第07話 狂戦士
灰色猫の俺・ヨルムンガンドは人の施しを受けない。自分の食い扶持は狩りをして賄っている。腹が満ちたので皆の場所へ戻ると、シグルズが料理をしていた。褐色の偉丈夫は図体のわりに手先が器用だ。仕留めた兎を器用にさばいて一口サイズにすると、串焼きやスープにした。
鴻臚官レイベルと上ムスペルの女神官グズルンが声を揃えて、
「見事な包丁さばき――」
「子供の頃、俺の師は座学から剣、狩りや料理の仕方まで教えてくれた」
鴻臚官レイベルは興味津々で、シグルズの腕にもたれかかって頬を寄せ、
「シグルズ卿、剣や狩りはともかく、料理など従者にさせれば良かったろう?」
「従者が全滅して俺一人が生き残った場合を想定しての訓練もした」
料理が出来ると、皆に振る舞った。
よほど腹が減っていたのだろう。シグルズが保護した兄妹はがっついていた。
兄がシャルビィ、妹がレスクバだ。息を荒くしながら、兄のシャルビィが言った。
「女王の軍勢が突然襲い掛かって来て、僕達の村を焼いた。大人達は殺され、僕ら子供は奴隷にされた」
戦争に敗ければ殺されるか、奴隷になるかが当たり前のご時世だ。誰もが己が身を守るので必死だった。それゆえシグルズも戦や奴隷に関し、世人に大きく乖離した言動をとらない。だが、目の前で誰かが助けを求めるのを見ると、つい救いの手を差し伸べてしまう愚かな性分があった。
褐色の偉丈夫がシャルビィ少年に、
「――それで逃げて来たのだな?」
「妹が血を搾り取られるところだったから……」
「酷い」シグルスに代わって、供の女子二人、レイベルとグズルンが声を合わせて訊いた。
「行くあては?」
「ないけど、できるだけ遠くに逃げようと思う」
シグルズはしばし考えると、
「レイベルの紹介で、ムスペル都城のどこかの貴族の下働きに雇ってもらうというのも考えたが、自分らが通って来た上ムスペルからの街道は険路だった。下ムスペルの密林にはコモドラゴンもいる。子供二人ではとうていたどり着けまい」
「ならば逆にこういうのはどうかな? 僕達が女王の館まで案内する。館の中は迷路だから、手引きしてやる。それから都城に連れて行って欲しい」
兄がそう言うと、妹もうなずいた。――ウィンウィンってやつだな。
シャルビィ少年はエルフ族に似た体型をしていた。四肢が長く年齢としては比較的長身である。相違点としては、エルフの耳が長いのに対して丸耳であること、エルフの目が吊り目なのに対し、アーモンドのような形をしているというところだ。
妹のレスクバは兄とよく似た顔立ちをしている。
兄妹は揃って容姿端麗で、恐らくは、新フェンサの女王ブリュンヒルドの好みなのであろう。
シグルズが困った顔で、
「ブリュンヒルト女王は頭のネジがぶっ飛んでいるようだ。腹を割っていろいろ話したいところだが、無理かもな」
犬は人が狼を飼い馴らし家畜化したものだが、狼にとっても犬は家畜で、同胞とは見なさず捕食するというではないか。アルビノの女王にとって、サピエンス種である美麗な兄妹も家畜に過ぎないのだ。
*
夕刻、新フェンサの同名都城に着いた。
「外観から六百戸・三千人ほどが住んでいると推察される。すると兵士として動員出来る壮丁《就労年齢者》の数は、百人というところか」
新フェンサ都城は、褐鉄鉱の岩盤の断崖を削って構築された要塞都市で、内部に入る市門は、巧妙に細工された岩戸だった。
道案内の少年が、
「シグルズ様、都城からは時折戦士達が、斥候として城外巡回に出ます。ですから内部に突入するのは、そのときです」
「ならば、ここの岩陰にしばし隠れ、時が来たら突入する」
ヴァナンの全権大使とムスペル大公国の鴻臚官、それに上ムスペルのエルフ神官の三人がチャンスを待ちながら交代で眠った。そして決行の時が来たのは翌朝だった。
「じゃあ、行くかい、坊ちゃん?」座って寝ているシグルズに、俺は声をかけた。
少年の言うように、外部を巡回していた斥候が市門に戻って来て、次の斥候と交替する。戻って来たのが二人、新手が二人、門番が六人で計十人だ。そいつらにエルフ神官グズルンが眠りの術式をかけ、門番達が眠ったところで俺達は、市内に潜入した。