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灰色の魔法猫は英雄譚をうたう  作者: 五色いずみ
一号勅令 ムスペル大公国と友誼を結べ
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第11話 船

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「ガレー船」

 隠し部屋で舞い飛ぶ揚羽蝶の大群は、球状の魔道具が投影する幻だ。揚羽蝶の大群に包まれた騎乗態勢の女王ブリュンヒルドが、麻痺状態で仰向けに寝かされたシグルズに、


「シグルズさんの子種は効率よう戴きんす。凍結系魔道具に入れて保管し、必要に応じ、わっちの胎内おなかに収め、何度も生みんすえ」


 女王は、シグルズを長く生かす意志はないらしい。


 シグルズは疲れを見せないが、秘儀を遂行する女王は疲れてきたようだ。指を鳴らすと、控えの部屋にいた容姿端麗な侍童が、水差しを持って来て、赤い液体を、白い女王の肢体にかけてゆく。嫌な匂いだ。鉄分の多い潮のような匂い。――そう血だ。赤いものにまみれながら子種をしぼりだしている図は、怪しくも、おぞましかった。


「シグルズさん、この血が誰のだか判りんすか? 貴男が助けた奴隷兄妹の妹レスクバのものでありんす」


 あの娘を手にかけたのか! 営みの最中にその血を浴びて悦に浸るとは、人の所業ではない。


 だが――


 けたたましい足音が近づいて、

「女王陛下はいずこに――」近衛兵が部屋の中に飛び込んで来て、「巨象が、白い奴が、王宮に突入してきました。矢も槍も歯が立ちません。女王陛下音自らの采配を願います」そう叫んでから、「かようなときに、なんということを……」と罵った。


「エルフと超人による新人類の創世でありんすよ。意味を理解してやせんね。国家などというものはまた造れんす。この営みは大いなる実験――」

「王国の戦士達が、仲間達が多く生命を落としています。それでも、そんなことを続けるというのですか? やめぬなら、貴女はもう女王として認めない」


 近衛兵は抜身の剣で、女王の背中を刺そうと躍りかかったのだが、刹那、揚羽蝶の幻を投影していた、球状の魔道具から閃光が走り、寝台に達する直前で突っ伏す。


 さらに、岩壁を叩き壊すような地響きが鳴った。

 白き戦象グルトブが岩屋の扉を粉砕して、突入してきたのだ。灰色猫の俺・ヨルムンガンドが、眷属化して呼び寄せたのではなく、戦象が自分の意思で、象しか知らぬ獣道を使って、〈友〉を助けに来たのだ。


 仰向けに寝かされたシグルズは、相変わらず麻痺したままだが、魂魄内での精神世界〈幽結界〉に、深淵の海を生じさせた。――そこに大渦巻きが生じ、女王の魂魄を引き込んだ。


 きゃあああ……。


 悲鳴をあげた女王は、殺させた少女達の、怨嗟の声を聞いた。――もがきながら海水を飲んではむせる。


               *


 巷では、人が死ぬと魂魄は消滅するか、精霊となって山野を彷徨さまようことになり、勇敢な戦士の魂魄だけが、巨人族との最終戦争ラグナロックを控えている大神・オーディンの館に行けるとされている。――いや、そんなことはない。


 夕暮れの入り江だった。

 女王ブリュンヒルドが、半身を起こすと、波打ち際で、巨体の戦士シグルズと、虜囚の兄妹シャルビィとレスクバが立ち話しをしているのが見えた。その女王のところに三人が近寄って来る。


「わっちは死んだのでありんすかえ?」


 シグルズがうなずく。

 シグルズ及び、シャルビィとレスクバ兄妹の三人は穏やかな顔で、迫害してきた女王に対して負の感情をぶつけてくる様子はない。


「わっちを許すというのでありんすか?」


 シャルビィとレスクバ兄妹もうなずいた。

 シグルズが続ける。


「ブリュンヒルトよ、そなたの悪行は、《黒衣の貴紳》ロキ宰相が魂魄に刻印した呪いから来ていた。――精神操作魔法の一種だ。――現世に居場所がないのなら、彼らとともに、星幽界アストラルへ旅立つがいい」


