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Drused Race  作者: 鈴生
12/30

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 ノア600がリタイアした後も、レースは続く。トップを走るのはもちろん、私が賭けたイヴ950だ。他の機体(マシン)の追従を許さず、かといって危険なコース取りをすることもなく、ただひたすらに機体の性能(アビリティ)で前へと突き進んでいく。あの短縮ルートに目もくれず、緩やかなカーブを曲がって、あの巨体がコースをなぞっていく。エンジンと浮力装置が巻き起こす風が、コースの横に広がるみっしりと茂った葉を、気ままに伸びる枝を自分勝手に退ける。まるで、自分だけが通れる道であると主張するかのように。そのまま、最後の直線で最大出力まで加速して、イヴ950は優勝した。

 イヴ950の優勝に狂喜乱舞する観客たちをよそに、私は会場をあとにした。賭けた金はとてつもない額となって返ってきた。

 会場の熱狂する声が少しずつ遠ざかる。それと反比例するように、自分の足音が大きくなる。黒のワークブーツが立てる、静かな靴音が剥き出しのコンクリートの壁に反響する。声も、熱狂も、興奮も、何もかも遠く感じた。


 今日のレースを思い返す。木々が生い茂り、お世辞にも見通しがいいとは言えないコース。直線を進んでいった先で挟まれる、いっそわざとらしいほどの短縮ルート。狭い小道の先にあるのは、断崖絶壁の滝。それを迂回するための緩やかなカーブを描くルート。カーブを抜けた先はまた見通しの悪いコースに戻る。段差やS字カーブをいくつか抜けると、また直線に戻り、ファースト・ラップが終わる。

 私なら、どういうコース取りをしただろうか。やはり、初速は速い方がいい。超重量級の機体の加速には敵わない。あとから追いつくのは不可能だ。そして、順調に進んで行って、問題の小道だ。

 きっと、あそこに進むだろう。タイム短縮ができるに越したことはない。ファースト・ラップであのルートは選ばないだろうが、セカンド・ラップから巻き返しを図るかもしれない。

 足を止める。周りに人はいない。コックピットの様子を想像する。きっと、どうしようもなく高揚するはずだ。機体を地面に対して垂直にしないと通れないような道。ハンドルを両手で固く握りしめて、最大まで回し切る。横方向に重力がかかって、平衡感覚がおかしくなりそうになるのだろう。それが終わって視界が開ける。目の前に広がるのは真っ青な青空と、目も眩むような落差を呈する滝。即座にハンドルを直して、コックピットの向きを戻して、クラッシュ寸前まで落下する。着水する寸前で機体の向きを変えて、地面との衝突を回避する。ああ、そうだ。きっと、私なら、そうするだろう。

 目を閉じる。もう一度今の感覚を思い出す。次のレースに活かすのだ。しかし、瞼の裏に浮かんだのは、別の機体だった。今まで私が長いこと乗ってきた古ぼけた機体、カイン2500とは似てもつかない、真っ白で軽量級の、あの機体。それが、青く茂る森林を、真っ直ぐに駆け抜けていく。

 ハッとして目を開けた。違う、あれは、私の機体じゃない。あれは、私じゃない。目を開けたのに、あの抜けるように白い機体が、自由にコースをなぞっていく姿が、鮮明に思い浮かんで消えなかった。想像が、止められない。

 狭い道に、白い機体が吸い込まれていく。コックピットが2つ、地面に垂直に並んで木々の間を縫っていく。機体を掴もうと手を伸ばす木々や枝葉を振り払って、機体が青空の下に飛び出す。そのまま、2つのコックピットは地面に垂直に並び、何の抵抗もせずに地面に向かっていく。ぶつかりそうになる直前で、機体は上向く。滝つぼの水が、さながらクラッカーのように派手に水しぶきを上げる。コックピットはどちらも遅れることなく、元のコースに戻っていく。

 軽く頭を振る。何を考えているのだろう。私はあの機体に乗っていないのに。私はあのコースを運転していないのに。私は、あのコースを体験していないのに。


 私は、ああなれないのに。


 奥歯を噛み締める。今、私は何を考えたのだろう。深く息を吸い込み、吐き出す。違う、私は、私は。

 無意識のうちに、両方の掌を握りしめていた。視線が足元から上げられない。擦れて色が褪せたワークブーツに覆われた足が、これ以上なく情けなく見えた。

 観客の興奮に上ずった声が、少しずつ後ろから近づいていた。他の人たちがやってくる。邪魔にならないように、早く帰ってしまおう。


 足早に会場の出口へ向かう。今日の夕飯はどうしよう。買ってしまってもいい。こんな気分では何も作る気になんてなれない。

 そう思って会場の広い出口から右足を踏み出したとき、聞き覚えのある声が聞こえた。


「セイカ、遅い。」


 リュカが、出口で待っていた。


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