1 ダンジョン★ラック
敵を討つ剣音響き、練り上げる魔力が高まり空気が熱くなる、鍛えた技を放ち断末魔を重ねる……。
退路を閉ざされ迷い込んだ石床の中部屋。
迷宮道中で幾度も見かけた既存種のモンスターと交戦していた最中にて、──遭遇。
しれっと現れた一味違う邪悪ないでたちのモンスターに、パーティーの前衛役の男子生徒は校長命令を受け仕掛けた。
□敵情報
new神官ダークハートオクトパス:
黒紫の神官衣装を纏ったモンスター。
現在攻略中の97F体育倉庫ダンジョン❹を支配する階層を下って冒険者を排除しに来たブックマスターである可能性が高い。
顔は黒い♡型をしており、髪は蛸の触手のようである。
攻撃方法は不明。
□
翠のショートソードは切っ先から雷撃のマジックを中距離から放つが、宙に描いた防御魔法陣は雷属性を吸収した。
されど構わず剣士の男子生徒は翠を大胆に投げ捨て、突っ込む。
しかし魔法陣に突き刺さった乱暴な翠の刃は届かず無力、魔法の威力が不十分で投げ捨てた刃も期待通りには機能しない。
だが、
「【バーンサンダー】!!」
腰鞘から抜き出したもうひとつの、緋色の刃。
緋色のショートソードは性懲りもなく防御魔法陣へと同じく突き刺し、翠の雷属性を強引に増幅させ技と成した。
黒紫の魔法陣を青一色に一気に染め上げ、破砕。
爆発的に増幅する雷撃の勢いは重ね展開した3枚の防御魔法陣を失くした無防備な神官DHOを焼き続ける。
雷球が呑み込むように発生し敵を逃さない、先手必勝、強引に男子生徒が斬り込んだ勢いで勝負はこのまま痺れる籠の中で決するかにも見えた。
しかし──急に逆立ち伸びた触手髪が男子生徒ピネスの首に巻き付いた。
こちらのターン中にまさかの怯まず仕掛けてきた危険な締め技に、たまらずピネスは繋がる触手を手持ちの剣で斬り裂いた。
さらに神官DHOはいつの間にか呼び寄せ手に持っていたダークジャベリンを薙ぎ払う。
いかにも魔術師タイプ、ピネスの目にはそう見えていたモンスターが豪快に得物を横薙ぎ────なんとか反応したピネスは剣を合わせて防御したが、その膂力に大きく弾き飛ばされてしまった。
「ごほっごほっ痛ててて、あんにゃろ何度もびっくりさせやっ……てェ?? うおわ!?」
敵が得物にしていたダークジャベリンは分裂し、頭上に浮かぶ。
ご丁寧に数をそろえて並べ浮かべた闇槍が、すぐさま尻餅付くターゲットへと斉射された。
風を貫く速度で飛んできたとても危険な闇色の魔法景色は────彼の居る場を避けるように流れが枝分かれ、逸れていった。
「ふぅぅ間一髪ぅ……やってくれたのは? めぐるさん! か?」
ハープ奏者の奏でた【ツバサの歌】が飛び交った闇槍の群れをかろやかにあやつり、彼を守った。
彼が前方に構えていた緋色の剣は、不思議にもハープから刃に届き録音された音を振動し繰り返している。
「ふふ、彼女として当然さ。君のめぐるだからね」
呼ばれて彼の元へ駆けつけた羽帽子を被った金色ショートの彼女は、そう嬉しそうに答えた。
「彼女じゃないでしょ。デートもまだ──じゃんっ!」
地を這いずって惚気話をする2人に寄ってきていたダークスライムモドキたちは【ストーンウォール】で踏み潰された。巨大な石壁がバタンっ……横倒れ、下敷きにされた黒い粘液の飛沫があちこちに飛び散る。
鮮やかなオレンジ髪が圧された風に大きく靡き、木浪は魔力を使い切った古杖でさっき凝った肩を叩いた。
「ははやべぇ、ナイス木浪ーー!」
「そうだったデート、する?」