 入り江にはロングシップが停泊していた。〈フリングホルニ〉という名の送り船だった。


 女王ブリュンヒルドは、迷子になった幼子のような顔をして、

「シグルズさんは?」

「自分を待つ者がいる。――だからもう少しだけ現世うつつよに留まろうと思う」

「そう……」シグルズの胸元に頬を寄せると安堵の表情を浮かべ、「なら、わっちも、もう少しだけ、貴男の魂魄に留まってようござりんすか?」

「そなたが望むのであれば……」


 兄妹は二人に一礼すると小舟を沖に漕ぎだし、入り江に停泊していた送り船〈フリングホルニ〉に回収された。送り船は、沈む太陽を追いかけるように、海の彼方に消えて行く。


               *


 自律型魔道具オートマタのトンボが、女王を守護する球状魔道具と赤い閃光で撃ち合いを始めた。トンボの動きは俊敏で、球状魔道具を撃墜した。


 寝台に正座した女王ブリュンヒルドは黒ずんで、炭のようになり、隠し部屋に吹き込んだ涼風が、灰塵となって消えた。


 女王がシグルズの子種を獲得するためにした、秘儀の最中に生じた偶発的な精神戦で、命数を使い果たしてしまったのだ。――もちろん、女王の横で仰向けに寝かされていたシグルズもただでは済まされない。


 白き戦象グルトブが、隠し部屋の岩壁を壊して突入したとき、石化していた俺・ヨルムンガンド、女弓手レイベル、女神官グズルンの三者にかけられた術が解けた。


 女神官グズルンが、シグルズの脈を測り、「息がありませんわ」と言う。


 すると、シグルズの亡骸の右腕が動き、掌に、小妖精ピグシーが現れる。――それは女王ブリュンヒルドの魂魄が具現化したものだった。


「宙に漂う我が命数の残気を集めてやす。それをシグルズさんに与えんしょう」


 小妖精が、男に口づけする。

 するとどうだろう、血の気を失っていた彼の顔に赤みがさして来たではないか。


 エルフ族の女神官グズルンが感嘆の声をあげた。


「エルフ王族には、自らの寿命を削って相手に贈る錬金術の奥義があるという噂を聞いたことがある。――本当にあったのか!」


 小妖精はエルフ族やドワーフ族といったサピエンス族の亜種ではなく、素妖精エレメンタルに近い。残留思念、幽霊の一形態と捉える神学者もいる。


               *


 シグルズは起き上がると、王宮に捕らわれているサピエンス族の少年少女達を解放した。


 王宮前広場で、事の仔細を新フェンサ王国の兵士・臣民達を集め、てのひらサイズの小妖精ピグシー化した女王ブリュンヒルドが、

「――よって、シグルズさんに、この国を譲渡しんす」


「それは出来ない。――自分は大陸に戻り、使命を果たさねばならん」


 ブリュンヒルドは言葉に詰り、間をおいてから改めて、

「なら、わっちの臣民達、シグルズと共に大陸へお行きなんしな」


 気勢が上がった。


 俺と供の女子二人が顔を見合わせる。


 シグルズは解放されたサピエンス族虜囚百人と、エルフ族三千人を率いてヴァナンに帰還することになった。その際、都城にあった備蓄を可能な限り運び出す。


 白き戦象グルトブは、上ムスペルのギムレー都城から新フェンサの都城に至る独自ルートを持っていた。ギムレーに置いてきぼりになった戦象は、別ルートの密林を分け入ってシグルズを追いかけて来たのだが、その際、グルトブは茂みをなぎ払うと新しい道を造った。そのため、シグルズがギムレーに立ち寄る際、火山中腹にある、桟道よりも快適に移動出来たのだった。


 シグルズは、今回の騒動で負傷した者達を戦象や荷車に乗せ、女弓手レイベル、女神官グズルンに、新フェンサの遺民や解放奴隷の少年少女を率いさせ、象の道を通り、ギューキー王のいる上ムスペルの王宮に凱旋した。


 出迎えたギューキー王は、袂を分かった妹ブリュンヒルドが、シグルズの掌の上でピグシー化しているのを見て、彼女の肉体が滅したことを理解し、涙を流した。


 その際、シグルズは、率いて来た新フェンサの遺民達に、上ムスペルに復帰するよう促したのだが、

「もともと我々は、上ムスペルから口減らしされた身でした。そんな我々を女王がお導きになられ、新フェンサ王国を建国なさったのです。シグルズ様、どうかお見捨てにならないでください」


「ならば大陸に来るといい。土地をやろう。自分の領地は広さの割に、人が少ない」


 シグルズが言うと、エルフ達は安堵した。他方で、サピエンス族虜囚百人だが、下ムスペルすなわちムスペル大公国の家族の元に帰すことになっている。


 それはそうと、俺にはいくつかの懸念があった。一つ目の問題は、このエルフ族の行列の中に〈黒衣の貴紳〉宰相ロキが混じっていないかということ。二つ目は、道中で必要な船とか食料とかが足りないことだ。――二つ目の問題だが、シグルズよ、どうやってそれらを調達するのだ?

挿絵(By みてみん)

挿図/(C)奄美「許嫁シグニ(令嬢)」


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