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いつか、分かる日が来れば

 


 人は愛する人と結ばれることで幸福の絶頂に立てると恋愛小説に書かれていた。純愛を実際に目の当たりにし、長く見られるなら悪評を立てられようが他者から嫌われようがどうでも良かった。漸くノアンとヒリスを元の相思相愛の男女に戻せる、自分はまた二人の純愛を眺められる。リスト侯爵邸でノアンとヒリスの既成事実を作り上げ、後は国王が正式に自分とノアンとの婚約解消に応じてくれれば終わり。


 ……だったのだがヒルデガルダの思惑は大きく外れた。



「……オシカケ」

「なンですか」

「人というのは幸せを自らの手で逃すものなのか?」

「さあ。どうなンですかね」



 衣服の乱れたノアンと一切乱れていないヒリスがベッドの上で倒れていた。更にノアンは元々ヒルデガルダに使われる予定だった媚薬を浴びていた。仮令ヒリスの衣服に乱れがなかろうと事に及ぼうとしたのは事実。ヒルデガルダやオシカケ、後から駆け付けたマクレガー公爵達がしかと目撃した。

 だというのに結局ノアンとヒリスの再婚約は成されなかった。既にレイヴンとヒリスの婚約は白紙となり、隣国の公爵令嬢との縁談が順調に進んでいる。『交流会』から十日経った現在もノアンの考えが一切分からない。



「あの王子がマクレガーの娘を選ばなかった理由はなんだ」



 ヒルデガルダやオーギュストが何度撤回を求めても頷かなかった国王でさえ、致し方ないと諦めたのに、ヒリスとの再婚約をノアンが徹底拒否した。自分達に肉体関係はないとオーギュストを使ってマクレガー公爵や国王に証明してまで。付き合わされたオーギュストは屋敷に戻った際、オシカケがよく見せる遠い目をしていた。



「ある程度想像はつきますよ」

「それは?」

「ノアン王子は何事にも誠実であろうという信念をお持ちです。いくらマクレガー公爵令嬢が相手といえど、一線を越えたご令嬢を許せなかったのかと」

「ふむ」

「後は」

「まだあるのか」

「お嬢に仕返ししたいが為に、危険を冒して魔法石を体内に埋め込んで幸いにも魔力の制御には成功してます。お嬢に何もしないままなのが余程嫌だったンでしょうね~」



 どの予想も一理ある。『ドラゴンの心臓』と呼ばれる強大な魔法石を得たところでヒルデガルダには勝てない、とオーギュストが説明済みらしいがノアンは諦めていない。婚約解消を目指したのに成せなかった為、毎日不満で一杯のアイゼンが部屋にやって来た。



「ヒルダ」

「アイゼン。どうした」

「ヒルダの婚約者の王子を殺すって選択肢はない?」

「あるか。殺すな」



 隣に座ったアイゼンの頬を摘むと不機嫌は消え、嬉しそうに笑う。ヒルデガルダに構われたくて態と怒らせる。



「ふむ」



 何かを思い至ったヒルデガルダは立ち、行くぞとオシカケに声を掛けた。

「何処へ行くの?」とアイゼン。



「城。今更だが『交流会』の後は会っていないからな、実際に話をしに行く」

「行ってらっしゃい」

「アイゼンのことだから付いて来るかと思った」

「言ったろう? 魔界の貴族事情でお腹一杯なのに、人間側の貴族事情に首を突っ込みたくないの」



 愛するヒルデガルダが絡もうとそこは譲れないらしい。再度オシカケに「行くぞ」と促し部屋を出て、転移魔法で一気に王城内に飛んだ。



「普通は入城許可を貰って入るものなンですけど」

「妾やオーギュストは免除されている。気にするな」

「お嬢やオーギュスト様は普通じゃありませんから」



 小言を言うオシカケを華麗にスルーし、目当ての人は何処にいるのかと庭園へ出て来た。絶対違うとオシカケに突っ込まれるも、感知能力を使えばノアンを見つけ出すのは容易。使わずに探すのは即ち……真面目に探す気がないからである。



「オシカケ。此処は王子とマクレガーの娘がよく一緒にいた庭園なんだ」

「二人の思い出の場所に来たかったとか?」

「ああ、そんなところだ」



 小さなヒルデガルダはオーギュストに手を引かれ王城内に連れて来られた際、大体ノアンとヒリスは庭園にいた。側に王妃がいるのも多かった。魔族が純粋に相手を想わないとは言わないが悪魔なだけあり欲望が勝り、満たす為なら愛する人がいようと他者と交わるのが通常。人間だってそうだと知っているが、長年ノアンとヒリスの純愛を見ていただけにノアンの考えが意味不明で頭の中身を知りたくなった。

 小さな恋人達は何時だって笑顔に溢れ、互いを信頼し合っていた。ノアンが髪に花を着けただけでヒリスは目を輝かせ喜びに満ち溢れていた。微笑ましい光景がヒルデガルダには眩しかった。愛や恋という感情を知らず、人間に転生した現在も知らない。今後も本気で知ることは不可能だと思っている。


