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灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
二号勅令 ドワーフ族国家を巡り製鉄職工を招聘せよ
17/39

第17話 ニーザ大公国

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「ニーザの港」

「ここがニーザ宮殿か――」


 ヴァナンの全権大使シグルズは、錬金術師の小妖精ブリュンヒルドと、灰色猫の俺・ヨルムンガンドを供に連れ、ニーザの断崖を穿った市街地の一角にある宮殿を訪ねた。もちろんヴァナン産の贈呈品を携えることは忘れない。


「近ごろ噂を耳にするシグルズとは卿のことであったか。なるほどよい面構えだ」


 ドヴェルグ大公国の大公ヤラルは広間首座にいた。いかにもドワーフ族らしく小柄で、ずんぐりとしており、大公は贈呈品を気に入り、中でもエルフ名工が鍛えた隕鉄剣には歓喜の声を上げた。


 シグルズは、

「貴国在住の名工・青髭のガンを我がヴァナンに招聘したい」

「青髭のガンか……」大公は感慨深そうに眼を閉じると、「昨年、突如現れた毒竜がここを襲い、百名以上もの市民を殺戮し、気が済むと北の空に飛び立った。青髭のガンは毒竜の殺戮に巻き込まれて死んだ。――我々はその毒竜をファフニールと呼んでいる」と言い終えた後、「そういえば後継ぎ息子がいたな。紹介してやろう。だが、条件がある。毒竜に殺された臣民の無念を晴らしてやって欲しいのだ」


 翌日、俺達は再び宮殿に呼び出され、大公に、名工・青髭のガンの息子ドバリンという赤毛の青年を紹介された。


「親父の仇、毒竜ファフニールを討つというのならば、ユグドラ大陸に名高き英雄シグルズ卿御一行の末席に、ぜひとも加えて戴きたい」ドバリンが申し出て、「親父の元で冶金修行はしたものの鉄の大鍛治に関しては半人前です。現在、この技術が確かなのは、隣国ニーザ大公国にいる鉄腕ソルハル、修行時代の親父の兄弟子に当たる人です。その人の工房には一度行った事がある。ご案内しますよ」


 シグルズがヴァナン大公国を出立する際、家領の城邑に住まうエルフ族の名工ヴェルンドの工房を訪ねて訊くと、「大鍛冶ができる工匠は、ドヴェルグ大公国にいる青髭のガンと、隣国ニーザ大公国にいる鉄腕ソルハルです」と、二人の名を挙げている。――大公がドバリンを紹介してくれたことは、シグルズにとって天祐であった。


 赤毛のドバリンはドワーフとしては大きい方だ。サピエンス族でいうところの十五歳男子くらいの背丈だが、パワフルにハンマーを振り落とすことを想起させるには十分に、マッチョだった。

 こうしてドバリンもシグルズの食客になった。


               *


「これがミスリル、初めて拝見しました――」


 シグルズは、食客に迎えたドワーフ族の職工・赤毛のドバリンを連れて停泊している旗艦〈スキーズブラズニル〉のロングシップに戻ると、海賊島の古代エルフ文明の廟所の伶人からもらった、通路の飾り板を見せた。


 錬金術師の小妖精ブリュンヒルドは、

「毒竜ファフニールの外皮を青銅の武器で貫くのは難しゅうござりんす。あんたさんなら、このミスリル板を剣と盾に仕立て直せるでありんしょう? 艦隊のうち二隻のクノル輸送艦には武具修繕用の小鍛冶工房がある。そこをお使いなんしな。――ミスリルについての特性については、わっちの知りうる限りの知識を伝授しんすえ」


 洋上での鍛冶仕事は手許が狂いやすいので、艦隊が港に停泊している間に行なわねばならない。

 クノル輸送艦の一番艦内にある小鍛冶公房だ。


「まずシグルズ様にはミスリルの長剣ロングソードをどうぞ。次にミスリルの盾と両手剣ツバインヘンダーを、ブリュンヒルド様がお乗りになる魔道人形ピグマリオンに装備なさると良いでしょう」


 赤毛のドバリンは、美麗な情勢の容姿をしたピグマリオン型の魔道人形だが、重厚なゴーレム型と性能は同じなので、盾を持ちながら、人の丈ほどもある両手剣を片手で振るうことが可能だろうと言った。これには小妖精も同意見だったので、早速、武器武具がオーダーメイドされる。


 そうして名工ソルハルの息子は、ミスリルの飾り板を切り抜き、打ち直して剣と盾仕立て上げた。

 シグルズは、ミスリルの長剣を〈グラム〉と命名した。


               *


 ヴァナンのクノル輸送艦でミスリルの武具一式が出来上がると俺達は、ドヴェルグ大公国都城スヴァルトアルヴを発った。洋上の東風を三角帆に受けたロングシップは、ユグドラ大陸東海岸に沿った〈沿岸航路〉で北上し、一路、ニーザ大公国を目指す。


