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Drused Race  作者: 鈴生
11/30

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 旗が振り下ろされるか否かというタイミングで、リュカの操縦するノア600は先陣を切って駆け出した。レース後半の追い上げでしか見たことのない速度だ。あれは本当に彼女の判断だろうか。

 超重量級のイヴ950すら振り切って、私の注視するノア600は、私の視界から消えていった。レース中に、賭けてもいない機体(マシン)にこんなに意識を取られるのは、初めてのことだった。実況解説が、やかましく騒ぎ立てるのが、これ以上なく不快だった。

「さあトップを走るは元オフィシャル・レーサーのリュカ選手が主運転手(メイナー)を務めるノア600!今までと違い、今回は主運転手としてのご登場だ!ドルーズドでは副運転手(ツイン)探して三千枕か!?」

 どっと下卑た笑いが広がる。前までなら私も苦笑いくらいできただろうが、今はそれどころではなかった。巨大スクリーンに映されるノア600の機体を見つめる。今のところは順調だ。それでも、その後ろにイヴ950の巨体が迫ってきているのが見えていた。あのままでは追いつかれてしまう。ノア600は直線の加速に弱い。初速で凄まじい加速ができたとしても、超重量級のエンジンが持つ加速力には敵わない。手を握りしめながら、スクリーンを穴が開くほど見つめる。リュカは、どうするのだろう。

 スクリーン越しに見るコースの右側に、木々の隙間にひっそりと隠れた狭くて急な小道が見えた。その直後に画面が切り替わり、観客に対して今回のコース説明の画面になった。今回は森林ルートだ。あの小道は意図的に設置されたタイム短縮ルートで、あそこを使えばかなり優位には立てるものの、難易度は相当なものだった。浮力装置をうまく使わなければ、地面と衝突してクラッシュどころでは済まなくなるような高さのある滝。そして、地面と平行に飛び続けるだけでは通り抜けられないほど、狭く見通しの悪い道。リュカが、そこを選ぶはずはなかった。

 画面が切り替わるのを今か今かと待つ。ようやく切り替わったころには、その狭い段差をリュカは通過した後だった。やはり、安全なコースを取ることにしたらしい。しかし、イヴ950のみならず、他の重量級の機体の何台かに追い抜かれていた。それでも、画面を見る限りでは速度を落としていない。スタートを切ったあの速度から、彼女は一度もアクセルを緩めていない。

 あのままではいけない。アクセルを全開にしているということは、ギアも全開だということだ。最初からあの速度を保つことは、あのノア600には不可能だ。なぜなら、エンジン不調を起こしている機体に、掛けていい負荷ではない。

 リュカの判断を案じていると、ファースト・ラップをトップで駆け抜けてきたイヴ950が目の前を通過した。目で追うのもやっとというくらいの速度だ。あれに、ノア600が速度で敵うはずはない。

 5~6台の機体が通過したところで、身を案じていたあの抜けるように白い機体がやって来た。目の前を通過する寸の間に耳を澄ませる。

 音が、確実におかしくなっていた。規則的だったあの擦れるような音が、不規則に、それでいて先ほどよりも大きな音になっていた。恐らく内部で何かがショートしているに違いない。そこにアクセルとギア全開という負荷を掛けているのだ。そもそも彼女は機体異常(マシントラブル)でリタイアせずにレースを走り切れると思っているのだろうか。

 そんなの、できるわけがない。あのまま行けば、保ってもセカンド・ラップまでだ。リュカは、何を考えているのだろう。

 加速を緩めずに、ノア600はあの段差に差し掛かっていた。リュカのことだ、安全策を取るだろう。そう思っていた。

 一瞬目を離したその隙のことだった。

「おーッとノア600、あの段差に挑戦だ!!さてクラッシュは回避できるか!!??」

 まさか、と思い画面に意識を戻す。

 あの白い機体が、青々と茂る木々をなぎ倒して、小道に突き進んでいた。


 リュカ、いけない、そっちには。


 ノア600の2つのコックピットが、地面と垂直になりそうになりながら、道を抜けていく。視界が開けたその先に待つのは、断崖絶壁だ。

 もう画面なんて見ていられなかった。あんなのどう考えてもクラッシュ、それ一択だ。絶対に攻略できるコースではない。特に、安全なコース取りをしてきた、元オフィシャルのリュカには、攻略できるような難易度ではなかった。