 花壇に植えられ、綺麗に咲かせている花を指で触れていると「ヒルデガルダ?」と怪訝な声が飛んだ。

 顔を上げて振り向けば、目的の人が紫色の瞳を丸くして立っていた。



「どうして此処に」



 相手――ノアンの肩にはタオルが掛けられており、腰に帯刀している剣を見ると鍛錬をしていたのが窺える。



「ノアン様とお話をしたくて参りました」

「話? ちょっと待っていろ。着替えてくる」

「そのままの格好で構いません」



 他人の身形に興味はなく、下着一枚しか羽織っていなくても気にしない。タオルで汗を拭くノアンは先程まで鍛錬場にいたらしく、部屋に戻る道中ヒルデガルダを見掛け庭園へとやって来た。



「単刀直入にお聞きします。何故マクレガー公爵令嬢と再婚約をしなかったのですか。経緯はどうであれ、貴方は再びマクレガー公爵令嬢と一緒になれるのですよ」

「前にも言ったな。今は良くても何れは自分の過ちが周囲に知られると」

「そこは王家やマクレガー公爵家がどうにしていたでしょう」

「ヒルデガルダ、よく聞け」



 真剣な眼差しと声。ヒルデガルダが思う程王家や公爵家が情報操作をしたところで何時か綻びを誰かが見つけ、表世界へ暴露してしまう。そうなってしまえば両家の評判は落ちる。特にヒリスの。

 ランハイド家との婚約は、マクレガー家よりも利益のある隣国の公爵家との婚約に変わった為白紙となった。当人達には問題は無く、家の事情として処理された。現在ヒリスは夢見ていたノアンとの再婚約は叶わず部屋に引き籠っていると得た。愛する人が部屋から出て来ないのはノアンとて心配ない訳がない。



「王侯貴族の婚約は簡単な話じゃない。サンチェス公爵の養女であっても教えられた筈だ」

「まあ……」



 教えられたが如何せん興味がなくて覚えていない部分もままある。知っているオシカケから半眼の視線を食らうも無視。



「ヒリスは筆頭公爵家の令嬢だ。何時か、自分の力で立ち直れる日が来る」



 周りやヒルデガルダが思うほどヒリスは弱い女性ではないと断言するノアンの自信は、長年共に居続けた経験からくる。自分が何を話しても無駄だと悟ったヒルデガルダはもうどうでもいいと投げやりな溜め息を吐くと鍛錬をしていた理由を聞いてみた。



「剣の鍛錬をしたところで私より弱い事実は覆りませんわよ」

「お前に勝ちたいと思っているのは勿論ある。けど、それだけじゃない」



 他に理由がある?

 考えてみるがピンとこない。訝しく見ていると目の前までやって来たノアンに手を掴まれると胸元へ引き寄せられた。

 意図の読めない行動に瞬きを繰り返す。



「お前に男らしくない身体つきだと指摘されて本格的に鍛えることにした」

「意味不明です」

「お前にだけは言われたくない」



 ヒルデガルダに未遂とはいえ襲われた際に嘲笑われたからと言って肉体改造をするのは普通じゃない。というのが本人の考え。困惑とすれば強い力で引き寄せられ、何をされるのかと動かないでいれば――キスをされた。


 唇が触れるだけのキス。濃い青の瞳を丸くし、瞬きを何度も繰り返していれば漸くノアンが手を離した。


「お前の間の抜けた顔を見るのは初めてだ」

「……好きでもない相手によくもまあキスをするな、と」

「お前はどうなんだ。お前が読む恋愛小説云々は置いて、実際私をどう見ている」

「ノアン様を……?」



 現実で唯一見れる理想の純愛を体現していたノアンとヒリス。それを抜きにして改めて自分がノアンという人間をどう見ているか考えてみた。王国の第二王子で将来は臣籍に下り公爵位を授かる。王族に生まれた誇りを常に持ち、相手が誰であっても誠実であろうとする清廉で気高い人、自分より圧倒的な強さを持つ相手でも臆することなく接し、ヒルデガルダが知る限りでは人一倍真面目な人間。真面目さの方向が若干ズレている気がしないでもない。



「やっぱり意味不明です」

「そうか」



 何となく浮かんだ言葉はあるが上手く纏められず、苦し紛れに出せのはこの言葉。ノアンもあまり期待はしていなかったのか淡々としている。

 手を離されると今度は頬に触れられ、上へ向かされるとまたキスをされた。



「ヒルデガルダ。お前の婚約者は私だ。忘れるな」



 言いたいことを言って満足したらしいノアンは遠い目をしているオシカケを一瞥しこの場を去った。瞬きを繰り返していたヒルデガルダからやっと声が発せられた。



「頭を強く殴れば王子の記憶を意のままに操れるのではないか」

「止めなさい絶対駄目です!! オーギュスト様に大迷惑が掛かります!!」



 オーギュストにはなるべく迷惑を掛けたくなく、敢え無く却下。



「どう考えてもお嬢が元凶でしょう!!」

「お前はそう言うが妾の何が王子を突き動かしているのかが分からん」

「ああもうっ、じゃあこうしましょう。泥沼展開満載の恋愛小説をおれが今から見つけてくるので、お嬢はそれを読んでちょっとは勉強してください!!」



 迫力のあるオシカケの言葉に「わ、分かった」とつい頷いてしまったヒルデガルダ。オシカケの言う泥沼展開満載の恋愛小説を読めばノアンの行動を少しは解せるのか不明であるが、面倒だとは思わない自分がいるのであった。






最後まで読んでいただきありがとうございます。



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