「え? あぁー……でで、でえーーっと? なんつって?」
「は? つまんな」
「ふふ、おもしろ」
「はは……ってやべぇぞ!!」
突如急速成長しながら地を宙を伝う、標的を絡めんとする黒いイバラの敵の魔法は、石壁でも音でも防げそうもない。
「【ライジングバーン】!!!」
3人とその天に掲げる剣を中心に、円を描きながら螺旋状に炎蛇が飛び上がっていく。
猛スピードで伝って来た棘のあるイバラは、とぐろ巻く炎蛇に食い破られるように焼かれ届かず。
「ふいぃ。さすがにそろそろ気張らないとなんとなくヤバそうだ」
「これはあの時守ってくれた赤い渦巻き。ふふふ」
「は? 熱いんだけど?」
「無茶言うなよ。熱いんだよっ、ダンジョンだからなっ!」
「ダンジョンならそろそろひとりでなんとかすればぁー」
「なんでだよっ! ダンジョンだぞっ!」
「は、語彙力すくなっ」
「え? そんなところもかわいいのに」
「まぁ、それはね。もしかしたら変に賢いよりこれぐらいが丁度いいのかも」
「「「はははは」」」
「ってあれ? 俺今ばかにされて……?」
「亭主、薬茶兵糧丸を」
「おっ、サンキューサーガ! サプライズつづきでちょーど喉と魔力がやばかった!」
渦巻く炎が止み、雑談の最中。
ピネスはタイミングを見計らって駆けてきた異国スウェーデンの金髪茶人、水野サーガから回復薬を受け取る。
薬草茶を戦闘中に飲みやすく丸めた薬茶兵糧丸を、大きくひらいて待った口へと、あーんされ……連続で魔法剣を行使し失っていた魔力を補給した。
「賑やかな生徒たちだ。青い真っ只中、成長期というものは羨ましい限りだ。一国の校長ともなると少しは達観せねばならぬからなー」
ピネスたち以外の護衛についていた生徒たちは校長兼魔術教師へと向かってきた雑魚モンスターたちを切り払い、寄せ付けない。神官DHOから飛んでくる広域魔法も各々の武器と異能と魔法を駆使してガードし、いつもの作戦通りに後衛のスペシャルな魔術師が魔力を存分に練り上げる時間を作り上げた。
「ならばそろそろ頃合いだろう、よくやったブク高パーティー。フッフ──合わせろよ?」
天へと花開き上った校長の武器黒傘は、ダンジョンの天井へと溶け込み、また不意に天に現れては──標的の蛸頭の上へと影を差した。
【雷雷と擂り潰せ、クラウディシャドウボルト!】
落とされた影に、黒傘から繋がり落ちる黒雷。
一気に轟いた魔力を圧縮した雷撃、その強襲がターゲットを痺れるほどに焼いていく。
「やはり魔法耐性持ち練り上げている敵の魔力を消し飛ばせど致命傷にはいたらん。こればかりは魔術師にとっては厄介、──だが?」
しかしその怒号をあげフラッシュした黒雷は──敵の視界と注意を奪うには十分。
合わせた第二の矢が、弓から美しい所作で放たれた。
気の散った獲物の胸に突き刺さった氷の矢を、遠方より笑い睨むのは黄金の瞳をもつ美のアーチャー3年生のVenus。
残心のかわりにウインクをし、第三の矢が止んだ雷の後ろから現れた。
白いマッシュヘアーの上に乗っかるのは水色髪。
榎田椎名はしいたけベレー帽を上の者から受け取り、ぶわり……魔力を注ぎ広げてきのこの盾とし装備する。
肩車しながら盾を前方の敵の背へと構えた。
「【風のカロリー】! はにゅっ──!!!」
「のこっと【かっとび茸】!」
□榎田椎名《下》&紫紫檀《上》
★異能冷蔵庫にてアイテム合成
クリティカルPオイル(Venus)×風のカード+42(登別海)×幸せのおにぎり(緒方結美)=幸せの風Pおにぎり
【かっとび茸】:
笠から突風を発するきのこ。
