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灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
三号勅令 辺境伯として北の覇者ヨナーク大公国南下を阻止しつつ、我を大陸の王となさしめよ
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第21話 覇王覚醒

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「覇王覚醒」

 後でこんな話を、さる貴紳から聞いた。


 北の国境にヨナークの軍勢が押し寄せて来る少し前のこと、貴紳が一人、庭園の池の畔に立っていた。その人の視線の先にいたのは、水面に腹をみせて浮き上がり、弱々しくエラ呼吸している鯉だった。

 貴紳が慈しむような瞳で、囁くように、術式詠唱をした。――するとどうだろう。軽く水面を跳ねたかと思うと魚は再び水面に潜って、何事もなかったかのように、勢いよく泳ぎだして行ったではないか。


 貴紳は金毛碧玉で、三十歳になったところだ。大常卿(神官総長)ウル・ヴァンといい、公国神官の頂点に君臨し、王国最高顧問として宰相に並ぶ地位にある。この人の母親は先王の愛妾であったので庶子であり、大公位は正妻との間にできた腹違いの弟・ユンリイ大公が襲っている。


「さすがは大常卿閣下、見事な蘇生術式ですな――」


 幾何学文様を基調とした池に北面した宮殿本館からは、おびただしい数の楽器が打ち鳴らされ響いている。そこから出てきたのは、取り巻き数十名を率いる顎鬚の宰相だった。


「ご機嫌よう、ミューミル宰相閣下、それにホグニ執政閣下。主公は?」

「いつも通りだ」執政がぶっきらぼうに答えた。


 ミューミル宰相とホグニ執政(国防大臣)は兄弟で、大公国の要職に就いていた。

 笑みを浮かべた顎鬚の宰相は、碧眼の大常卿の横を通り過ぎて行く。若い大常卿は、五十歳になる宰相の重厚な笑みの下に、老獪な思惑が縦横無尽に走っていることを熟知していた。

 池の畔に立つウル・ヴァン大常卿は、宰相府へ赴く一行を見送った。

 このとき侍従長エギルと平侍従ドルズの二人連れが、宰相ミミルとすれ違う。


 初老の宰相が息子に、


「ドルズ、励んでいるようだな」

「はい」ドルズが気恥ずかしそうに答えているのが聞こえた。


 宮殿の宴はたけなわとなり、笛や太鼓、リュートが高らかに奏でられると、裸に薄絹をかけた舞姫達が、大公と取り巻きの貴族達を前に踊っていた。長卓には一抱えもある大盃になみなみと酒が注がれ、ゆらゆらと波打った池のようだった。また肉料理を盛った青銅皿がぎっしりと並べられ、林のようでもあった。


「退廃的であるな――」空けられていた上席に、大常卿ウル・ヴァンが着く。


 美男大公ユンリイ・フレイ・ヴァンの宴席に招かれたのは、都城に詰めていた大臣級の重鎮とその取り巻き達だ。賓客達は並べられた料理を手づかみで頬張り、喉が詰まると酒で胃に流し込んだ。

 エギル侍従長やドルズ平侍従はもてなす側で、侍女達と、酒を注いで回っていた。


               *


 プラチナ色の髪にオッドアイの双眸、女のようにしなやかなユンリイ大公が、宴を主題にした古い詩を口ずさんでいると、「大公殿下!」と呼びかけ、どっかりと前に座った者がいた。侍従長になったエギルだ。後ろには弟分である平侍従ドルズが控えている。


 大公ユンリイは、虫を見るかのような目で、


「先日の宴でもエギルに、諫言は無用だと命じたはずだ。忘れたのか?」

「もちろん憶えておりますとも。しかし黙ってはおられなくなりました。主公は、国境ノアトゥン辺境伯領にヨナーク大公国が侵入しましたぞ。宴などしている場合ではありません」

「ヨナークとのいがみ合いは、父モディの代に始まって以来、四半世紀に及ぶ。第二次中津洲戦争で我がヴァナンはヨナークに大敗したが、ヴァナンも深手を負った。ヨナークにはまだ決戦を挑む余力はないと見た。小競り合いなど、執政ホグニ卿や、辺境伯シグルズ卿に任せておけばよいではないか?」

