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Drused Race  作者: 鈴生
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 レース前になったので、機体(マシン)をレース場に移す。副運転手(ツイン)のコックピットには、ガレージで出会った顔なじみの整備士(メカニック)に乗ってもらった。

 ゆっくりと慎重に移動させ、所定の位置に停車させる。

「助かりました。ありがとうございます。」

「いいってことよ、それにしてもセイカお前、ほんっとカイン好きだよな~」

 苦笑いで返す。自分の機体ではないので、好みで選んだわけではない。

「そんじゃまあ、レース気張れよ~。お前また最下位かもしんねえけど。レーサー飽きたら整備士になれよ。待ってるぜ」

 帽子をかぶり直しつつ、手を振って整備士はガレージの方に向かって行った。私が万年最下位なのも、彼はよく知っている。

 でも、今日くらいは、最下位から脱したかった。リュカに、言われたのだ。私には、副運転手の才がある、と。


 他のレーサーたちもパラパラとレース場に出てき始めた頃、リュカがやって来た。今朝とは違い、しゃっきりとした顔をしている。だいぶ傾き始めた日差しに照らされて、綺麗に塗られたアイシャドウが煌めいて見えた。リップで鮮やかに彩られた唇が動く。

「おはー、機体の調子どうだった?」

「丁寧に扱われていたのが分かりました。とても良いですよ。」

「ふうん」

 自分から聞いておいて、興味もなさそうに短く返事を返して、リュカは主運転手(メイナー)のコックピットに向かって行った。先ほどとは違う、明らかによそ行きの格好だ。フロントボタンのショート丈の台形スカートに、ベージュのニット、それにフライトジャケットを羽織っている。靴は厚底のハイカットブーツだ。

 彼女の行動を見て、私も副運転手のコックピットへ向かう。イヤホンを右側にだけ、先に付けるのを忘れない。

「聞こえてる?」

「ええ、はい。」

「うわっ音質悪っ…だからボロくて嫌なんだよね…」

 ぶつくさ文句を言いながら、彼女はエンジンと浮力装置の起動を教えてくれた。右側からのみ聞こえる彼女の声に、慣れなければ。片方だけ音が遮断されるのは、まだ違和感がある。

 グローブを嵌めてハンドルを握り、エンジン音に耳を澄ませる。今朝がた確認した通り、機体に問題は見られなかった。それなのに、右側からずっと何かぼそぼそと音が聞こえていた。イヤホンの不調だろうか。よく聞いてみると、リュカの声が微かに聞こえた。

「エンジン始動、浮力装置始動。エンジン異常なし、浮力装置異常なし、計器異常なし、ブレーキ異常なし…………」

 彼女が、機体の確認を行っている。

 左手を見やると、視線をあちこちに移しながらも口がずっと動いているのが見えた。一通りコックピットの内部を見たあとに、ダブルスチールの確認のためだろう、こちらを向いた。

 彼女と視線が合う。

「確認、されているんですね。」

 目を合わせたまま、静かに告げる。彼女の言葉に言い淀みは見られなかった。きっと、ずっとそうやって乗り込んでから確認をしてきたのだ、長いことの習慣だろう。

 目を見開いた彼女が、何か言おうとして、口を開いたり閉じたりして、最終的に大声を上げた。

「うるさい!!!!!!」

イヤホンをしていない左耳でも聞き取れる音量だった。

「いった……」

 右耳の奥がキィンとして、慌ててイヤホンを外す。レース中にはこんな大声を上げないで欲しい。

 耳鳴りが収まってからイヤホンを付け直すと、もう彼女の声は聞こえなくなっていた。さっきは間違えてマイクをオンにしていたのだろう。


 左右に並ぶ機体から、エンジンを蒸かす音が聞こえてきた。どの機体も地面から浮いて、風を巻き起こしている。そこここにあるぬかるみから、風に煽られて泥が飛び散る。今日のコースは湿地帯だ。しかも時間帯が夕方なのもあり、日差しがきつい。これではレース中に視界不良好になりかねない。目を細める。こんなことならゴーグルを持ってくればよかった。


 実況解説がレーサーと機体の紹介をしている声が聞こえる。一番賭けられている額が少ない私たちが、一番最初に紹介される。聞きたくもない言葉が聞こえる。

「さあ老いぼれ機体カイン1300に乗るのは、主運転手は三千枕のリュカ選手、副運転手は万年最下位のセイカ選手のバディだ!!!リュカ選手はとうとう女にも手を出したのか!!??セイカ選手は自棄になって副運転手に落ちたのか!!??今日も彼女らの運転を温かく見守ってやりましょう!!!!」

 いい加減なことばかり言いやがって。ため息が出る。聞こえてしまった言葉を振り払うように、頭を軽く振った。聞かなきゃよかった。

 次々に紹介が終わって、レース開始が近づいてきた。右耳のイヤホンから、コンコン、と二度ノックされる音がした。

「レース、始まるよ」

「…ええ、分かってますよ」

 これが、彼女の癖だということは、分かっていた。どちらも、オフィシャルの頃からやってきた習慣なのかもしれない。

「最初っからそっちで読んで勝手に加速していいから。今日は、何も言わない。前見て!」

 早口に告げられる。なぜ、という疑問は口にできなかった。意識が強制的に信号(シグナル)へ向かわされる。



 信号が3つ、2つ、1つ。

 それが消えると同時に旗が振り下ろされる。

 レースが、始まる。


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