笠の部分は大変美味であるが食べようとすると顎が吹き飛ぶので注意。
特殊武器のしいたけベレー帽の盾を通して茸アイテムの効果を発動している。
【風のカロリー】:
華奢だが食いしん坊のシタンお嬢様が風属性のおにぎりを食べたときに発動できる。
体内の魔力とカロリーを消費する大技。
隣接する者も含め風属性を大幅に高める。
□
風属性を強化されたきのこの盾から【かっとび茸】の突風が巻き起こる。
前方への激しいトルネードが、後ろで手下のモンスターを召喚し魔法を乱れ撃っていた神官DHPを巻き込み吹き飛ばした。
そしてその風のつくった道に待ち受けるは────当然このブク高パーティー唯一の男手。
巡ってきた大チャンスに緋色の剣が煌めきぐっと、構えた。
雷に撃たれ、氷矢を射られ、突風に呑まれ────そのまま待ち受ける炎剣のフルコースなど冗談ではない。
ドクンドクンと速く脈打ったハート型の顔が怒り膨らみ赤く染まる。
頭部から生える蛸足を腕から体からも無茶苦茶に展開し、神官DHOは逆にこのさらされた風を利用してピネスに襲い掛からんとした。
厳かな神官服を突き破る邪悪な蛸はもはや何振り構わない、その男の高まる危険な殺気をどうしても受けたくないと、殺気を乱れ咲かせながら威嚇をする。
縦横無尽に伸びる蛸足は────突如宙に散りばめられた美しき青い小三日月の大群に切り裂かれた。
「おぉニゴゥさん!」
「ヤレっ」
頼りになる大人の女性、戦闘のプロ2号のアシスト斬撃技が蛸をぶつ切りに料理し、彼を目の前の任務にシンプルに集中させる。
さらに間髪入れず、輝く緑のドッジボールが飛んできた。
虎視眈々と手柄を狙っていた元祖戦闘のプロ、ブク高の用務員がもう1人の頼れる大人として続けざまのアシスト?をする。
「にゃはははしぶとくしくったかー、──ヤッレぇ!」
「はは……じゃ!」
危険な緑の全力魔法弾を、咄嗟の全力多重防御魔法陣が受け止めている。
そんな並々ならぬ威力の弾を喰らって茹で上がる必死のモンスターの形相に、死が足音を立てていく。
魔力と魔力がぶつかり合い激しくフラッシュする光景に、男は臆せず飛び込んだ。
「【エメラルドバーーンファイア!!!】」
味方の魔法に突き刺した緋色のショートソードは同じ色に染まり、やがて混じわり────爆ぜる。
爆光を上げるエメラルドにひろがる光景は……目の前のモンスターを消し飛ばす──勝利。
「フッフ。最後もピネスくんの鮮やかなクリティカルだな」
「ぬすんだあたしのお株が育ったねぇー」
「育っていない者はいない。それがお前たちブク高パーティーだろう」
「おぉ、校長よりいいこと言って、ねっ? ニゴゥ? ねっ?」
「フッフ。そうだ、それが我々ブク高パーティーだ!」
「それなんも言ってないのと同じじゃん。繰り返しただけ、ブク高の校長」
「ふふふ木浪キミは……上手いこと言うな? フフ、私の気の利いた名言お株を奪うとは成長したなニゴゥ生徒も」
「あっ、なんか落ちたよ校長」
「なんだシタンちゃん生徒? っておおっ!!! ふむ。長かったこのダンジョンもクリアといったところかな、フフフ」
激しい緑が明ける……戦闘は終了。やがて強敵を討ち滅ぼしたダンジョンからのご褒美に、豪華絢爛なドロップアイテムの数々が石床に散らばっていく。
此度の皆の活躍を不黒文校長の手持つタコイカ学習帳はまっさらなページに自動記述する。
□体育倉庫ダンジョン❹戦闘ログ
校長は勝利を確信し妖しく微笑んだ。
榎田椎名はダンジョン隅に見つけたきのこの救済に成功!
