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灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
二号勅令 ドワーフ族国家を巡り製鉄職工を招聘せよ
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第14話 菩提樹宮

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「菩提樹宮にて」

 狩猟林の奥には、狩猟小屋代わりに使われている、寄棟平屋の小さな離宮が佇んでいた。小規模ながらも離宮だけあって小庭もあり、森との境目近くには菩提樹の古木が立っている。そこの樹下には、藤で編んだ小卓と椅子が一対置かれ、酔いをさますように若い大公がくつろいでいるのが目に入った。


 さらに菩提樹宮から黄金の髪をした貴婦人が現れ、切子細工のガラス瓶から、冷やした薬湯をカップに注ぎ、卓上に置いた。


「ユンリイ、貴男に贈り物があります」


 藤椅子にもたれた弟に言葉をかけたのは大公姉グルベーグだ。大公姉が籠を開けて文鳥を宙に放つ。すると文鳥は、ユンリイ大公と大公姉との間を交互に飛んでは、囀ったり、ステップを踏んで踊ったりして、愛嬌を振りまいた。


「シグルズ卿、こちらへ――」


 俺達を見つけた大公姉グルベーグが、肩に文鳥を乗せたまま、微笑んで手招きした。

 シグルズが数歩前に出ると、灰色猫の俺・ヨルムンガンドと魔道人形ピグマリオンが後に続く。魔道人形の頭部には王冠の形をしたコクピットがあり、小妖精ピグシーのブリュンヒルドを乗せている。それは幻術が施されているので、傍目にはシグルズの護衛兵のように見える。


「大公殿下ならびに大公姉殿下、ご機嫌麗しゅう存じます」

「シグルズ、また新しい食客を雇ったのだな」


 ユンリイ大公は、シグルズと横に立つ俺、それから後ろに立つ容姿端麗な護衛兵の青年に目を見遣った。

 小妖精ブリュンヒルドは自分と魔道人形に認識阻害系の幻術術式をかけているので、よほどの魔法耐性を持たなければそのため、見破ることが出来ない。この幻術にかかった者は、小妖精が見えず、魔道人形が人間のように見える。

 小妖精は幻術で、魔道人形を若い剣士の姿に見せ、自身は〈王冠〉に収まって座っていた。


 美麗な大公が、


「ときにシグルズ、ムスペルから連れて来たエルフ達はどうしている?」

「さしあたり、我が家領に住まわせました」


 ガイル男爵から子爵となったシグルズ・ヴォルスングの家領は、エリバ河を挟んだ北岸地方と南岸地方に点在している。

 褐色肌の偉丈夫は、ついて来た旧フェンサ王国のエルフ族住民五千人を、当初、エルヘイム公国と交渉して移住させようと考えていた。だがエルフ達はそれを望まず、むしろシグルズの家領の居住を願い出た。そのためシグルズはエルフ達に、南岸地方にある家領に城邑を築くことを許可し、住まわせた。


「そういえばシグルズよ、北方騎馬の民が住まうベルヘイム公国から入手した名馬百頭は、執政府を介して騎士隊に収められたわけだが、ぴったりと馬の腹を脚で固定する馬術は習得が難しい。足をかける馬具があれば助かるという声が上がっているようだな」

「その件に関しましては我が家領のエルフ族工匠ヴェルンドに話したところ、これなるあぶみなる足掛けの馬具を作りました。――騎兵の馬の全てに行き渡るよう、サピエンス族工匠らにも広めさせるべきかと――」


 足掛けに使う馬具、鐙は、武器を使う際に踏ん張ることができ、威力を増すことができる。

 エルフの城邑に住まう高名な工匠にヴェルンドという者がいる。銅に錫を混ぜた青銅を鍛えて何振りもの名剣を鍛えたものだが、シグルズが、貴重な鉄純度の高い隕鉄を入手すると、刀身表面に炭を加えて硬度を上げた隕鉄剣を鍛え上げた。隕鉄剣は珍重されたので、これを大公に献じた。


