女神「神コピーマシン送ったわ〜」→修道士「無限写本の黙示録だと……!」
「は~、きのう送ったセルカ棒、また戦場で槍扱いされてんじゃん……」
「マジで地上民、センスずれてて逆におもろいんだけど~」
天界のモニターをのぞきこみながら、わたしはポテチをぼりぼりやりつつ、指でスクロールする。
「でもさ、そろそろちゃんと“文明”あげないとじゃん?」
「勉強とか文化とか、そういうさ~、インテリっぽいのも布教したいわけ」
神界ショッピングサイトを開いて、ノリで検索ワードを打ちこむ。
『知識』『効率』『神』
出てきた商品リストの中で、ひときわいかつい黒い箱が目にとまった。
「きた、これじゃん」
「業務用フルカラーコピー機~、しかもA3対応~」
「これ、一台あればさ、聖書とか一瞬でバラまけるし?」
「マジ、第二のグーテンベルク爆誕なんだけど」
テンションあがって、画面をタップする指にも力がはいる。
「よし、今日のターゲットはー……」
地図アプリをぐりぐりひろげて、地上をズームする。
「うわ、ここやば。まだ手書きで本うつしてんじゃん」
「インクまみれでチマチマやってて、しんど~」
「じゃ、ここの修道院にドーンて落としてあげよ」
配送ボタンをタップ。
黒い巨箱が、光のエレベーターにのって地上へおちていく。
「これであの大陸、知識爆速シェアされて、文化レベルバチ上がりじゃん?」
「マジ、わたし、文明の女神って感じ~」
わたしはにやにやしながら、モニターに顔をよせた。
地上がバズる瞬間を、わくわくで待ちながら。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
暗き石の回廊を、蝋燭のひかりがゆれる。
かくして、その日もまた、辺境セレノ修道院の写字室には、紙のこすれる音だけがひびいていた。
「……“われらが王は、古の誓約にしたがい”……」
若き修道士リオネルは、か細き筆をにぎり、震える指で羊皮紙に文字を刻む。
冬の冷気は骨の髄までしみわたり、インク壺の表面にさえ、うすい氷がはろうとしていた。
「リオネル、手をとめるな。きょう中にあと三葉は写さねばならぬ」
老いた写字長が、砂時計をにらみながら告げる。
「はい、神父さま。ですが、指が……」
言いかけたそのときだった。
天より、雷にも似た轟音が落ちた。
石床がうなり、棚に積まれていた羊皮紙が、一斉に宙を舞う。
「な、なんだ……地震か!」
修道士たちの悲鳴のなか、天井の一部が砕け散り、暗き空の裂け目から、それは落ちてきた。
黒き、箱。
石の祭壇ほどの大きさをもつ、金属と樹の異形。
「……魔物か?」
誰かが震える声でささやく。
だが、箱は、ただ沈黙していた。
その表面には、知らぬ紋章と、奇怪な線の文様がいくつも刻まれている。
「近づくな、リオネル」
写字長が前に出て、震える手で聖印を切る。
「これは、運命を告げる“徴”かもしれぬ」
リオネルは、胸の鼓動をおさえながら、一歩だけ進み出た。
箱の天面には、透明な板がはめこまれている。
側面には、無数の小さき光の玉が列をなし、その下に、見たこともない記号が整然と並んでいた。
「これは……聖紋か」
リオネルの喉が、乾いて鳴る。
「古の神々が、われらに送られた啓示の器に、ちがいありません」
「不遜なことを言うな」
写字長は口では叱りながらも、その瞳には恐れと期待が宿りはじめていた。
箱の横には、一冊の薄き冊子が落ちていた。
白き紙に、まるで金属のように冷たく正確な文字が印されている。
「……“とりあつかいせつめいしょ”?」
リオネルは、たどたどしく読みあげた。
「“純正トナー以外をまぜると、重大な故障・事故の原因となります”」
写字長の肩がびくりと震えた。
「まぜるな……?」
「異なるものを、まぜてはならぬと……そう記されている」
「こ、これは」
老修道士の唇が、かすかに笑みをかたどる。
「主がわれらに告げられたのだ」
「異端の教えを、真なる教義と、けっしてまぜあわせてはならぬとな」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
翌日。
大窓の外では、雪が白く降りしきる。
写字室の中央に、例の箱が据えられ、その前に修道士たちがひざまずいていた。
「リオネル、例のごとく、祈りを」
写字長の言葉にうながされ、リオネルは箱の前で胸に手を当てる。
「古の主よ、この大地に刻まれし、あなたの言葉を、われらにあまねく伝える力を、どうか……」
震える指で、透明な板をそっと持ち上げる。
聖典の一葉を、そのうえにおいた。
そして、説明書に赤き印でかかれていた、ひとつの文字列を思いだす。
「“すたーと”……これだな」
彼は、光る印のうち、もっとも大きなそれを、恐る恐る押した。
うなり。
低き雷鳴のごとき唸動が、箱の奥底から響いた。
修道士たちがいっせいに悲鳴をあげる。
箱のうちが、白昼のごとき光を放ち、聖典の葉を、まばゆい線がなぞっていく。
「かくして、主のまなざしは、一字一句をも見のがされぬ……」
誰かが涙ぐみながらつぶやく。
やがて、箱の横腹から、白き紙が吐きだされてきた。
一枚、また一枚。
それは、まさしく、聖典の葉と、寸分たがわぬ文字をそなえた紙であった。
「き、奇跡だ……!」