池原叉鬼の全力魔法【E:エクスプロージョン】、炸裂!!
浦木幸、魂のイチゲキ【E:バーンファイア】!!! 塵も残らぬほどに敵を焼き尽くす。
★ブク高パーティー…
池原叉鬼
浦木幸
榎田椎名
緒方結美
木浪智火瑠
ニゴゥ
Venus
水野サーガ
めぐる
冷蔵庫
不黒文SP校長先生たちは、戦闘に勝利した。
遭遇したこのダンジョンを支配するブックマスター神官DHPからドロップした珍しいお宝と、〝ブック〟を回収に成功。
これにて長きにわたり攻略された体育倉庫ダンジョン❹は完全にクリアされた。
《97F神官ダークハートオクトパスの中部屋にて…》
□
時は──彼、彼女らがダンジョンに挑み続け見事な成長を遂げた、そんな勇敢な若かりし冒険者たちのお話のもう少し前まで遡る……。
赤表紙の古きページが今、捲られていく。
⬜︎タコイカ学習帳
20XX年いつぞやの暑い夏休み
地元では有名な学校である不黒高等学校に通っていた生徒たちが見知らぬ世界へと学校の校舎ごと飛ばされてしまった。
突如暗転して始まった世界は暗雲ただよう隔離された異境にあり。
外へと繋がる妖しげな赤いうずまくゲートがひとつあるだけであった。
一言でこれをあらわすならば
ダークファンタジーでダンジョンなミニチュアな断片世界
そんなふざけた世界……八方塞がりの逃れられない死があるとするならば、この希望と絶望のいりまじる異能に目覚めた私は覚悟する。
進む道はわずか一方だけ……大口をあけ妖しく佇んでいる未知のダンジョンに、死んでいった皆で挑むと
不黒高等学校校長 不黒文
⬜︎
「ついにこの学校にのこされた男子はキミだけだ、幸くん」
この日校長室に呼び出された、名を浦木幸なる男子生徒は立派な黒いチェアーにかける女にそう告げられた。
「そうですね? なんか日に日にみんな見かけなくなったぁ? 消えましたし?」
「消えたんじゃない死んだんだ」
「死んだ? えっとなぜ?」
「ダンジョンに挑んだからだ」
「だからなぜ?」
「この学校の食料や水の備蓄がもう何日ぶんもないのだよ、おかゆ薄かったろ?」
「あぁー……それは大変ですね? たしかに塩加減、まえより薄かったかも?」
「そうなのだよだからキミもこれから他の無念にも散っていった男子たちと同じようにダンジョンへと向かい塩や食料をさがすべきだ、絶対服従の校長命令で」
彼の目の先に居るのは右目に黒い眼帯をつけ、高級シャンプーで手入れされた豊かなプラチナロングの髪をもつ不黒高校の名物女校長。
校長いわく『眼帯をつけた校長先生がいたらおもしろいとは思わんか?』という理由でいつもそれを装備しているらしい。
「それってぇ……ありなんですか?」
「なに? ありとは? なるほど……自分の代わりにか弱きぃ……こんな事態では守るべき女子生徒たちにぃ……未知のダンジョンに行かせる気かピネスくん? まさか?」
「それはぁ……俺より体育の成績がいい女子なら(側転できない3ですし俺)そうなりますね、たぶん?」
「たわけ、体育の成績などダンジョンではそんなに役に立たん! 3はキャラクリの標準値だほこれ、側転は今度私が直々におしえよう」
「えっとまぁ……そうですね(そうかなぁ…?)」
「キミはいまいちやる気というものがないな、どれどれ──」
『ダンジョンに行ってくれたらぁ校長せんせいがキミがおもうぅエッチなことなぁーーんでもしてあげる♡』
