第16話 ドヴェルグ大公国
シグルズ率いる上陸部隊は、小妖精のブリュンヒルトによる幻術洗脳によって、奴隷化した海賊どもと海賊にさらわれた娘達を、クノル輸送艦二隻、それから鹵獲した海賊艦五隻に分乗させると、シグルズ自身は、島に残していた近習十人と一緒に、島の探検を続け、密林中央部の樹々に埋もれた小高い丘までやって来た。
魔道人形頭部の凹みにちょこんと座った小妖精が、
「シグルズさん、こんなところにも、あったのでありんすね」
「木々に覆われていたから遠目には判らなかったが、岩塊をくり抜いた、古代エルフ文明・フェンサ帝国時代の廟所のようだな。海賊どもめ、やはり墓荒らしをやったな」
ブリュンヒルドはもともとエルフで、前世は皇女だったという。親近感があるのだ。トレジャーハンターによる盗掘については、シグルズ同様に嫌悪感を憶える。
「古代神聖文字――」
崖を穿った横穴の門は苔むしており、その縁には古代神聖文字の他にも、神々の物語を記したレリーフが施されている。無残に岩戸がこじ開けられていた。
「魔道人形に崩落土や瓦礫を取り除かせてくれ」
「了解しんした」小妖精が笑みを浮かべる。
エルフだったころのブリュンヒルトの容姿を模した、美麗で精巧な、高級仕様の魔道人形ピグマリオンが鋤の類を持って、せっせと瓦礫を除去する姿はなんとも、違和感がある。――この場合、性能的にそう変わりがないが、汎用のゴーレムのほうが、重厚感という意味で、説得力があるというものだ。
同行の食客達が、
「お宝はなにも残っていないようだ――」
「なんてことを言うのでありんすか。わっちらにとってのお宝は、遺跡の記録でありんすえ」
魔道人形頭部の王冠形コクピットに収まった小妖精がしかると食客達は首をすくめてみせた。
食客達がかざした松明を頼りに、小妖精が操る魔道人形は、瓦礫を取り除く。すると、古代神聖文字を刻んだ床が現れた。褐色の偉丈夫は小妖精に、外観や通路のスケッチや記述をさせつつ、さらに深部へと分け入った。
「ミスリル板が落ちてやすなあ」
高い天井の通路には、見慣れない非腐食性の金属板が散乱していた。鍛造する必要もなく、削りだせば、強力な剣や盾に仕立て直すことができるだろう。
通路の突き当りに副室、続いて奥に玄室があった。
「やはり岩戸がこじ開けられている。何も残っていない」
おそらくは、海賊達が財宝を盗み掘りして持ち去ったのだろう。遺跡の静寂が、かつて栄えた古代フェンサ文明の面影を物語っていた。
「気の毒に――」
玄室の奥に祭壇と棺があったので、シグルズは近習に命じて、供物と花を準備させ、付き従った者達と一緒に埋葬者を弔った。
遺跡調査を終えたシグルズが、部下達と一緒に、玄室を出がけに岩戸を閉じようとしたとき、空っぽだった棺で、横たわった形で受肉していく人の姿に気づいた。一同は剣の柄に手を当て身構える。
――貴方達は盗掘者とは違うようですね。
被葬者はエルフ族の伶人だった。その人が立ち上がる。冠を被り着飾っていることから、島の女王なのだろう。
それを見た小妖精ブリュンヒルドが、「ごく小さいのだけれども床下に動力源がある。遺跡の機能が、まだ生きているようでありんすね」と言って、床に手をやると、ごく僅かな振動を察知した。「棺の人は受肉蘇生でのうて、魔道装置による記憶の投影かな。――海賊どもの侵入を許しちまったのは、防衛システムが腐食しちまったのでありんしょう」
廟所の伶人が、
――花や供物をありがとう存じます。妾がここに葬られて五千年、廟所守護者が消滅して五百年は経ちましょうか。守護者がいなくなった途端、廟所はこの有様ですし、妾は女神ではないので、気の利いた加護も授けられません。何か宝物が落ちていれば、残るすべてを差し上げましょう。
そこで、シグルズは、
「玄室に至る途中の通路に、ミスリル製の飾り板を見かけた。あれを何枚か所望する」
――ほんと、貴男は欲がないのですね。
伶人は微笑むと、霞んで消えて行った。
