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灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
三号勅令 辺境伯として北の覇者ヨナーク大公国南下を阻止しつつ、我を大陸の王となさしめよ
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第25話 深淵の森

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「深淵の森」


 灰色猫の俺・ヨルムンガンドは、横でホバリングしている小妖精に、


「ブリュンヒルド、周囲の森から視線を感じる。けっこうな数だ」


 ヴァナン大公国の軍勢が野営地とした廃墟である。崩れた望楼に草木が生い茂っている。兵士達は、大公の陣城周囲の下草をなぎ払い、テントを張った。夕餉を終えると陽が沈み、大半の兵士達が寝床に潜り込むころだ。


 大公のいる帷幕の外を通る。


「ねえ、ヨルムンガンドさん、わっちら、めっちゃ注目されてやすよ」


 小妖精が無詠唱術式で、魔道人形ピグマリオンを召喚した。


 このとき――

 十人はいるだろうか、大樹の枝から迷彩装束の一団が短剣片手に、大公ユンリイのいる帷幕近くに跳び下りて、中へ突入する。


 帷幕の大公が迷彩装束達に、


「女大公ヒョルディスには、ご息女ノルンを妻にもらい受けたいと、使者を送ったはずだ」

「表敬訪問に、軍勢一万は、ちと多すぎではございませんかな?」迷彩装束の一団を率いる長とみられる人物が、「ふん」と顎をしゃくりあげた。女だ。「ヴァナンがどこと戦さをしようと知ったことではないが、我らが領内に大軍で進入しておきながら、戦う意思がない』だと? 笑わせるな。女を寝台に押し倒しておきながら、何もしないから安心しろとほざく男のようなものだ」


 背後に控える男衆の声がして、「そうだ、そうだ」と笑いだす。


 他方、野営地周辺の森を巡回していた味方の斥候・百騎隊が、戻ろうとしていた。

 隊長は、エリバ河の南岸地方で、エギル侍従長が登用した豪族・レリルと、同郷の士からなる部隊だった。

 レリルの麾下は弓を得意とする者が多く、夜目も利く。一隊は、木立の中から矢を撃ち込んでくる敵に遭遇した。


「エルヘイムのエルフ族は、まるで山猫だな。いま、地を走ったままの勢いで木の幹まで登ったぞ」

「早い、木々を蹴って跳び廻る。――矢が当たらん」


 敵の放つ矢で王国側の兵士数名が負傷した。レリルがいまいましげに、部下に貸せと言って、弓矢をひったくる。


「狩りと同じで、狙うのは、今いるところではなく、次に跳び移る場所だ。予測しろ。そうすれば当たる」


 レリルの一矢が、敵兵を射落とした。ニの矢でもう一人を射落とし、三の矢を出そうとしたとき、敵兵は、斥候部隊など相手にせぬと言わんばかりに、通り過ぎていった。

 一同が安堵の息をしたとき、レリルは怒声をあげた。


「主公が危ない。陣城に帰るぞ!」


 レリルと麾下の兵が陣城に戻ると、味方兵は、寝込みを襲われ、火をつけられ、パニックになっていた。

 一万の大軍は、一千はいるだろうエルヘイムの精鋭の斬り込みになすすべがない。


 レリルは火の粉舞う陣城で、逃げまどう味方兵士を捕まえて、大公の安否を訊いた。そして、どうにか帷幕にたどり着くと、侍従長エギルや平侍従のドルズ達と合流出来た。


「主公はいずこに?」

「帷幕の中におられるが、エルヘイム族の迷彩装束どもが大公を質にとった」


 ほどなく――

 直属の千人隊を率いて、エルヘイムの精鋭を蹴散らし、「敵は寡兵である」と叫び、大多数の兵士達のパニックを鎮め、逆襲に転じたのは、宰相の弟・執政ホグニだった。――虫の好かない奴だが、いま大公に死なれたら大公国は終いだという態度が如実に出ている。