「なっ、なんですか??」
おもむろに席を立ち、ゆっくりとヒールの音を立てながら……彼女は浦木幸の方へと近づいた。
さらに正面の彼をじぶんの胸へ抱き寄せ、すれちがう彼の耳元で、猫撫で声でソレを囁いた。
そしていきなりのことに驚き、こそばゆくなった耳を撫で抑えるウブなリアクションをする男子生徒から、口角をくいとあげた女校長は一歩離れた。
「ふむ……こうすれば、みんな何故か不思議とやる気をだしいくからなぁ? なんでだろうなぁ?」
顎を手に当てた校長はおどけたように瞳孔が斜め上を見上げて、しらじらしい。
その美貌とその平均よりかなりメリハリのあるスタイルで……実にしらじらしい。
「もしかして…」
「あぁ残念だが誰ひとりとてぇ…この手でこの胸でダンジョンにイッた生徒を『おかえり♡』と抱きしめることはなかった……くぅ……」
おどけて広げていた手を強い握りこぶしにする。
校長は一転、死んでいった生徒を抱き寄せおもい、胸が締め付けられるような悲嘆の演技に暮れている。
「へぇー(校長のソレで俺以外の男子が全員ダンジョンに突貫して死んだってこと…? たしかに柔らかくてなんか当たっててデカくてぇ…すごく…いい匂いはしたけど…)それは気の毒に」
「そうだろう。だからさぁ、今度はキミがいきたまえ! ダンジョンに! 私、校長せんせいのために!♡」
「えっ、えぇーー…俺がぁ?」
お茶目にウインクする不黒高校校長プラチナ眼帯の分類美人さん。
この学校においての絶対的上位存在である彼女は、ただの黒髪をもちただの黒ブレザーを着こなす一介の男子生徒役のピネスくんに、ダンジョンへ行くようにチャーミングなその笑顔で命じた。
▼
▽
⬜︎
まぁ待て何も手ぶらでキミをイカせるわけではない。この今キミが熱心に読んでいる薄いタコイカ学習帳にはこれまでの皆でつないだ冒険の記録がある。その情報をもとにダンジョンを慎重に進めばきっと食料や水や塩をGETしまた愛しの不黒高校の門をくぐり無事帰還を果たすことができるだろう。
なぁーにこれまであつまった情報によるとダンジョンはモンスターや宝箱のでてくるありふれたゲームのようなものだ、あまり緊張しすぎず気楽にな。
そして朗報だよろこべ男子生徒、誰にも1人に1つこの世界に迷い込んだキミたちには異能というものがある。
ピネスくんキミにもわかりやすくダンジョンで役に立つ異能がきっと発現しているはずだ、それも理解応用駆使しながら進むといい。
なぁーにこの私の慧眼がキミにその才能があると告げている、できるさきっと、挑めないダンジョンなどないのだから。
スペシャルな校長先生 不黒文♡
⬜︎
「うーーーーーうーーー、なるほどっわかんね。ま、いいやイケと言われたんだ、いさぎよくこのまま真っ直ぐすすんで──行こう。きっと食料を取ってこいは建前でワンチャンダンジョンで何か成果を持ち帰るのに期待して生贄に捧げるのは理にかなっている……のか??? もしれない……。あぁー…………この学校の校長はちょっとおかしい気もするけど……とくにどこに嘆いても仕方がないな、最後ぐらいポジティブでいこうか」
既に校長にダンジョンにつらなると教えられた赤いゲートをくぐり、暗転──
そこはおそらく片手に開くタコイカ学習帳に記載されるダンジョン。
その中。