廟所を出たシグルズと食客達は、島の新鮮な魚介類を楽しんだ。
それから艦隊のロングシップ戦闘艦五隻とクノル輸送艦二隻、および捕獲した海賊船五隻を補修すると、艦隊は、ユグドラ大陸のある西に向かって舵を切った。――そうして着いたのが、ドヴェルグ大公国の都城でもある港町スヴァルトアルヴだった。
*
ドワーフ族の呼び名について次のような俗説がある。奴ら自身はドヴェルグ族を称しているのだが、サピエンス族達が訛って、そう呼び出したのが一般化したというものだ。異説には奴らが笑うとき、サピエンス族の耳に、「どわっふっふっ」と、聞こえるからだというものがある。ふざけている。だが真実は、案外とそんなものかもしれない。
「都城主要部は、港の奥の崖でありんすね」魔道人形頭部の王冠形コクピットに収まって上陸しようとしていた小妖精が言った。
入り江に臨むスヴァルトアルヴの街並みは、五本の長い石垣埠頭と倉庫群と、丸太小屋の税関、それに宿屋があるのみで、住人が居住しているのは、入り江を囲む崖だった。ドワーフ族は、鉱山の民らしく崖を蟻の巣のように穿って、通路や小部屋を造っている。ゆえに崖面には、おびただしい数のバルコニー付きの大窓が階層状・縦横に並んで集合住宅をなしていた。
褐色の偉丈夫が、
「バルコニーのいくつかが崩れ落ち、一帯の崖肌が燻った色になっているのが気になる」
その言葉とはおかまいなく、ブリュンヒルドが、
「ヨルムンガンドさん、天幕がいっぱいありんす。バザールでありんしょうか?」
港町では、交易船が到着すると普段は何もない港湾の空き地に、たくさんの天幕が設けられ、バザールが開催される。
ドワーフ族の娘は、髭や胸毛が生えて男と見分けがつかない樽のような胴体をしているという俗説があるが、そんなことはない。グラマラスな娘もおれば、痩身の娘もいる。ただ種族全般として言えることであるが、サピエンス族とホビット族との中間体型だ。ゆえに成人の場合、サピエンス族に例えるならば十歳くらいの子供の身の丈が多かった。
海賊にさらわれた娘達五十人の半ばはドワーフ族で、残りがサピエンス族とエルフ族、ごく少数ながらホビット族までいた。
シグルズは倉庫街にある商人ギルドに赴き、
「男奴隷百余りとロングシップ五隻を売りたい――」
手代を連れたギルドマスターが港湾に赴くと、シグルズの艦隊と、海賊島で鹵獲補修されたロングシップ五隻が停泊していて、倉庫を転用した牢には、手枷をつけた海賊が分乗していた。
強面のギルドマスターが、
「これは驚いた。海賊ですかい? シグルズさん、船はともかく、海賊では反乱の危険があって買い手がつかない」
「その点は大丈夫、わっちの幻術拷問で洗脳調教済みでありんす。だから、従順な奴隷に仕立て上がってやすう。――なんなら幻術術式で、見た目を美少年にして、男娼として売り出すのもありかと……」
美麗な魔道人形の王冠形コクピットに収まった小妖精が、ドヤ顔で言う。
ギルドマスターが冷や汗をかきながら、
「お若く、美しい奥様、そこまでせずとも……」
――この女は鬼畜だ! 精神操作系魔法使いか? つい、ちょっかいをかけたくなる美女だが、ちょっかいをかけた途端、どんな目に遭わされることやら……、くわばら、くわばら。
ギルドマスターは、カウンター越しのシグルズの隣にいる魔道人形が、魔法使いだと勘違いしている。だが実体は魔道人形ではなく、認識阻害で姿が見えない錬金術師の小妖精だ。――頭部コクピットに収まったブリュンヒルド本人は、「奥様」と言われてハイになっていた。
シグルズは、鹵獲船五隻と海賊奴隷どもを港で売却換金し、その半分を保護した娘達に、餞別としてくれてやった。
娘達はシグルズ達に故郷へ送ってもらうことを期待したが、シグルズ自身は、
「おまえ達を故郷まで送ってやりたいのは山々だが、俺達にも役目がある。すまないが各々、ギルドで冒険者を雇って帰ってくれ」
餞別の金は、故郷への路銀としては余りある。残りで十年は食っていける額だ。