「これなるは隕鉄剣、すなわち流星は天空の神々からの贈り物。主公に天祐あらんことを」


 隕鉄剣を献上されたとき、美麗な大公は大そう喜び、椅子から立ち上がって薄絹を宙に漂わせると、そこで居合で抜剣するや、はらりと裁断し、元の鞘に収めた。


「隕鉄剣。持った感触は青銅の剣と変わらぬな。ありがたくもらっておくぞ」


 褐色の偉丈夫が、胸に片手を当てて一礼し、


「そしてもう一つ、これこそ隕鉄剣にも勝る最大の宝器、鉱石鉄――」


 だが、その日のシグルズの手土産は武器ではない、一見してとても地味なものだった。

 シグルズは人好きがする男で、ユンリイ大公や大公姉グルベーグとも個人的な友誼がある。褐色の偉丈夫が、V字に加工した刃を切っ先に装着した木製の鋤を大公に手渡した。


「鉱石鉄だと? シグルズよ、隕鉄とどう違うのだ? ムスペル島のエルフ族五千人を手なづけ、自領に住まわせていると聞く」

「原料は鉱石鉄によるもの。――青銅よりも精錬が難しいのですが、湖には湖鉄が、土中には砂鉄があり、素材はどこにでもあるので、青銅よりもはるかに安価となるのが特徴です。安価な金属|《鉄》を量産し、臣民のすべてに供給できるならば、ヴァナンの国力は間違いなく向上することでしょう」

「富と兵は一対の車輪のようなものだな」

「まことに、どちらが欠けても身動きがとれなくなります」


 プラチナブロンドの髪にオッドアイの大公は、褐色の偉丈夫から渡された、鉄刃を装着した鋤を興味深そうに見入った。


 そこで大公姉グルベーグが、


「ユンリイ、青銅はもっぱら貴族が所有し奴隷に使わせてはいますが、自営農たる平民には高価すぎて農耕具として普及しがたい。だから平民達はいまだに石や貝の道具を使っているのです。もし、鉄を量産できたなら、効率は飛躍的に向上し、この国を富ませることでしょう」

「ですが主公、ちと問題がございます。――鉄の生産には大鍛冶という工程を挟む必要があるのですが、なんでもドヴェルグ大公国に、大鍛冶に熟練した工匠がいるとか――」

「相判った。シグルズ、後は任せる」


 ユンリイ大公は、


「酔い覚ましは済んだ。宴席に戻らぬと臣下どもがうるさい。――姉上も少しは顔を出してやってくれませんか?」

「実は私も苦手なのです」


 大公は離れた場所に控えていた小姓二人を呼んで、鳥籠と鋤を離宮に置くように命じた。


 それから兄弟が連れ立って、菩提樹宮から宴会場のある本館エントランスへと立ち去った。途中で、「主公、見つけた」と大公を探していた愛妾達の声がした。


 少し遅れて、シグルズと俺、それからブリュンヒルドが後を追う。


 本館に戻るとき、すまし顔をしてゆったりと歩く孔雀のつがいとすれ違った。極彩色の飾り羽を持つ孔雀は、美麗な姿とは似つかわしくなく、蛇を食らうのだそうだ。


               *


「これは皆様、お揃いで――」


 本館に戻る途中、孔雀の次に、宰相ミューミルとすれ違う。

 胸に手を当て恭しく一礼する顎鬚の宰相は、大公姉グルベーグについて、以前、シグルズにこう言ったことがある。


「大公姉の叡知は蒼天のごとく澄みわたり、その慈愛は甘露のごとく大地にしみわたる。もし、あの方が男子であらせられたら、ユグドラ大陸に名を馳せる偉大な帝王になられたことだろう。残念なことだ」と。


 そんな宰相の横には偉丈夫の武人がいた。宰相の弟で、執政(国防大臣)のホグニである。――シグルズは、兄と一緒に恭しく一礼するホグニの目が、ユンリイ大公に対して、いささか侮蔑の念を含んでいるのが気になった。

 そうして三人と俺は、重鎮達が集う宮廷エントランスの宴席に戻ったわけだ。


               *


 鴻臚卿シグルズの意見を容れた宰相は、彼を全権大使として、ドヴェルグ公国とニーザ公国両国へ大鍛冶工匠を求めて出港することを許可した。


「シグルズと旅ができる」


 エリバ河に臨んだヴァナン都城の郊外を穿った港湾に、舳先にがんの飾りがついた百フーサ(三十メートル)の細長いロングシップ戦闘艦五隻と、クノル輸送艦二隻からなる艦隊が停泊している。

 旗艦〈スキーズブラズニル〉に乗り込もうとした小妖精ブリュンヒルドが、透明な翅をパタパタさせて、はしゃぎ、魔道人形にタッチ・アンド・ゴーを繰り返していた。


 小妖精が幻術で魔道人形を乗組員の恰好に見せかけ、乗船したことは言うまでもない。

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「菩提樹宮」

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