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灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
一号勅令 ムスペル大公国と友誼を結べ
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第02話 白き戦象グルトブ

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「ムスペル都城」

 翌日、改めて、全権大使シグルズと俺は宮殿に通された。


「戦象と象使いとをご所望と?」長テーブルの奥にいるフレイヤ女大公が、「象は、繁殖の容易な他の家畜と違って、森から招く者。それほど数もおりません。また象は、わが国の作治や運搬に必要不可欠な友なのです」


 出会って、その日に逢瀬を交わすような女はいかがなものだろう。国家間の友誼もそんなものだ。


 今日のところは引き下がるという意味で、シグルズが、


「では、わがヴァナン大公国との、末永きご友誼を願うところです」


 女大公は、象を売却することに関して消極的ながらも、国交を結ぶことに関して前向きな様子だ。今はそれだけでもよしとすべきだろう。


 ヴァナンとムスペル間の交易について、鴻臚官レイベルが担当となり、翌日から五日かけて事務手続きを始め、――年間に何隻の船が来るか。交易品は具体的にどういったものか――といった取り決めをした。


 協議が終わると鴻臚官が、


「シグルズ卿、女大公殿下のお計らいだ。余興で狩猟森に行かれないか?」


 断る理由などない。「うおっ!」シグルズは、少年のような、好奇心でいっぱいの眼になっていた。偉丈夫のシグルズが寄木の床に手を衝き、倒立してみせると、レイベルが笑った。


               *


 先導する鴻臚官は長弓を携えている。その人が、


「シグルズ卿、あれがスルト火山だ」


 遠くに女の乳房のような形をした大きな山があり、細長い煙を吐いているのが望める。随員一行は、物珍しげに火山を眺めながら、都城を抜け、郊外の田園地帯の向こうにある広大な密林に入っていった。


「レイベル殿、凄まじい下草だな」


 密林には大小の植物がひしめき合っていた。地べたのあたりは、蔦つたが横に繁茂している。道はあるのだがすぐに荒れてしまうので、山刀は必需品で、なぎ払いながら前に進んでゆくのだ。遠望した印象とは異なり、地形は平坦ではなく、案外と起伏にとんでいる。


「密林には肉食獣が潜んでいる。気を付けてくれ」鴻臚官は絶えず周囲に気を配っていた。


「山羊を連れて来たのは食料にするためか?」


 ヴァナン大公国全権大使と随員六名、ムスペル大公国の担当官を含む案内役の男達十名がついた。数頭の山羊を連れている。山羊は食糧にもなるが、途中で獅子に出会ったとき、連れてきた一頭を木に繋いでおくのだ。生贄を与えると慣れたもので、道を塞いでいる獅子は、「通っていいぞ」とばかりに顎をしゃくりあげ、旅人を通してやる。


「手慣れたものだな」シグルズが刮目した。


 案内人達は細い竿をもっている。これはコモドドラゴンに出くわしたときに使う。高速で駆け抜ける大蜥蜴の全長は、大人二人を足した身長だ。そいつが細道を行く旅人の横槍を衝く形で襲ってくるのだが、案内人は習性を熟知していて、相手が茂みから飛び出してくると、すかさず、ぺん、と横腹を衝いてやる。直線的な走行をする奴らは、微妙に角度を変え、向こう側に消えて行くのだ。


「アスガルド王朝以前の遺構か――」シグルズが鴻臚官レイベルに言った。


 一行が蛇行した尾根道を進んで行くと、途中には、名前を忘れられた石に彫られた古き神々がいた。蔦つたが絡んだ神像は、人を模した男女、頭部が、鳥・獣・魚になっているものがある。立っていたり倒れていたり、はたまた小川の浅瀬の渡り場に浮彫レリーフとなって、来訪者を歓待しているかのようにも感じた。


 灰色猫の俺・ヨルムンガンドがシグルズに、


「神像がだんだん多くなってきたな。祠堂まである」


 祠堂は高度な石造技術で、現在、島を支配するムスペル大公国よりも格段に優れた古代文明の痕跡を感じさせる。ムスペルは木造建造物が盛んで、石造建造物はあまりない。


 鴻臚官レイベルが、


「シグルズ卿、神都フェンサに近づいている」


「神都?」


「古代フェンサ帝国の都城だ。かつて、ここムスペル島は世界の中心でした。周辺の島国、大海ニョルズを渡ったアスガルド大陸東岸諸国を服属させていたのです」


「なにゆえに滅んだのだ?」


「人知を超えた大災厄、それにともなう飢饉、諸藩国の離反。とどめをさしたのは、《海の民》の襲来だとされている」


 鴻臚官は細面の人物だった。茂みが途切れた断崖に立つと、目を細めて、スルト火山の麓を指さした。なんと、活火山の麓に都城を建設していたのだ。これではいつ噴火して火砕流に呑まれても不思議ではない。ユグドラ大陸の常識では考えられない都市計画思想がムスペルにはあった。


