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可哀想、としか思えない

 


 今宵、最も煌びやかなのは豪華なパーティー会場でも美しく着飾った女性達ではない。音楽団が奏でる演奏に合わせて会場の真ん中で踊る一組の男女。極上の座り心地が味わえるソファに座って美男美女を眺めるヒルデガルダは片手に持つワイングラスを揺らし、後ろで呆れた眼をヒルデガルダにやる従者に嗤った。



「何か言いたげだな」

「そりゃあね。絶対怒ってますよ王子殿下」

「知ったことじゃない。大体、何故怒る? 王子はあの娘を愛しているではないか」

「はあ。あなたに人間の心情を理解する日が来るとは思えません」

「ないな。……うん?」



 喉を鳴らす笑いを発し、ワインを飲もうと縁に口を付けた時だ。真ん中で踊っていた男女はダンスを止め、男は女性と幾つか言葉を交わすとヒルデガルダの方へ体を向けた。甘く優し気な笑みから一転、氷の如く冷たい表情に変え側へやって来た。ヒルデガルダは愉快そうに目の前まで来た男——自身の婚約者を見上げた。



「随分と楽しそうでしたわね、ノアン様」

「お前も随分楽しそうだな、ヒルデガルダ」



 先程まで踊っていた女性には決して聞かせない冷徹な声色。ヒルデガルダは紫水晶の奥に秘められた憎悪の念を見つけ、一笑するなり立ち上がった。



「ええ。楽しいですわよ。今宵は夜会ですもの。ノアン様も楽しんでおられるのなら良いではありませんか」

「……おれの時と全然口調が違う」

「オシカケ、何か言った?」

「いいえ」



 否定しているが小声で何かを言っていたのは明白。よくするやり取りだがヒルデガルダがしつこく問い詰めた試しはない。



「ファーストダンスだけでは物足りぬでしょう。二度三度、ヒリス嬢と踊っては?」



 本来ならファーストダンスは夫婦や婚約者同士で踊るのが常。二人の場合は違う。入場した時から別行動を取り、ファーストダンスすら踊っていない。ヒルデガルダはまだ、ノアンは別の女性と。

 挑発的に目を細めればノアンの蟀谷がピクリと動いた。

 二人の間に流れる重く冷徹な空気。好奇心が刺激されるが何時何が起きるか不明な緊迫とした雰囲気の中、たおやかな声の女性が割って入った。先程までノアンと踊っていた女性だ。



「ヒルデガルダ様、ノアンを責めるのは止めてください」



 栗色の手入れが行き届いた髪を揺らし、愛らしい瞳にたっぷりと涙を溜めたヒリスがノアンを庇うようにヒルデガルダの前に立った。



「ヒリス。君には関係ない」

「いいえノアン。ヒルデガルダ様はほったらかしにされて怒っているのよ。お願いしますヒルデガルダ様、どうかノアンを——」



 後ろに控えるオシカケが盛大に呆れているのは気配で分かる。腹を抱えて大笑いしたい気持ちを抑え付け、手に持っていたワイングラスを上げヒリスの頭に傾けワインをかけた。呆然とするヒリスに妖艶な笑みをぶつけ、呆気に取られながらもすぐに我に返りヒリスをヒルデガルダから守るように抱き締めたノアンを嗤った。



「お似合いですわね。ノアン様とヒリス嬢は」

「ヒルデガルダ! ヒリスに謝るんだ!」

「謝らせたいなら、力づくで私を跪かせればいいでしょう。まあ、無理でしょうね。ノアン様は私より弱いから」

「っ!!」



 事実を突きつけるとプライドを傷つけられたノアンは激しい怒りと憎しみが籠った眼でヒルデガルダを睨みつけ、泣き出したヒリスに気付くと気遣うように声を掛けた。

 二人を眩しそうに見つめる。脳に光景を焼き付けると「行きますわよ」とオシカケを連れ会場を出て行った。



「あ〜あ。またオーギュスト様から小言を貰いますよ」

「好きなだけ言わせておけばいい。元はと言えば、あいつが悪いのだからな」

「ノアン王子とマクレガー公爵令嬢は元々婚約者でしたからね。お嬢やオーギュスト様の力が欲しい王家が無理矢理婚約破棄しちゃったから」

「周囲では、妾がオーギュストに我儘を言って二人を引き裂いたとなっているらしいがな」



 敢えて訂正する気はない。

 外に出た二人はサンチェス家の馬車を見つけると乗り込み、御者に馬を走らせた。



「勝手に帰ってオーギュスト様怒りません?」

「さあな。会場にはいたんだ、騒ぎの理由を聞いてあいつも戻るだろう」

「オーギュスト様に言ってあの二人を元の関係に戻せないンですか」

「無理だから今も尚妾と王子は婚約してる」

「ですよね〜」



 可哀想な王子様、とはヒルデガルダがノアンを指す際に使う台詞だ。相思相愛の婚約者がいたにも関わらず、王命によって無理矢理引き裂かれ、次に宛がわれたのが魔導公爵と恐れられるオーギュスト=サンチェスの養女ヒルデガルダだった。

