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灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
一号勅令 ムスペル大公国と友誼を結べ
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第08話 突入

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「遺跡にて、シグルズ」

「街や王宮には、さまざまな仕掛けが施されています。皆さん、気を付けて――」


 道案内の兄妹シャルビィとレスクバが、落とし穴、吊天井、仕掛け弓のありかをシグルズ達に教えた。


「武者隠しがあるな」


 路地側面に設けた〈武者隠し〉は、わざと奥に侵入者を素通りさせ、前方の友軍が阻んだところで、後方から別隊が踊り出て、パニックに陥らせてから屠るようになっている。


 時折、弓手のレイベルが先手を取って矢を放つ。彼女はなんと、隠し部屋の小窓から矢をくぐらせて敵兵を討ち取る離れ業を披露した。


「隠し扉か――」


 魔法猫の俺にとって、進路の袋小路の石壁に、幻術系魔法で偽装した扉を見つけるのは容易なことだ。道案内の幼い兄妹が俺に、「さすが」と尊敬のまなざしを向けると、通り抜け、俺達も後に続く。――そしてついに、崖を掘り込んだ王宮前広場にたどり着いた。


「あれが噂の鉄剣か?」


 王宮の入口を守っていたのは、三十人からなる近衛兵達だった。


 鉄というのは、銅や錫のように鉱脈を掘り当てなくとも、湖鉄や砂鉄のような形で、わりかしどこでも採れる。青銅に比べてはるかに廉価だ。ただ、融点が高いので鍛治炉を壊しやすく、剣などの得物とするにはコスパ的にも品質的にも悪い――と言われてきた。だが、――新フェンサ王国は錬金術に長けている。サピェンス諸国を出し抜いて、鉄剣開発に成功していたのだ。


「素晴らしい!」シグルズは、「女王と話しをしたいだけなんだ。犬死には損というもの。少しだけだ。なあ、頼むよ」


 もちろん、近衛兵達が言うことを聞く道理があるはずもない。


 ユグドラ大陸からきた男は、うんざりした顔になって、


「こいつら、目がいってる。――忠義者というよりは邪教団の狂信者みたいだ」


「狂戦士ヴェルセルクは、サピエンス族やドワーフ族の専売特許ではなく、エルフにもおりますのよ」


 女神官グズルンが笑みをこぼした。――なぜここでドヤ顔になる?


 古代エルフ文明由来の禁書によれば、脳からは麻薬性の分泌物が放出されて、ハイにさせるとある。術者は放出を促す術式で、人の病や死の苦痛を和らげることができる。この術式を戦士に対して応用すれば、死を恐れぬ狂戦士に変貌させることができるというわけだ。――もっとも、狂戦士は術者を介さずとも、薬物によっても出来なくもない。ただし猛烈な薬物依存症を残し、発狂した挙句、死に至ることになるわけだが……。


 少数の俺達が、多数の敵兵を相手にする必要から、広場から狭い街路に引き返し応戦した。


 エルフの女神官グズルンが、聖紋障壁を張り、サピエンスの弓手レイベルが矢を放つ。


 狂戦士の近衛兵が五人一組の波状攻撃をかけてくる。


 シグルズの出番だ。


 褐色の偉丈夫が、腰ベルトのポシェットからウオトカの小瓶を取り出して口に含み、「血祭りだ」と言って、携えた青銅の長剣ロングソードに、酒飛沫さかしぶきを噴きかける。


「体力消耗を抑える奇跡――」


 エルフの女神官グズルンが、術式をシグルズにかけた。――もともと規格外の体力をもつシグルズだが、それによって疲れ知らずになった。なので、小札を連ねた敵の鎧の上から、長剣ロングソードを深々と刺したり、〈兜割り〉したりと大技を繰り出すことが容易となり、新フェンサの狂戦士達を、次々と討ち取って行った。


 〈奇跡〉を発動させた当のグズルンが、


「規格外といいますか、人外といいますか、我らが王が、シグルズ様に仰っていたことが、初めて理解できましたわ。――私が下ムスペルのフレア女王にしたことは、下手をしたら、上ムスペルの族滅につながることだったようですわね」


 魔法使いが扱う魔法も、神官が扱う〈奇跡〉も、〈星幽界〉から注がれる幾万種類もある波動から、特定の波動を捕らえて変換し、再放出するものだ。――代表的な攻撃魔法をアストラル・レイという。


 及ばずながら灰色猫である俺、ヨルムンガンドも応戦した。都城内では、城外のように、眷属化できる獣魔はいない。そういう場面での技の一つを、我が吟遊詩御傾聴の諸兄にご披露するとしよう。


「木ノ葉落とし――」


 石壁に駆け上り、落下しながら、隊伍をなした敵兵頭上から躍りかかり、アストラル・レイを連射する。――狂戦士は、もんどりを打ちながら、横に並んだ味方兵士に剣戟をぶつける羽目になる。――俺は、無様な敵を尻目に、四肢で路面に着地した。


 半分の敵兵がやられたとき、後方から女の声がした。


「下がりなさい」


 王宮の門から出て来たのはブリュンヒルド女王だった。


「サピエンス族の家畜ども、わっちに忠義を見せるでありんす!」


 近衛兵達は潮が引くように撤退し、入れ替わりに前に突き出されたのは、戦斧を持たされた――シャルビィやレスクバと同じくらいの年ごろの――少年達だった。百人くらいいただろう。


「卿の同胞を盾にしてみんした。――どうしんすか、サピエンス族の英雄さん?」


「卑怯な!」女弓手レイベルが矢を射かけようとすると、シグルズの後方にいた女神官グズルンが、「シグルズ様に委ねましょう」と止めた。


 本気になれば少年達を皆殺しにできる。そうしないところが、シグルズという男だった。


 シグルズが長剣を鞘に納め、鞘の先で少年奴隷達の鳩尾みぞおちを突き、失神させて回る。これには精神的に疲れたようだ。


 その隙に、笑みを浮かべた女王が身をひるがえし、手負いになった狂戦士近衛兵を従えて、王宮の奥へと消えて行った。

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「迷宮ダンジョン



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