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灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
一号勅令 ムスペル大公国と友誼を結べ
9/39

第09話 黒衣の貴紳

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「魔法使い」

「見覚えのある場所だな――」


 たどり着いた場所は、灰色猫の俺・ヨルムガントが、昨日、眷属化した烏を通して視た工房だった。

 大鍋、ガラス容器といった実験器材が並んでいる。

 工房は連なっていて奥に続いている。

 少女の生血をしぼる部屋の奥に浴室があり、そこからL字に折れ曲がった通路をしばらく走ったところに寝台や鏡台が置かれた部屋があった。


 そこで――

 踏み込んだ俺達全員が、めまいを覚え、床に突っ伏した。

 体が痺れる。


「罠だ。ブリュンヒルド女王が、あらかじめ床に描き隠した、魔法陣のようだ」


 恐らくは、フェンサ帝国系の古代魔法なのだろう。――立ち上がった二人、長弓を手にしたサピエンス族の女弓手レイベルと、錫杖を手にしたエルフ族の女神官グズルンが、互いに、己が技をぶつけ合おうとした。――魂魄を操られている!


               *


 風景が一変して――、

 雪原を駆けていた俺が立ち止まる。


 俺の背中には女二人が乗っている、後ろに座ったエルフ族の女神官が、

剣歯虎サーベルタイガー? 貴男様はヨルムンガンドさんの化身せすわね? ここはどこかしら?」

「女王は精神操作系魔法を得意としているようだな。俺達のパーティーで最も魔法耐性が強いのは、なんだかんだ言ってもシグルズだ。だから俺は皆の魂魄を、シグルズに一時的に憑依させるという緊急避難をしたってわけだ」

「道案内の兄妹は?」

「残念ながら、時間がなくてシャルビィとレスクバまでは、俺の背に乗せられなかった」

 サピエンス族の弓手が、

「どういうことだ、もう少し判りやすく説明して欲しい?」


 俺に代わり、女神官が噛み砕いて、女弓手に説明した。


「ここはシグルズさんの精神世界で、一種の結界ですのよ。あのとき私どもは魔法陣の発動圏内にいて、なまじ身体と魂魄が一つだと、敵術者の精神操作を受けるところだった。――そうなる前に灰色猫さんは、一時的に私どもの魂魄を身体から引き離したというわけです。――直後、幽体離脱した灰色猫さんが、私達を背中に乗せられる大きさの剣歯虎に変身して、シグルズ卿の魂魄に緊急避難したってことですわ」


「そういうことだ」

 たぶん俺、どや顔。


 吹雪だした雪原の中で、一軒屋を見つけた。

 俺の背を降りた女達二人が、ドアを叩いたが、家人は返答しなかった。


「この家も結界の一種だ。俺達は、窓から覗き見ることはできるが、中に入って、住人に干渉することは出来ない」


 媚薬の類だろうか、家の中から甘い匂いが漏れて来た。女王ブリュンヒルドとシグルズがいる。寝台に腰掛けているシグルズは、めまいを覚えているような所作で、動きが鈍い。

 窓越しに覗いている弓手と神官、二人の女達が、嫉妬に狂った目をしていた。


               *


「寒い、温めておくんなんし」


 震えてみせる女王は全裸に近い恰好だった。頭上には王冠、耳・胸・腰・腕・脚に黄金の小札、両手には十指に指輪を飾っている。――シグルズは、気怠げに両手を拡げた華奢な女を抱きしめ、温もりを楽しんでいた。


 ――シグルズは女王の術中に落ちたのか?


 強く抱きしめれば壊れんばかりの少女のように、儚げに見えた女王が、大きく目を見開き、と狂喜の笑みを浮かべる。


「しょせんシグルズさんも男でありんす。本能には抗えんせんなあ」


 シグルズの顔が、乳房の合間に落ち、突っ伏すような格好となり、そのまま寝台に横になる。いや違う、シグルズは女に甘いというよりも、弱者に手を差し伸べてしまう悪癖があるのだ。いずれにせよ女王は、シグルズの弱点を見抜いていた。