「伝令によれば、ヨナーク軍五万の軍勢には、隻眼大公ヴァーリ・ヴォルスングが督戦し、実際の指揮をブラジ・スキルド元帥が率いているというではありませんか? 万が一にもかの辺境伯領を抜かれれば、都城は丸裸となり、敵は怒涛の如く押し寄せて参りましょう。それでも宴をお続けになられますか?」


 直言した侍従長に、大公の取り巻きの大貴族達は、「興ざめだ。控えよ、エギル!」と叱責し、さらに罵声を浴びせた。


 偉丈夫の侍従長は、周囲の大貴族達を一喝すると、


「前線の将兵は、主公の御名を叫んで戦場の土に帰することもあるのです。ただちに宴をおやめくださいませ」


 屋外から吹いて来た風に髪をなびかせた大公ユンリイは、直言を吐いた侍従長をしばらく見やってから、小姓に預けていた帯剣を手にすると、エギルの方に一歩踏み出し、鞘を付けたまま切先を地面に向けた下段〈愚者の構え〉をとる。


「エギルめ、主公に斬られてしまえ――」


 ところが、鞘を付けたままの剣の切っ先は、跳ね上がると、胡蝶が舞うような軌道を描いて、侍従長ではなく、太鼓持ちである取り巻きの大貴族達の鳩尾みぞおちを次々と衝いた。衝かれた者達は前のめりに倒れ、口から泡を吹いて床を掻きだす。


 たまたま居合わせた大常卿は、

「風ならぬ風が吹いている。《威徳》とはこういうものか」


 下弦の月が雲に隠れたとき、強烈なオーラがユンリイから発し、侍従長エギルや平侍従ドルズをのけ反らすほどに圧倒した。

 ヴァナン大公ユンリイが十九頭の戦象を含む近衛騎士団一千を率いて出陣するとき、侍従長エギルの諫言を非難した大貴族達は、財産を没収され流刑に処せられた。


 大鳥の羽ばたきは旋風を巻き起こし、咆哮は地平線の彼方にまで轟く。


 話を伝え訊いたヴァナン大公国臣民は大いに奮い立ち、大公が出陣するのを熱狂して見送った。そして全土から、青年達が続々と国軍に志願してゆく。

 こうして美男子であること以外は取り柄がない、〈美男大公〉と揶揄されたその人はほどなく、ユグドラ大陸を疾風のごとく駆けて、〈南の覇者〉と呼ばれるようになった。


 話しを再び元に戻そう。


               *


「ヨルムンガンド、状況はどうなっている?」シグルズが訊く。


 灰色猫の俺は、自律型魔道具オートマタのトンボを飛ばし、敵味方の概況を上空から監視していた。


 鬱蒼とした広葉樹林を走る目立たぬ間道を、ユンリイ大公率いる戦象十九頭と、一千の騎兵、革車ワゴン一千両が駆け抜ける。そこに、先駆けしていた百騎編成の斥候隊が戻って来て、状況を報告した。


「敵ヨナーク大公国一万の軍勢は、味方ノアトゥン辺境伯領城市壁の北門を基点に、半包囲陣形を敷いています」


 ユンリイ大公は、


「シグルズはどうしている?」

「敵が布陣する直前、辺境伯シグルズ卿率いる騎兵五百が、南門から出撃して山林地帯に姿を消したままです」


 戦象の輿に乗った美男大公は、プラチナブロンドの髪、オッドアイの瞳。背は高いが細身で女のようにも見える。

 大公が乗った戦象の右側を侍従長エギルの駒が併走していた。


「エギルよ、どのように考える?」

「シグルズ卿は、恐らく遊撃して、敵の左翼か右翼に横槍を入れ、戦力を削ってゆく策をお採りになっているのではないかと――」


 戦象上の輿に乗ったユンリイ大公が耳をそばだてるようにして、


「ならば、鳥獣の鳴き声や物音がしない。これはどのように考える?」


 その人が、悠然と長弓を構え矢箭やせんを放つと、はるか森の奥に飛んで行き、何者かに衝き刺さった。飛び出して来たのは、敵兵でもなければ、シグルズ麾下の兵士でもない。棍棒を持った大鬼オーク、短槍や弓矢を持った小鬼ゴブリンだった。魔獣達は合わせて五百を下るまい。

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「料理」

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