 偉丈夫の大使が、


「卿らはフェンサの末裔というわけか?」


「いや、フェンサの末裔は奥地に住まうエルフ族だ。我々はアスガルド王朝の御代になって、大陸からやって来た」鴻臚官はそう言うと、「シグルズ卿、今宵はここで野営する」


 野営地にした場所は石造の円形劇場だった。中央の広場となったところは木々が茂っているのだが、観客席はやや遠慮がちで、ハイビスカスが群生して咲いている。天人鳥、蜂鳥、揚羽蝶が舞っている。観客席下部は競技場を外周する通路になっていて天井を支える列柱が配置されている。そこから内部へむかうトンネルがいくつも穿たれていた。


 水場の傍には焚火した跡がある。象の捕獲をする者達は、決まってここで野営するのだろう。天井があるのだから、テントを張る必要がない。


               *


 明けて――


「シグルズ卿、そこは象の通り道だ」


 案内役の男達が指差した先のがさ藪は、大型獣が通った痕がある。


 象を捕獲するときは環状に穿った堀を設け、渡し板を架ける。島になったところには果物を置き、象が果物を食べ始めたところで渡し板を外す。そうやってから象が立ち往生しているところを捕縛するのだ。


 象は、図体の割に象は温厚だ。呑み込みも早く、人間の言葉も六十単語ほど理解できる。大抵は、捕獲者達に説得されて人間の友になるわけだが、中には頑固者もいる。そいつは、シグルズがムスペルの都城で見かけた、あらゆる象よりも大きかった。


 罠となる環濠のところに来ると、象は周囲を見渡し、鼻を宙高く持ち上げた次の瞬間、一撃で粉砕。そのまま向きを変えて森の奥に消えた。


「あの白い象が欲しい!」


「シグルズ卿、戻られよ」


 シグルズが後を追って駆けでした。通訳と随員達が後を追った。こんなところで国賓が死んだりしたらただでは済まされない。案内役も血相を変えて、ヴァナンの全権大使を追いかけた。密林を駆けて行くと、コモドドラゴンに出くわしたが、前日の行程で、習性を見切っている。剣を抜いて身のとこで奴の腹を叩き、進路を変えてやる。


 追いかけてくる連中は、


「シグルズ卿は、規格外の体力と知力が備わっているだけだ。あの人なりに確かな自信をもって行動している。無鉄砲というわけではない」


 一行はそこでまた信じられないものを見た。野生の象の背中に、跳躍したシグルズが、またがったではないか。象は驚き振り落とそうとする。木々の枝を弾き飛ばして、密林の獣道を爆走した。たしかに常人であればできただろう。しかし相手はシグルズだ。首筋のあたりまで這っていき、耳元に囁いた。


「すばらしいぞ。ユグドラ大陸に来い。おまえと一緒なら地の果てまで行ける。冒険をしようじゃないか!」


 その言葉を訊いたのを最後に、従者と案内人達は、シグルズの姿を見失った。競技場跡の野営地に戻り二日待った。皆が諦めて、引き返そうとしたとき、ひょこり、彼が姿を現らわした。服がほころんで、枝葉葉にぶつけてできたのであろう、小さなかすり傷やら痣やらで、色男が台無しになっている。


「紹介しよう、こいつにグルトブという名を付けた。わが友だ」


 ユグドラ大陸およびムスペル島に生きる市井の民の衣装は、だいたいどこも一緒だ。


 男は長袖のチュニックに、ブレ―(長ズボン)を押し込んだ長靴下ホーズ、右肩留めのマントを羽織っている。


 対して女は、肌着シェーンズの上に足首丈のワンピースを着て腰の括れをベルトで締めているというのが一般的な格好だ。


 ムスペル都城の門をくぐったとき、フレイヤ女大公以下臣民達は、白い象の背に乗って帰ってきた男を目の当たりにして眼を見張った。グルトブは、頭脳体格ともに他の象を圧倒し〈森の主〉のような存在として見られていたのだ。それが、今まで象というものを見たこともないはずの外国人が、瞬く間に手なずけてしまったではないか!


「人たらしならぬ象たらしか……」レイベル鴻臚官が苦笑した。


 このとき、国中に巡らせた狼煙台を配置した線から、次々と煙が上がり、西に、敵が攻め寄せてきたことをヴァナン都城に報せた。敵は〈海の民〉六千だ。

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「戦象」

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