 諦めて、席を立とうとした。賭けた機体が優勝したその瞬間に現場に居合わせなくても、賭けた金はチケットさえあれば手に入る。仮にもバディを組んだ人間が、目の前でクラッシュするのは見たくなかった。

 足に力を入れかけたそのとき、実況解説の声がはっきりと聞こえた。



「ノア600、クラッシュ回避!!!!!よくやった!!!流石元オフィシャル!!さてこれでノア600がトップだ!!!!」

 観客が総立ちになる。私はそれに一拍遅れた。立ち上がりはしたものの、すぐにへたり込むように椅子に座り込んだ。は、と息が漏れる。なんだ。今、何が起こった。

 リュカは、何をした。


 画面を呆然と眺める。確かに、リュカが操縦する、あの抜けるように白い、あのノア600が、先頭を走っていた。追い抜かれていた重量級の機体も、回り道をしてきたイヴ950も、何もかも置き去りにして。

「さァてこれでレースは分からなくなってきた!!!まさかノア600がダークホースだとは誰が予想したか!!!このまま逃げ切るか!!??それともイヴ950が追いつくか!!??」

 画面から目が離せない。速度を落とすことなく突き進む真っ白なノア600が、なんだか煤けて見えた。そこで、あのエンジン不調を思い出す。機体が限界だ。エンジンから黒煙が上がり始めているのだ。

「ノア600、エンジンから黒煙だ!!機体異常申請でリタイアか!!?それともクラッシュするまで走り抜けるか!!??」

 リュカは、クラッシュする手段なんて選ばない。さっきまで、私はそう信じて疑っていなかった。でも、今は違う。彼女なら、やりかねない。一体、何を考えているのだろう。


「おぉッとここで本命登場!!イヴ950、本気の加速だ!!!ここから巻き返しを図るか!!!」

 ちょうどコースは直線部分に差し掛かっていた。ここで加速すれば、イヴ950は簡単にノア600を追い抜けるだろう。ノア600は今の速度が最高速度だ。もうこれ以上の加速は機体の性能(アビリティ)からして不可能だ。

 呼吸を一つ挟んで、画面を見つめ過ぎていた視線を、一度離す。観客が皆、空気すら揺さぶらんばかりに、レースに熱狂していた。歓声や悲鳴、罵声や応援の声が飛び交う。もうすぐ、セカンド・ラップが終わって、会場を機体が通過する頃だ。


 会場直前の直線で、ノア600はイヴ950に追い抜かれた。その様子が、画面ではなく肉眼で見て取れた。

 リュカ、あなたは、ここからどうするの。

 聞こえるはずもないのに、心の中で問いかける。このまま突き進めばクラッシュ、運が良くても機体異常でリタイアだ。レース中の決定権は彼女が全て握る。ああ、それにしても、副運転手の男はよくついて来ている。相性がいいのだ。私とは、違って。

 イヴ950のあとに続いて会場に戻って来たノア600は、スピードを明らかに緩めていた。その様子に観客がざわつく。

「ノア600、減速だ!!!どうした!!??リタイアか!!??」

 そのまま減速を続けて、煤けた機体は会場の隅に停止した。

 その間に、他の機体はすべて通過していった。


 コックピットから、主運転手、それに続いて副運転手が降りてくる。

 リュカが左手を挙げて宣誓する。

「機体異常によりリタイアします!!!」

 観客のざわめきが一層高まる。宣誓を聞いた実況解説が、全体に向けて告げる。

「ノア600、機体異常によりリタイア!!!不戦敗となります!!!」


 こちらに向き直ったリュカと目が合う。

 真っ直ぐに左手を挙げたままの彼女から、視線が離せなかった。


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