2話 姉妹の外出
大臣や詩人らの話を受け流せば、普通に昼食の時間が過ぎてしまった。そのため、レテナのお腹はまだ満たされていない。恐らく、ミラーズもそうだろう。
食堂を後にし、レテナはミラーズと肩を並べて廊下を歩いていた。
「………ごめんなさいね。わたくしの成績が平凡だから、派閥争いが起きたのに」
「ミラーズお姉様?」
ミラーズの自信なさげな声に、レテナは不思議に思い姉の名を呼んだ。
第一王女である自分の姉は、貴族らの評価では成績も政治も平凡を貫いており、産まれてからの継承権は第二王女の自分が一年後に産まれてからは剥奪されたという苦い思い出がある。そして、平凡のミラーズとは正反対の覚えも早く天才と言われるほどの頭脳をレテナは持っていると明らかにされた。そこから、派閥争いは生まれたのだ。
『いつまでも平凡で住みやすい国にすべき』という意見の第一王女派と。
『少しでも上を目指すべき』という意見の第二王女派だ。
その派閥争いが生まれたのは自分に非があるからだと、ミラーズは思っているらしい。現に、王位継承権をミラーズが平凡だからと剥奪され、派閥争いが繰り広げられて王太子が決まっていないのだから。
(でも、だからといってお姉様のせいじゃない)
それを気にしている姉の気持ちはすぐ理解出来て、悲痛な心境になった。
だが、「気にしないでください」とは言わない。そう言われれば、余計に優しい姉は気にしてしまうだろうから。
「お姉様、私も王族です。だから、色々と巻き込んでください」
歩く足を止めて真剣に告げた言葉は、ミラーズを微笑ませた。だが、その顔にはレテナを眩しそうに見る優しい眼差しと、憂いがあった。ミラーズの重い罪悪感は、たった一つの言葉だけで消せるようなものではない。だが、ミラーズはふっと吐息を漏らすかのように微笑んだ。
「そうね。ありがとう、レテナ」
「んふふ………はいっ」
そう言うと、レテナは少し悪戯を企んだ子供のような目をし、「お姉様」と呼ぶ。ミラーズは首を傾げ、どうしたのと不思議そうに微笑みながら尋ねて来た。
「第二王子殿下が来たら、まあまあ忙しくなると思うので………」
「えぇ。そうね」
一度、言葉を区切って、レテナは言う。
「さっき食べれなかった分の昼食、食べに行きませんか?」
「えぇっと………調理室に行くのね。分かったわ」
本当は違うが、それを敢えて指摘はしなかった。
***ーー・………・ーー***
これを着てください、とレテナは前々から溜め込んでいたとある服をクローゼットから取り出して、ミラーズにその服を貸す。ミラーズは百六十五センチとレテナよりも五センチ上の身長だが、そんなこともあろうと百六十センチの服と百六十五センチの服を溜め込んであった。
(準備万端! お金………というか、御母様から貰ったお小遣いもあるし)
でも、王女だからか小遣いと言っても大金だ。このシンプルな財布に溜め込めるくらいだが、立派な大金であった。
「ねぇ。この服って………」
隣の部屋から出て来たミラーズは、恥ずかしそうに尋ねた。実は、レテナの自室とミラーズの自室は隣同士なのである。レテナは出て来たミラーズに目を輝かせ、小声だが「似合ってますっ」と興奮気味に褒めた。
「ありがとう。でも、これって」
「ふふ。私、実はお姉様とこんな経験したいなって思ってまして」
レテナはミラーズと似たような服を身に付けている。
その服を身に纏い、姉に向かって女神のように微笑んだ。
「行きましょうか。レストランへ」
二人が着ているのは、平民が着るような決して豪華じゃない素朴な服だった。
今から姉を、城下街に連れて行くのである。
***ーー・……・ーー***
城下街に来るのは初めてだった。
人々が楽しそうに煉瓦の道を歩き、走っていたし、仕事中の者も居た。
レテナは目を輝かせながら、ミラーズに言う。
「活気がありますねっ、思った通りです」
「そうね。で……、レストランはどっちかしら」
「確か、こっちだった気がします」
その記憶力の良い頭を使いながら、レテナはミラーズにこれから行く平民用のレストランに向かった。この平民が着る素朴な服は溜め込んでいたとはいえ着るのは初めてで、いつかは着てみたいと思っていたのだ。
「ここです! 入ってみましょう」
「えぇ、そうね」
もう両親に叱られる覚悟が出来た姉妹は、レストランに入ってゆく。因みに王城は非常事態時に使う裏口から抜け出し、城下街に来たのだ。
レストランに入ると、むわっと料理の良い匂いがした。
