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灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
三号勅令 辺境伯として北の覇者ヨナーク大公国南下を阻止しつつ、我を大陸の王となさしめよ
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第24話 エルヘイム大公国

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「エルヘイムの女大公」

 二年後、ヴァナン大公国ユンリイ大公の八年秋。


「大広間の空気は悪い――」


 形骸化しているとはいえ、ユグドラ大陸諸国の宗主国・アスガルド王国や、洒落たレオノイズ公国、そして木造建築が多い南方のヴァナンを除けば、大概の宮廷から一般家庭に至るまで、残飯や小用を足すため、床には藁が敷かれてある。そういう理由もあって、ヴァナンの若き大公ユンリイは、大広間にいることよりも、菩提樹の下に置いた椅子にもたれていることが多かった。


「宮殿本館に主公はおらぬ――」


 ゆえに廷臣達の会議の場は次第に、菩提樹の下へと移って行った。

 プラチナブロンドの髪も軽やかに、風に靡かせたオッドアイの人は二十八歳になった。――ヴァナン大公国のユンリイ大公その人は、四肢の長い、身の丈七十ソル(百七十五センチ)の美丈夫だ。ノアトゥンの戦い以後ついた二つ名には〈美男大公〉に加えて、〈南の覇者〉〈大鳥〉あるいは〈太陽〉とも言い表されている。


 美麗な大公が、

「妻を娶ろうかと思う」


 白髭の宰相ミミルが訊き返す。


「それは祝着至極、して、どこの姫君と?」

「エルヘイムだ」


 顔をしかめたのは執政ホグニ元帥ばかりではない。かなりの数の廷臣達が同様の反応をした。――差別とまではいかないが、数百歳を生きるエルフ族と主君との結婚には、異種族だという強い違和感があったのだ。


 閣僚級会議にノアトゥンからやってきたシグルズ辺境伯が、

「ヨルムンガンド、国家間の婚儀というのは何かしらの思惑があるものだ」


 ユンリイ大公と大公姉グルベーグの容姿は、背丈で弟大公に分があるという差異はあるものの、酷似している。大公姉は弟の美麗な容姿が、敵に侮られることを危惧していた。


 美麗な大公が、

面頬めんぽお? ――姉上、これは矢避けですか?」


 面頬と言うのは顔面に装着する甲冑の一部だ。

 美麗な大公が面頬を装着すると、満足そうに大公姉がうなずき、「似合いますよ」と言った。

 その面頬は漆黒で、醜い鬼神の目を象っている。美麗な容貌をあえて隠し、威嚇するような感がある。――大公姉は敵兵が弟を、「女のようだ」として、なめてかかられないようにするための心遣いだった。


 シグルズからこの逸話を聞かされた小妖精ピグシーのブリュンヒルドは、

「あんな面頬なんかしたら町娘が嘆きんす。なんてったって、ユンリイさんは色男でありんすから」

「いや、主公は目立ち過ぎる。宮廷内ならいざしらず、あの容姿は戦場だと格好の的になる」

「そんなものなのでありんすかえ?」

「そんなものだ」


 話し代わって――


               *


 ヴァナン大公国の軍勢が長蛇の列をなして街道を行く。


 ユグドラ大陸の南北を縦断する路線は、西に寄った〈森の道〉、中央にある〈覇者の道〉、東に寄った沿岸航路の三つからなる。〈森の道〉は〈覇者の道〉の裏街道で、とても高い広葉樹森が続く剣路であることもあって、商人達の往来は少ない。


 〈森の道〉を北上するヴァナン大公国軍兵員は一万で、騎兵、徒士、戦象、補給用牛車・革車ワゴン、徒士の各隊順に並んで行軍していた。戦象隊の一頭には、ヴァナン大公ユンリイが座乗し全体を督戦。執政ホグニ元帥が全体指揮。前衛の騎馬隊をシグルズが元帥の資格を得て、麾下の騎兵五百騎を率い、連銭栗毛に乗って先導していた。


 かくいう灰色猫の俺・ヨルムンガンドはシグルズの駒に便乗し、小妖精ピグシーのブリュンヒルドは魔道人形に乗って、シグルズの駒に併走していた。


「何事だ――」突然、後方から悲鳴が聞こえてきた。街道の横に転がっているいくつもの岩の群からだ。


 シグルズが、不用意に、森の遺跡には手を触れるなと注意していたのだが、行軍していた徒士の一人が戯れに、岩の一つに触ってしまったらしい。

 街道沿いでは、数個の自然石で墓室を作り、上に大きな石板を載せた支石墓ドルメンや、地面に穴を掘り、高さ十六フーサ(五メートル)以上はあるだろう長大な自然石を立てた立石墓メンヒルといった巨石記念物が目に入る。――アスガルド王国及び柵封国とは明らかに文化の異なる構造物だ。


「こういう遺跡には転移装置が設置されている場合がある。罠に掛かった者は、どこか離れた場所に飛ばされたに違いない」


 シグルズは気の毒そうに眉をひそめたが、魔道人形頭部の王冠形コクピットに収まったサイコパスな小妖精は、「えっへっへっ、たまりんせんわあ、お馬鹿さん」と笑っていた。


 少し退屈した俺が、シグルズの駒を跳び下りると、小妖精がついて来た。


「ヨルムンガンドさん、お散歩に付き合ってあげるね」

「同行を許す」


 俺達は部隊を見て廻ることにした。軍団の大半を占める徒士は、鎖帷子くさりかたびらかぶとを身にまとい、斧槍と短剣、長弓で武装していた。歩くとカサカサ音が鳴た。

 ムスペル大公国との交易で、順次、戦象が補填増強されている。大公ユンリイが座上する戦象を中核にした戦象隊は四十頭に増員されていた。これら戦象は、軍馬同様に、面具や胸当てといった装甲がなされていた。

 鬱蒼と茂った木々との枝葉が、突然開けて、古代都市遺跡にさしかかっていた。


 魔道人形頭部の王冠形コクピットに収まった錬金術師の小妖精が、

「ねえ、ヨルムンガンドさん、考えてみると不思議じゃありんせん? 上ムスペルもそうでありんすけど、エルヘイムのエルフ族って、《森の民》って言われているわりに、ドワーフ族みたいに、岩をくりぬいた都市を築いている点で共通してやすね」

「ドヴェルグの都市は鉱山の坑道の応用からなっている。対してエルフの都市は古代フェンサ帝国の残り香があり、地下都市という点は共通するが、思想形態が根本的に違う――」


 連れ立ってそんな話しをしていたら、大声がした。

 執政ホグニ元帥だ。


「今日はここで野営する――」


 シグルズが連れて来た私兵達の中には、エルフ族やドワーフ族といった作治に長けた連中がいる。エルフ族の工兵百人隊は、遺跡の石造建造物を背後に、堀一重と柵列を巡らした大公のための陣城を、瞬く間に築きあげる。柵列の内側に帷幕を設け、遺跡と陣城との間に革車ワゴンを並べて臨時の防御壁とし、内部に一般兵士用のテントを張る。――野営地の完成だ。

挿図/(C)奄美「エルヘイムの館」

挿絵(By みてみん)


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