 少し時間が経ち、ブリュンヒルドとシグルズが視界から消えた。


「ここの魔法陣は、女王がいると強く反応するが、いなくなると弱まる特性があるようだな」

 ゆえに俺は、皆の魂魄をそれぞれの身体に戻した。剣歯虎から灰色猫に戻った俺に続き、サピエンス族の女弓手レイベルと、エルフの女神官グズルンが立ち上がる。


 レイベルが周りを見渡し、

「シャルビィとレスクバは?」


 兄妹は物陰に隠れていた。二人は、幻術の隠し扉から、俺達を地下通路に案内してくれた。

 途中、コモドドラゴンの群れに阻まれ、足止めを食らう。連中が通り過ぎて先に進むと、丸木橋になっているところがある。丸木橋の下は底の見えない崖だ。――俺に続いて、女弓手が渡り、続いて女神官が渡る。道案内の兄妹の番になる。――そこで狂戦士近衛兵が後ろからやって来た。


 兄シャルビィが妹レスクバに、「早く渡れ」と叫んだが、妹が立ちすくんでしまった。その兄の背中から一本の矢が心臓を貫いた。少年が谷底に落ちて行く。少女が、「兄さん」と叫んだが、返事の代わりに、少年の岩にぶつかる鈍い音が響いた。妹は、谷底を覗き込んだまま、呆然としている。刹那、狂戦士近衛兵が少女を取り押さえた。


 俺達は、女弓手が少女を助けようとしたのだが、小競り合いで丸木橋は落ちてしまった。


「仕方がない」俺達は先に進んだ。


 例のごとく岩をくりぬいた門をくぐる。すると中で眩しいほどの明かりが点く。やたらと天井が高い大回廊だった。既視感のある意匠は、古代フェンサ文明の遺跡《神陵》と同じ系譜のものだ。


 違うと言えば、

「オーパーツが飛んでいる。自律型魔道具オートマタの一種だな」


 場違いなまでに時代を先取りした古代遺物オーパーツが、侵入者である俺達を攻撃するわけでもなく、無我を楽しむかのように大回廊を浮遊往来していた。それらは、人の大きさほどあるトンボの模型で、床面に壊れたものもあった。壊れた模型を観察すると中身がない。機械仕掛けではなく、魔法陣を描いたおびただしい数の薄板を貼っているだけの代物だった。


 トンボに唖然としていると、大回廊の奥から声がした。


「私の眷属である烏を寝返らせたのは卿ですね、灰色猫のヨルムンガント? ヨルムンガントは神獣トロルと伝え聞いている。――トンボの構造を瞬時に理解なさるとは!――噂にたがわぬすばらしい見識だ」


 胸に片手を添え、うやうやしく一礼したのは〈黒衣の貴紳〉だった。

 絹地のブリオー(ワンピース)とブレー(長ズボン)の上からマントを羽織っていた。全体に黒を基調としたコーデである。身の丈七十ゾル(百八十センチ強)、エルフ族特有の銀色の髪、碧玉の瞳、尖った耳をしていた。細身で、若いようにも老いているようにも見える。


 女神官グズルンが

「《黒衣の貴紳》ロキ、新フェンサ王国宰相だわ――」


 ロキと名乗った黒衣の貴紳が指を鳴らす。するとどうだろう、円卓と人数分の椅子が、あたかも前からあったかのように置かれている。


「まあ、お坐りなさい。薬湯でもいかがですか?」


 言われるままに、女弓手と女神官、さらに俺が椅子に座る。――と同時に、どこからともなく、侍童が現れ給仕を始めた。


 味方でないことは確かだが、敵意というものが感じられない。

「俺は必要に応じて水を飲む。酒も薬湯もやらん」

「おっと失敬」


 侍童が、水差しからカップに水を注ぐ。

 向こうが俺に興味が湧いたように、こっちも興味が湧いた。


 幻術か、魔法か、はたまた手品かは判らない。女弓手と女神官の二人が、身構えて薬湯を口にしないでいると、

「ああ、毒は入っておりません。毒が入っていれば銀容器が反応するはず。――姑息な真似は私の流儀に反するのです」


 はにかむ〈黒衣の貴紳〉は、毒見をするように薬湯を口にする。すると、テーブルの反対側に座った女弓手と女神官の二人も、恐る恐る口にしだした。

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「オニヤンマ」


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