「こんにちは。二名様で宜しいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました。席にご案内しますね」
笑顔が素敵な店員が、レテナとミラーズを席へ案内する。このレストランは平民に美味しいと人気のレストランなのだということをミラーズに伝えたら、何故か呆れ顔をされた。
「どこでそんなことを覚えて来るの?」
「ん〜……知らぬ間に」
「全くもう」
席に案内され、向かい合わせになるようにレテナはミラーズと席に座った。周りのお客さんも美味しいと言ったり雑談したりで、ザワザワしているがそれも嫌いではなかった。むしろ、こんな雰囲気は好きだ。
「こちら、メニューでございます」
「「ありがとうございます」」
店員からメニューを受け取り、レテナはミラーズに「どれが良いですか?」とメニュー表を見せる。
「昼食は全然食べれなかったので、こう言う感じがいいと思うんですが」
「そうなのよね。………でも、これが気になるわ」
「なんでしょう、これ。………珈琲だそうですよ」
「どんな味なのかしら。気になるわね」
結果、レテナはオムライスとフルーツジュース。ミラーズは、珈琲とキノコリゾットになった。店員を呼び止め、それらのメニューを注文し、暫く雑談をして待つ。
「因みに、こういう時でも聞き耳って立てた方が良いわよね」
「そうなんですか? お姉様」
「えぇ。………ほら、聞いてみなさい」
レテナは雑談をやめ、耳を澄ます。
集中して耳を澄ましてみればザワザワとした空気から少し会話が抜き取れた。
「このレストランめっちゃ良いわね。また来ようかな」
「最近、恋人が全然会ってくれなくて! どうしよ———」
「ねぇねぇ。あの人、格好良くない?」
「おいお前さぁ、何弱気になってんの? ガツンといっちゃえ!」
数々の会話が聞こえる中、一つ気になる会話があった。
「———第二王子が、来るらしい」
「そうか。じゃあ———だから———暗殺か」
その会話がどこから来ているのか、レテナはその観察眼を活かして探した。話している時に、口の動きが合っている人を探す。そうすれば、自然と誰がその会話をしているのか掴めて来る。
(右奥の、一番一般の方たちに会話が届かなそうな席)
だが、耳を澄ませば届く距離だ。
ミラーズは急に真剣な顔をした妹を、心配そうに見ている。
(キフィメの関係者か、カンロフィムを陥れようとしているただの悪人か。それとも、その両方か)
可能性は数え切れないほどにある。だが、周囲に気を配り視線が相手に突き刺さらない程度に、レテナは二人の男を監視した。
「ねぇ、本当にどうし———」
「お待たせしました! オムライスと、フルーツジュース。キノコリゾットに、珈琲でございます!」
心配してレテナの方に手を伸ばそうとすると、店員が自分たちが注文した料理をタイミング悪く持って来てくれた。店員に礼を言い、「食べましょう。お姉様」と微笑んで言う。
「え、えぇ」
意味が分からないと顔に出しているミラーズに申し訳なく思うが、男たちも耳を澄ましているかもしれない。だから、この場では何も言えないのだ。
「美味しいですね、お姉様っ」
「そうね。………ねぇ、耳を澄ましてから? どうしたの?」
ミラーズは第一王女だ。第二王女のレテナが、信頼出来る姉に出来れば全てこの場で話したい。だが、男たちを警戒している今、関係することは言えない。
「お姉様。……両家の問題のことで。残念な情報があってね」
「……両家?」
周囲に聞かれても良いように、レテナは両国を両家と言い換えた。だが、分かりにくい喩えだったため、レテナは絵本に話を変える。
「お友達が渡してくれた絵本が、社会の本で分からないの」
「は、はぁ………どんな内容なの?」
意味が分からずとも話を合わせてくれる姉に心中感謝を伝え、レテナは一口オムライスを口に含みごくんと飲み込んだ後、変わらない声音で言った。
「絵本の内容が、客人の暗殺を狙っているかもしれないって言う絵本で……」
「っ!」
ミラーズも察したようで、真剣な顔に変わる。
そしてレテナに顔を近付け、小声で「どこ」と尋ねて来た。
レテナは二人の男を目立たないように小さく指差す。
「なるほど………私もそういうのは分からないわ。でも、お父さんとお母さんなら分かるかも。何せ、商会の会長だものね」
「うん。じゃあ、帰ったら聞いてみるっ」
そこから話が終わったふりをし、雑談を始めた。
(第二王子殿下は、我が国の客人。絶対、殺させたりはしない)