リオネルは、目を見ひらいた。
「いまだかつて、これほど正確に、これほど速く、写本が生みだされたことがあろうか!」
「主は、われらの疲れを、あわれまれたのだ……!」
写字長が、震える手でコピーをつかみとる。
墨のにおいも、インクのにじみもない。
ただ冷たく、くっきりとした黒き文字のみがならんでいる。
「これぞ、“無限写本の箱”……」
「主が、終末にそなえて与えた、黙示録の器よ」
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それからの数日、セレノ修道院は、狂気にも似た熱で満ちた。
「もっと紙を! 羊皮紙が足りぬ!」
「村から白き紙を買い占めよ!」
「インクもだ! あの“とーなー”とやらの黒き粉も!」
若き修道士たちは、雪道を駆けまわり、町の紙商人たちは、前代未聞の需要におののいた。
写字室では、もはや筆は用いられず、ただ箱がうなり続けた。
聖典、祈祷集、教義問答集。
あらゆる聖なる書が、この箱を通りぬけ、無数の写本となって、山のように積みあがっていく。
やがて、それは修道院の塀を越え、周辺の村々へと、洪水のごとく流れだした。
「セレノの修道士たちは、主の箱を手に入れたらしい」
「真の教義が、ただで配られているそうだ」
かくして、民草は聖なる言葉を、はじめて自らの目で読みはじめた。
だが、それは同時に、別の種火にもなった。
「ここに、こう書いてある」
「“他の神々を、けっしてまぜるな”……」
「では、北方の古き森の神を、まだあがめている連中は?」
「主の怒りを、買っているのではないか?」
セレノ修道院に送られてきた一通の手紙に、リオネルは目をとおす。
『貴殿らの配布する聖典により、我が町では、森の古き祭壇が焼かれた』
『彼らは叫んだ。「純正トナー以外、許されぬ」と』
リオネルは、指先を震わせた。
それは、ただの注意書きであったはずだ。
だが、人々はそれを、教義として読みとっていた。
「……これは、本当に、主のみこころなのか?」
つぶやいた時、箱が、低くうめいた。
「が……がが……」
白き紙のはしが、内部で折れ曲がり、止まっている。
「紙が……詰まっている?」
リオネルがふたを開くと、説明書の一文が目にはいった。
「“紙づまりのときは、けっして無理にひっぱらず、電源をお切りください”」
「むりに……ひっぱるな……」
写字長が、その行を凝視する。
「主は、おおせだ」
「この箱を乱暴に扱う者には、裁きをくだすと……」
その夜からだった。
セレノ修道院では、“紙づまり”が“神の怒り”と呼ばれはじめたのは。
聖典を頼りに、異端の村を焼き、森の祭壇を倒した者たちの名簿が、箱にそっと差しこまれる。
雷鳴のごとき唸りのあと、紙はぐしゃりと押しつぶされ、中で止まる。
「見よ、主は彼らの名を、箱の内に閉じこめられた」
「これは、地の書に名を消された証なのだ」
「ゆえに、さらに異端を焼き払え!」
狂った理屈が、冬の嵐よりも速く、王国じゅうをかけめぐる。
やがて、北方の小王国は、この“無限写本”に背をおむいた。
「その箱は、真の教えをゆがめる、魔の器だ!」
「聖典の海で民をおぼれさせる、黒き黙示録だ!」
彼らは、セレノ修道院へ軍を差し向けた。
積みあがった写本の山に、火の矢が降りそそぐ。
乾いた紙は、一瞬で炎の塔となり、夜空を赤くそめた。
箱はなおも唸りつづける。
だが、やがて――。
「が……が……」
黒き粉はつき、印字はうすれ、文字はかすれた影となって紙に刻まれた。
リオネルは、最後の一枚をにぎりしめながら、炎に照らされた箱を見つめる。
そのかすれた聖句は、もはや誰にも読めぬ。
「主よ……」
彼は、すすで真っ黒になった手を、胸にあてた。
「これは、ほんとうに……あなたが望まれた、黙示録だったのですか」
答えるものは、もはや、箱のうなる音すらなく。
ただ、外でひびく、戦の叫びのみであった。
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「え、なにこれ……」
モニターをのぞきこんだわたしは、ポテチをぽろっと落とした。
「待って、紙づまりで異端認定されてんの、マジわろたなんだけど」
「てか、“純正トナー”を教義にするのセンスありすぎじゃない?」
地上は、炎と叫びで、インスタどころじゃない映えをしている。
雪景色に、燃える聖典の山。
黒こげのコピー機を、なお拝みつづける修道士。
「いやいやいや、わたし、もっとこう……」
「みんながさ、バチくそ勉強して、図書館とかつくって、“知識の共有最高~”って、チルる未来をイメージしてたんよ?」
「なんでさ、コピー機一台で宗教戦争はじまってんの?」
わたしは頭をかかえながらも、ちょっとテンションが上がっている自分に気づいて、あわてて首をふる。
「やば。地上、毎回おもしろい方向にバズりすぎでしょ」
「次はもうちょい平和なやつ送ろ……」
モニターの中で、黒き箱が、最後の力をふりしぼるように一度だけ、青いランプを点滅させた。
その瞬間、どこか遠くの町で、また一冊、聖典の写しが生まれる。
「……って、まだ増えてるの!? しぶとっ!」
わたしは、両手で頭をわしゃわしゃしながら、叫んだ。
「なんでそうなるのーーー!?」




