彼女のコックピットは、ファースト・ラップでも、セカンド・ラップでもぶつけた様子はなかった。元オフィシャルは伊達じゃない。それを痛感させられた。問題なく先ほどの左急カーブを切り抜ける。今回も遠心力を使う。その方が楽だ。

 セカンド・ラップも半ばに差し掛かったころ、イヤホンからリュカの声が聞こえた。

「あそこ、行くから。」

 たった、それだけだった。

「正気か?」

 疑わざるを得ない発言だった。まだ対して練度も上がっていない私たちであそこを切り抜けるのは無謀だ。例え私たちそれぞれに技術があったとしても、だ。

 リュカからの返事はなかった。覚悟を決めているのだろう。ならば、私もそれに準じなければ。レース中は主運転手の命令は絶対だ。それに逆らうことは許されない。


 いよいよあの岩肌が見えてきた。日差しが先ほどよりも眩しい。

「行くよ」

 右耳から彼女の指示が聞こえる。喉が鳴る。私の、あの能力(ちから)の見せどころだ。

 最初に踏み込まれたのはアクセルだった。そのままギアが上がっていく。主運転手のコックピットが少しずつ高度を上げていく。地面に対して垂直になった状態ではあの隙間は抜けられない。副運転手のコックピットが下になるように調整していく。身体に横向きに重力がかかる。こんな運転をしたことはない。こんな無茶な動きができたことはない。

 岩肌を滴る泥水が、風に巻き上げられて顔に当たる。日差しが網膜を焼き尽くすように強く鋭く射し込む。前が上手く見えない。もう感覚に頼るしかない。機体を傾けたまま、岩肌に沿うようにして隙間を抜けていく。鼻を突くような焦げ臭い匂いがした。

 そこで、ハンドルの噛み合いがおかしくなった感覚があった。リュカだ。アクセルを踏み抜いていない。何のつもりだろう。

「何考えてる!!!止まるな!!!!」

 本気で怒鳴りつける。こちらは前が見えていない。何があったのか知らないが、私に頼れるのは彼女だけだ。

「それでも主運転手か!!!!」

 その言葉で、リュカは我に返ったらしい。ハンドルの動きが滑らかになる。きちんとアクセルを踏んだのだ。機体が加速する。隙間を通り抜ける直前に、煙を上げる機体が地面に転がっているのが見えた。誰かがクラッシュしたのだ。彼女は、これを見て躊躇したのか。まだ甘い。

 セカンド・ラップは5位だった。ファイナル・ラップに入ってから、確認する。

「また通る?」

「…もちろん」

 一拍間が開いたが、その言葉は確信に満ちていた。目を細める。クラッシュした機体を思い返す。私たちは、ああならない。

 ファイナル・ラップは、先ほどよりも順調に進んだ。あの短縮ルートも、だ。正式なコースを通って来た別の機体を、ルートから出てきたその勢いで追い抜いて、私たちはゴールを切った。


 結果は、4位だった。入賞だ。人生で一番の成績だった。


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