 出航二日後、ロングシップ戦闘艦五隻とクノル輸送艦二隻からなる艦隊は、ドワーフ族系であるニーザ大公国都城の港町ドラウプニルに入港した。


 褐色の偉丈夫が、

「ドバリン、ニーザ都城は、ドヴェルグ大公国のスヴァルトアルヴ都城に酷似しているな」

「そうですね。採掘坑を転用したという共通点があります。――もともとドヴェルグ大公国とニーザ大公国とは一つの国でしたが、人口が増えたため、二分したのですよ。両国の大公家は親族で、臣民達も相互に婚姻関係を結んでいます」


 崖で囲まれた入り江に臨んで五つの埠頭があり、狭い平地に丸太の倉庫と、酒場を兼ねた宿屋、雑貨屋が建ち並ぶ程度の小さな市街地で、交易船が来ると、空き地でバザールを開く。大公の宮廷と臣民達の居住区は、断崖を蟻の巣のようにして、多数の部屋と通路を穿った集合住宅だ。


 シグルズは、上陸すると、ヴァナンの産品を贈り物に携え、早速大公の宮廷に挨拶をしに行った。


「ここは、ニーザ都城の居住区だな――」


 崖を穿った大小の路地で、子供達が、色とりどりの服に身を包み、闊達に遊んでいる。球技や駒、鬼ごっこといった遊戯をしたり、釘で坑道の壁に落書きをしたりして、仄暗い街は笑い声と歓声で溢れ、賑やかだった。


 シグルズが、跪いて子供達に目線を合わせ、

「将来、何になりたい?」

「僕は一人前の鉱夫」「俺は職工」「戦士だ」


 いかにもドワーフ族の子供らしい答えが返って来た。

 ドワーフ族にとっての男前とは、小柄ながらも筋肉質の体型で、豊かな口髭、胸毛に覆われた者達だ。そういう意味で言うと、ドヴェルグ大公国の大公同様に、ニーザ大公国の大公ガラールも男前ということになる。


 ガラ―ル大公が、

「ほう、シグルズ卿は、我が国の通行許可と、鉄腕ソルハルの同意を取り付ければ、招聘をお望みか。――豊かなヴァナン大公国とはとしても、誼を結びたいところだ。よかろう」


 通行許可証ビザをもらうとシグルズ達は早速、陸路を移動の準備に取りかかった。


 赤髭のドバリンに言わせると、

「ソルハルは、城壁山脈ブリズスの麓にある工房城邑ドラウプニルに住んでいます。そこに行くには、ニーザ都城から北西に向かって馬車で三日のところです」


 万年雪を戴いた城壁山脈は中津洲ミッツガルを環状に囲んでおり、東側がニーザ大公国になっている。城壁山脈を越えたところが中津洲のレオノイズ公国と、北辺のヨナーク大公国の領域になる。


 シグルズ一行は、船員の大半を港で待機させるとともに、自らは食客の精鋭十人を借りた馬車二両に分乗させ、彼の地を目指した。


               *


「着いたな――」とシグルズが言った。


 工房城邑ドラウプニルは、花崗岩断崖に鉄鉱床坑道を穿ち、坑道の一部を都市に転用したところだ。戸数百戸・人口五百の地方都市である。


 大鍛治施設は断崖都市の外に敷設されていた。


「大鍛治をやるには、燃料となる大量の木材と鉄鉱石が必要だ」


 城邑眼下に広がる大森林から木材を切り出し、炭をつくる。


 山の斜面を利用した炭焼き窯で炭を焼き、円筒型をした土製の溶鉱炉に湖鉄と一緒にくべる。送風管〈羽口〉を使う送風装置は、船の櫓の応用で体重をかけて上下に漕ぐ、ルッペ炉というものだ。溶鉱炉内部の鉄が溶けたところで、冷やし、土製溶鉱炉を壊す。すると飴状に溶けたものが冷えた黒い塊が出来ている。黒い塊を拳大に砕く。大半は鉄滓スラグなのだが、ほんの少しだが金属メタルがキラリと光る。そのメタルこそ鉄塊だ。


 錬金術師の小妖精ピグシーは、

「なるほど、大鍛冶工程の概要を把握した――」


 冶金にもある程度の造詣があった。背にトンボのような透明な翅があるブリュンヒルドは、施設内を飛び回って、大鍛治のシステムをざっくりと把握したようだ。


 シグルズは、出迎えた城邑の棟梁・鉄腕ソルハルに、

「棟梁本人か、弟子の大鍛治熟練工の何人かを、派遣してくれると、ありがたい」

「シグルズ卿、十分な支度金だな。これは一考に値する」


 鉄腕ソルハルとの具体的な交渉は、賓客歓迎の宴の翌日からにする予定だった。


 ところがその夜、一年前に隣国・ドヴェルグ大公国を襲撃した翼竜が、今度はニーザ大公国の工房城邑ドラウプニルを襲撃した。

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「鍛治工房」


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