 屋敷に着くと玄関ホールでオーギュストが待ち構えていた。

 銀色の髪を後ろに纏めているのは夜会用の髪型。下ろしている方が若く見えるぞとはヒルデガルダの言葉。呆れたようにヒルデガルダを待っていたオーギュストは開口一番こう言い放った。



「ノアン王子が大変怒っていたぞ。お前に」

「だろうな。お陰で良いものが見れた」

「揶揄うのは程々にしろってば」

「ふふ。無理だな。王子が妾の婚約者である限り、妾は王子も娘も虐めを止める気はない。救いたいのであれば、あの二人を元の関係に戻してやるんだな」

「何度も言ってるんだがな、国王はどうしても王子の伴侶にお前を選びたいらしい」



 理由は二人ともが解している。近年、王家の魔力所持者が生まれる確率が減っており、持って生まれても弱い魔力しかない場合が多い。現国王や王太子、第二王子であるノアンは幸いにも強い魔力を持っている。王国一の魔力を持ち、魔導公爵と恐れられるオーギュストが十五年前に迎えた養女ヒルデガルダはオーギュスト以上の魔力を持つ。故に、相思相愛であろうと強大な魔力を持つヒルデガルダを将来は臣籍に降り王国の守護役を担うノアンの婚約者にした。



「人間の生活はお前が言っていたより退屈しない。ただ、妾が王子やあの娘へのちょっかいを止めないのはお前が原因だ」

「はいはい。恋愛小説なんてものを魔族の女王に渡したのが間違いだった」

「気に入っている」

「知ってるさ。オシカケ()に言って定期的に多種類の恋愛小説を集めているらしいじゃないか」



 玄関ホールで話し続けるのも疲れるだろうと言うオーギュストの提案で三人はサロンへ移動した。執事に飲み物を持ってくるよう指示を出すと話は再開された。



「魔界の女王だった時と人間の今、どっちが充実してる?」

「さあな。退屈はしていないとだけ言っておこう」



 人間の天敵であり、強大な力を持つ魔族が住む世界を魔界と呼ぶ。その魔界で長年女王として君臨していたのがヒルデガルダ。長く、段々と刺激が薄くなっていた生に退屈していた時、一人の人間の男が現れた。


 それがオーギュスト。

 オーギュストは王国で何百年も生き続ける大魔導士。“繰り返す者(ループ)”と呼ばれる体質を持つ。一定の年齢に達すると赤子に戻り、再び同じ生を繰り返す。何百万分の一の確率で罹る魔法病で治療方法はない。寿命で死なないだけで普通の人間と同じで頭や心臓を潰されれば死ぬ。



「魔界にいた頃は他人に興味などなかった。示しもしなかった。オーギュスト、お前が人間として生活するなら他人に興味を持てと言うから持つようにしたんだ」

「実際に接する前に本での知識を持てば多少は興味を持つと思ってお前に恋愛小説を渡したんだ。一番人間の情が描かれるからな」



 恋愛小説に拘らなくても他にもあったのではとオシカケは内心疑問に持つが、実際に口にしたら二人から口撃されるのは目に見えているから口を閉ざしたままにする。



「恋をした人間は男女共に輝くとある本に書いてあったんだ。実際、王子とあの娘が婚約者であった頃がそうだった」



 ヒルデガルダがノアンと婚約したのは一年前。以前からノアンとヒリスが二人でいる場面は目撃していた。恋愛小説から飛び出してきた輝きを放つ二人をヒルデガルダは眩しそうに見つめていた。魔族の自分では決して手に入らない、手を伸ばせば強い拒絶を受け痛みを伴う光。

 初めて見たのはオーギュストが自分の娘だと国王に報せるべく、共に登城した時だった。オーギュストに手を引かれた幼女姿のヒルデガルダは、初めて見る人間界の王城に興味深々だった。魔王城は冷酷な魔族が王として君臨するのもあって荘厳でとても冷たい城。オーギュストが住む王国の城は、規模で言えば魔王城の方が上であるが人が大勢いると感じられる体温が確かにあった。

 謁見の前に城内を見て回ろうとオーギュストが案内した先にノアンとヒリスがいた。側には王妃らしき女性もいてテーブルを囲み楽し気に会話をしていたのをよく覚えている。



「初めて見た時から、あの二人はとても眩しい。強引に引き裂かれた今もそうだ。あの二人の周りだけ、他とは違う。ついつい見てしまいたくなる」

「お前は王子をどうも思っていないのか」

「いや? 可哀想な王子様、と同情している。どうにかしてマクレガー公爵令嬢と縒りを戻してやりたいのだがな」

「どうも思っていないのと同じじゃないか」



 呆れの溜め息を吐いたオーギュストに続いてオシカケも溜め息を吐いた。

 二人が何故呆れた溜め息を吐くのか分からないヒルデガルダであった。




 

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