 ユンリイ大公の天幕をエルヘイム兵が囲み、そこをさらに、執政直属千人隊が包囲した。


 近衛騎士団の百騎隊長レリルは歯ぎしりして、

「いまいましいことだが、執政殿の将兵達は場数を踏んでいる。我らでは及ばない。残念だ」


 他方、天幕の中では――

 迷彩装束のエルヘイム戦士達数名が駆けずり回って、近衛兵達を手こずらせていた。ユンリイ王は、折り畳み椅子にもたれかかったままで、静かに敵味方の動きを観察していた。ランプの炎が揺らめいている。――しまった!――と、近衛兵達が息を飲む。


「本物か影武者か確かめろ」


 ヴァナン大公国側の隙を見て、エルヘイム戦士の一人が、ユンリイ王の背後に廻りこんでいた。

 ユンリイ大公の背後を取ったエルヘイム兵が、短剣の刃を大公の首に突きつけ、漆黒の面頬めんぽおを、剥ぎ取った。


「なんて綺麗な若者なの。そろそろ新しい壁掛けが欲しかったのよ。首だけしか持ち帰れないのが残念けれど、それだけでも十分見映えするわ」


 斬り込んできたのは女だ。そう言うと鼻で笑った。

 だが、女兵士に首に短剣を突きつけられながら、折り畳み椅子の若い大公が笑みを見せていた。


「何がおかしい?」


 女が苛立った声をあげるとユンリイ大公は答えた。


「我が臣下・執政ホグニの手勢が、卿ら一党を囲んだようだな」

「それがどうした? わらわが卿を抑えている限り、手も足も出来まい?」

「どうかな――」


 前面を守っていた近習を背中にやり、折り畳み椅子から立ち上がった大公が、隕鉄剣を鞘から抜き放つ。ランプの明かりに怪しく輝らされた剣身には、幾何学紋様の毛彫りがあった。


「勇猛な森の民よ。よくぞここまで来た。素晴らしい。さあ、隕鉄剣の星幽紋を見るがいい」


 エルヘイムの刺客達は五名いた。――だが連中が星幽紋を目にすると、不思議と動けなくなった。


 一党を率いていた女戦士は舌打ちした。


「美男大公は魔法使いなのか? 否、あらかじめ隕鉄剣に魔法が仕込んであるのだ!」

「そこまでだ。――双方に誤解が生じたようだな」


 小妖精を乗せた甲冑の将領が現れ、兜を外した。


 迷彩装束の女戦士が被り物を取ると、目を丸くして、


「シグルズ卿か! ――なぜ早く姿を現さなかった。約を違えぬ卿がそこにおるならば、話は別だ。――兜などつけておるから顔が判らなかった。今宵は都城に帰り、馳走の準備をいたそう!」


 迷彩装束の女戦士はシグルズと知己の間柄にある。女戦士は肩にかからぬほどに髪を短く刈り揃え、着痩せしたタイプで、四肢が長いた。精悍な面構えで、肉食獣のような双眸だった。――彼女こそエルヘイムの女大公ヒョルディスだ。――まったく女豹という言葉は、ヒョルディスのためにあるようなものだ。


 シグルズが、横の魔道人形の肩に乗った小妖精に、


「ブリュンヒルド、ヴァナン、エルヘイム双方に出た怪我人に治癒の奇跡を施してやってくれ」


 錬金術小妖精ブリュンヒルドは、大公の腹違いの兄・大常卿ウル・ヴァンと麾下の神官達に混じって、治癒の奇跡とポーションで負傷者を回復させて回った。


「シグルズは妾のものだ!」


 施術が終わると、麾下一党ともども迷彩装束の女大公が、エルヘイムの同名都城に戻って行った。――その際、シグルズの不意を衝いて抱き着き、奴の頬をペロリと舐めてやるのを忘れない。


「なんちゅう女でありんしょう!」ブリュンヒルドはおかんむりだ。


 現場に残された美麗な大公以下、貴顕の面々も顔を見合わせて笑った。

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「エルフ弓兵」


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― 新着の感想 ―
ユンリイ様の落ち着きと気高さが、とても素敵でしたね。思わず剣を抜く場面では、息を呑んでしまいました。シグルズさんとヒョルディス様のやり取りも微笑ましくて、戦の中にも温かな絆を感じられました(*^-^*…
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