表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
一号勅令 ムスペル大公国と友誼を結べ
4/39

第04話 エルフの呪詛

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「ムスペルの女大公」

 開かれたムスペル都城の市門前後は、群衆の歓声で溢れていた。凱旋を果たす女大公と麾下の軍勢、そして歓声は、ムスペルを救ったシグルズと、灰色猫の俺・ヨルムンガンドは、白き戦象グルドブが通ったとき、頂点となった。


 銀の兜と小札鎧で身をまとったシグルズ。兜には、ハイビスカス一輪が小粋に飾ってある。


 戦象の輿にあって、督戦していた女大公フレイヤは、


「なんですと、シグルズ卿は賊将の首級しるしを取らなかった?」


 シグルズに随行した鴻臚官レイベルの報告を受け、小首を傾けたそうだ。


「城邑の後ろに味方の主力を隠し、敵勢〈海の民〉が包囲しかけた左右両翼の側面を、二手に分かれて挟撃。他方で、敵の背後に隠した伏兵を使って〈包囲殲滅陣形〉を完成させている」


 進言したのはレイベルだが、献策したのは、客将としてこの戦いくさに参加したシグルズで、さらに、賊将を倒している。


「文句なしの武勲。ゆえに、あえて賊将首に執着しなかったのに違いない」女大公はそう判断した。その上で、「ムスペル大公国の危機を救った英雄に、戦象十頭の輸出許可だけでいいのか?」


 そんな道義上の問題が頭をよぎったのではあるまいか?


 ムスペルの民は概して、南国の陽射しのためか浅黒い肌をしているのだが、ムスペル公家一門や一部貴族の肌が白いのは、外国王侯貴族と婚姻するからなのだろう。


 フレイヤ・ムスペル女大公は、腰まで伸びる黄金の髪、紺碧の瞳、薔薇の花のような紅の唇、しなやかに伸びた四肢を有した容姿だった。誰もが絶世の美女と称え、過去、他国の君主達から幾度も使節を介し求婚されているが、いずれも拒否している。その人をして、


「シグルズ卿は国婿こくせいの器がある。レイベルよ、説得して参れ」


「かの方には許嫁いいなずけがおりますが――」


「アスガルド王族の始祖ヴォーダンは亜神だったそうだ。その後、歴代の王はサピエンス族と混血してきたため、亜神がなせる業は皆無に等しくなった。――聞けばかの方は王族一門の出自だというではないか。妾はかの方の尋常ならざる強いオーラを感じる」


 レイベルはフレイヤ女大公の顔を見た。


 女大公は上気した様子もなく、淡々とした口調でレイベルに命じたそうだ。


 シグルズの返答は、と申し出て、翌日改めて、


「女大公殿下は自分好みのいい女だ。だが、残念なことに自分はヴァナン大公国に仕えている身で、婚約もしている。もったいない申し出なれども、謹んで辞退させて戴きたい」


 婚約など破棄すればいいではないか。〈逆玉〉だ。辺境の島とはいえ一国の国婿の座を、今の君主に対する忠義と許嫁いいなずけに対する義理で破棄してしまう。恐らく、「鴻臚館へ戻り、一夜考えさせて欲しい」と言ったのは、フレイヤ女大公への気遣いなのだろう。英雄色を好むよくいうが、シグルズ卿は義を重んじる。


 シグルズにふられた女大公は、「得難い人材だ。ますます欲しい」と、報告したレイベルに言い、その上で、「国婿にならぬというのなら、帰りに使う船を焼いておしまいなさい!」と叫んだあと、「なんて冗談よ」と一笑する。


 港湾に臨んだ宮殿で、片膝をついて拝謁するレイベルは、主君の笑えぬ冗談に、冷や汗を流す。


 ヴァナン大公国への返礼品である戦象十頭の輸送は、クノル輸送艦積載量の問題で、ムスペル大公国の交易船団も借りて輸送することになった。ムスベルが出してくれるという交易船団は、ヴァナン大公国側と同数のロングシップ五隻と輸送艦二隻で、帰りには、ヴァナンの交易品を満載して帰るのだという。


 当然のことながら、褐色の偉丈夫の新しき友となった白き象グルトブは、返礼品の内に数えない。女大公は、シグルズへの戦働き恩賞として、城邑スルトを家領として与えようとしたのだが、固辞されたので、代わりに相応の象牙で労うことにした。


               *


 戦勝祝賀として、女大公は臣民にも酒樽を振る舞い、その夜は、国中が勝利の美酒に酔いしれた。


 フレイヤ女大公が宮殿に宴の席が設けられていた。武勲によりシグルズ卿は、再び昇殿を許され、近侍ともども女大公に近い上席に座った。彼の人が杯を呑み干せば、女官達は競って代わりを注いだ。


 見た目が気味の悪い山海の産物を盛った料理と、辺境ゆえに醸造が未熟で純度の低い酒を、シグルズは、実に美味そうに食べ、もてなした女大公を満足させた。


 ヴァナン大公国に仕えるシグルズは、戦場に赴くことが多く、たまに美食も口にするが、平時は粗食である。胃を八分に満たしさえすればどんな粗食に耐えることもできる。ゆえに女大公の臣下達は、銀の鎧兜を身にまとったシグルズが、さぞかし飽食三昧なのだろうと勘繰ったものだが、話しを聞くと、あまりに質素なことに驚いたものだった。


 ムスペルの廷臣達はシグルズを評して、


「食べっぷりが見事であるが、ユグドラ大陸からきた男は、けして雑というわけはない。歓談しながら、相手が杯を口にすれば杯を口にし、肉を切り取れば、合わせて手に取るところは協調性の表われだ」


 シグルズは廷臣達のウケも良かった。


 宴たけなわとなりシグルズが宮廷楽士からリュートを借り、余興で奏でた。廷臣・女官達も楽曲に合わせて舞う。


「アスガルド王国の宮廷楽曲か――」


 奏でられた曲はリズミカルで爽やかだ。リュートを弾じるのはユグドラ大陸諸国貴族男子の嗜みであり、けっして武偏一倒ではない、教養人であることを示していた。


「見慣れぬ顔の女官だな」


 シグルズのリュートに合わせ、踊る人の群れに、見知らぬ舞姫が混じっていた。


 舞姫は踝くるぶしまで伸びたブリオー(ワンピース)にベスト、腰の括れに黒いベルトをしている。舞姫が女大公を指さして、術式詠唱をした。果たして女大公は突っ伏し、近侍の臣達が鞘の剣を抜き放つ。


 被り物をとった女は銀色の髪に紅玉色の双眸で、エルフ族特有の容貌をしていた。


「《神陵》が荒らされましたの。ムスペル大公家は盟約をお破りになられましたので、神罰を下しますわ!」


 エルフが駆けだす。なんという速さなのだ。シグルズが後を追った。


 白き戦象グルトブが背中に乗れと言わんばかりに、やって来たので、シグルズと俺は飛び乗る。


「《神陵》への案内役も必要だろう」


 宴席で呆然としている重鎮達の中で、唯一正気を保っている鴻臚官レイベルだけが、シグルズと行動を共にすることになった。


 レイベルがシグルズの背に密着したとき、確信を得たように、シグルズが言った。


「胸の膨らみ。――口にはしなかったが、やはり卿は女子であったのだな」


「ああ、宰相の娘でな、フレイヤ女大公の乳姉妹だ」


 二人と一匹を乗せた戦象は、エルフを追って、ムスペル都城の市門を出た。

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「灰色の魔法猫」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