表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
四号勅令 謀反により幽閉された我を解放し、逆賊を討伐せよ
28/39

第28話 城邑ヴェストリ

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「ミミルとホグニの兄弟」


 美麗な王が大男に、


「おまえの主人は、若い女の頬に平手したぞ」.

「それがどうした? 野蛮人・エルフ族の娘ではないか?」

「我が妃ノルンは賢いが、おまえは筋肉ばかりで猿ほどの知力しかない。さらにキイキイ鳴いてみせよ」

「なに!」憤激した大男がつかみかかろうとしたとき、王はまたしても相手の脛を蹴った。


 ユンリイ王の蹴りが効いてきたようだ。

 大男が攻撃を加えるたびにユンリイ王は相手の同じ箇所ばかりを何度も蹴るので、ついに脚をひきずりだす。美麗な王がほくそ笑む。

 大男の動きは封じた。打撃を加えてきた脛すねに渾身の一撃。奴はたまらず片脚を上げる。金的ががらあきになったところで一撃。前のめりに崩れてきたところで、頭部に一撃を食らわす。


 ユンリイ王は、想い描いた通りに相手を倒した。ホグニが、いまいましげに、「王を捕え、脚を切り落とせ」と命じ、徒士達が捕えようとしたのだけれども、刹那――城外から地響きが鳴りだしてきた。戦象のものだ。さらに火箭かやが雨のように射込まれ阻まれる。


 偉丈夫の執政・ホグニ元帥が叫ぶと、


「近衛騎士団か、王を人質にしているのだぞ、王もろとも焼き殺す度胸が、奴らにあるというのか?」

 麾下の伝令が、

「王姉グルベーグ殿下の軍勢が、王都城外にいた友軍五千を撃破しました。近衛兵の主力が合流してゆきます」


 宰相ミミルが駆け寄った。


「何という愚かなことをしているのだ、ホグニ!」宰相ミミルは、ユンリイ王と目が合うと視線をそらし、弟の執政に、「ウトガルダに引きあげるぞ」


 ホグニの配下達は、ユンリイ王を捕縛しようとしたのだが、王は敵兵士の一人から剣を奪って抵抗した。ホグニは、王を大人しくさせるため、兵士達に、


「王妃の喉元に剣を突きつけよ」


 だが見かけが幼く見える王妃は、後ろ飛びをするや、部屋を脱出して、先に通路を行く夫の後について消えてゆく。


 地団太を踏むホグニが、


「王妃の猫かぶりが! ――やはりエルヘイムのエルフ族は山猫だ!」


 直後、破城槌が宰相と執政が籠る城の門を突き破った。


 城邑ヴェストリは、城郭と城下町に分れていて、城下町は市壁がなく無防備だったが、城郭は高く堅固な石積みの城壁を巡らした要塞だった。


 城中には天守閣や礼拝堂、宿泊施設、兵舎、食料庫が配置され、庭には深井戸があり、数か月の籠城にも耐えられるようになっている。城壁や塔の上には、矢倉や矢狭間が設けられ、防御力を高めている。――だが、破城槌は攻城兵器の一種で、分厚い板で覆われた装甲車である。内部の兵士達が装甲車を押して、横にした丸太を城門にぶつけて壊す。ゆえに破城槌内部の兵士達は、頭上からの投石・弓矢の攻撃から守られ、安全に城門の扉を破壊することが出来た。


「突入、国王ご夫妻を救出するぞ――」


 麾下の兵士とともに城内に突入したエギル侍従長やドルズ平侍従は、王都アスガルドの留守を預かっていたのだが、王姉グルベーグやノアトゥン辺境伯シグルズが飛ばした伝書鳩の報せを受け、精鋭一千騎を率いて、副都の王姉グルベーグ率いる国王夫妻の救出部隊に参加したのだった。


 近衛騎士団のレリル率いる百人隊が続いて斬り込む。――ゆえに国王夫妻は、易々と味方の軍勢に合流することが出来た。


 ところがこのとき、火箭が宙から降り注いで来る。

 火箭を放ったのは、伝書鳩を受け取ったエルヘイム大公国が派遣してきた一隊だった。ユンリイ王は、「やはりな」と呟いたという。自分がいるのを知っていて、あえて宮殿に火矢を射込む度胸があるのは、クレイジーなエルヘイムの女大公ヒョルディスしかいない。


わらわの可愛い娘婿ちゃーん」


 ヒョルディスは、王宮に乗り込んで来るなり、実の娘はそっちのけで、美麗な娘婿ユンリイ王を見つけるや、さんざん〈友好の証〉の抱擁をした挙句、頬ずりを始めた。そのため、たまたま居合わせた大常卿ウル・ヴァンの咳払いを聞くことになる。


 今回の作戦の大筋は王の異母兄・大常卿が描いたものだ。ただ求心力において、ユンリイ王の同母姉にして副王であるグルベーグのほうが高いので、異母妹の補佐に徹した。


 紅毛碧眼をした大常卿の背後には城邑ヴェストリの市門がある。そこを、額に五芳星の黄金飾りをつけた白い戦象がくぐってきた。シグルズから借り受けた王姉グルベーグ御用達の戦象だ。王姉は、白い戦象グルトブをひざまずかせ、幼さの残る容貌の王妃を輿に乗せると、「もう大丈夫」と抱きしめた。


 今回のユンリイ王奪還作戦では、王姉グルベーグが旗頭となった。副都ヴァナンと辺境伯領都ノアトゥンとを結ぶ〈ノアトゥン街道〉からは、沿道諸城邑から義勇軍が加わり、さらに、エルヘイム軍まで加勢して来て、宰相ミミルと執政ホグニの兄弟が籠っていた城邑ヴェストリに到達するころには、都合三万の軍勢が集まっていた。


 国王側の兵員三万に対し、宰相と執政の兄弟が持つ兵力五千の差は倍になる。また城邑ヴェストリでの戦闘で、一千を消耗してしまった。城邑ヴェストリが陥落すると、宰相ミミルと執政ホグニの兄弟は、生き残った百騎の手勢とともに、後方にある城邑ウトガルダへ逃げ込んだ。


              *


 一夜明け、城邑ウトガルダの城外に陣を敷いた大公姉グルベーグと、救出された国王ユンリイ夫妻のところに、大常卿ウル・ヴァンがやって来た。


 紅毛碧眼の大常卿は、


「宰相ミミル一門には、前線に立って戦った勇士が多いのです。実戦経験を積んだ士官が、こたびの内戦で、失われるのは実に惜しい。使者を遣わし、宰相ミミルと和睦したいものです」

「和睦か? この種の話をまとめるには、鴻臚卿・シグルズ辺境伯をおいて他なりますまい」


 ウル・ヴァン、グルベーグ、ユンリイかなる美麗な三兄弟は、ヴァナン大公国の同名都城の街並みを背に、ふと、ノアトゥン辺境伯領がある北東を仰いだ。

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「城邑ヴェストリ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