すこしだけ愚痴を吐き、すぐにこの見たこともない環境に、追い込まれてうっすら掲げた己の覚悟と共に順応していく。
そして暗い石通路をとぼとぼと慎重に歩いていた浦木幸は、暗がりから見えてきた自分より背丈の低い緑の厄介者を……その目に発見していた。
「とりあえず今ぶち当たった緑のこいつはきっと、あぁー……ゴブリン。戦い方はえっと」
⬜︎タコイカ学習帳
ゴブリンだ、気をつけろ!(副島)
⬜︎
「おっ、おぅ…そうだなゴブリンはゴブリンだからって気をつけなきゃ! タコイカがなきゃ激しく油断しているところだったありがとう卓球部のフクジマぁぁ! 話したことないけどおおおおさすまたああああ!!!」
「ッ、ておれの武器は刺股なのかよ! バットより手に持ったことねーよ俺それぇ!」
⬜︎タコイカ学習帳
あぁ、男子に大人気♡な金属バットがもうダンジョンに置き傘ならぬ置き金属バットされて売り切れていてな。ちょっくら私が事前にぃキミのためにぃ♡用務員室からよさそうなのを一本拝借してきたのだーーーー。まぁこれも大切な体育の授業の一環だとおもって刺股でゴブリンとかオークとかドラゴンの首を取り押さえる覚悟でえいやー♡っと、がんばって障害になるモンスターを滅してくれピネスくん。
⬜︎
学習帳がひとりでに開き、ぽつんと立ち止まった彼の話し相手にでもなっているかのように……ノートにとっては既知の情報を羅列し、唖然とするその目に示されていく。
「めっちゃ他人事っうおおおおこうならヤケだ、さすまたあああ!!!」
奇怪な声をはなつ鋭い爪牙と尖った湾曲ナイフを持つ恐ろしげな風貌のゴブリンを相手に、若さと勢い任せに突いた銀の刺股は唸る。
▼
▽
(刺股は思ったより使えたーー。さすが防衛グッズだけある。金属バットよりリーチがある分側転のできない体育3の俺には良かったのかもしれない? ゴブリンの爪もナイフも届かない刺股の制圧力と圧はモンスターに対しても有効であり、戦闘に必死の俺はこれを叩くのも有効だと途中で理解しバシバシとその銀色でゴブリンを叩き続けていつの間にやら勝利を手にしていた。あぁー……俺の異能は……さすまたへの理解度UPか?)
攻撃を与え続け倒し終えたゴブリンは通路の石の地に溶けゆくように沈み消えていった。
少し不気味な光景だが、とりあえずの勝利をピネスは自分でも驚くほど冷静に分析しよろこんだ。
そして溶けて失せたゴブリンの屍のいた中から、緑柄の剣が忽然とあらわれた。
「あ? なんだ?」
⬜︎
武器はモンスターをたおすと確率で稀にドロップする。
このそえじ…違ったタコイカ学習帳を持ちながら手に触れればそれがどんなアイテムか詳細に分かることだろう。
ゲームでいう識別や鑑定といったところだな。
手に取らなければならないのは玄人視点ではちょっと危ういがまーまー便利なものだ、ぜひとも活用したまえ。
⬜︎
「ぅーーなるほど……とりあえずタコイカの通りにやってみるか」
浦木幸は落ちている緑柄を拾い握った。
⬜︎
ゴブリンソード★★★★★★★★★★
効果
振るとファイアボールが出る。
振るとサンダーボールが出る。
振るとウォーターボールが出る。
振るとカオスボールが出る。
振るとライトボールが出る。
⬜︎
「星星星々ごぶり……ん? ずいぶんと★だらけだが? 文字化けかなにかか? 詳細なのかこれは?」
「武器の名前はゴブリンソード…いかにもゴブリンからドロップしたことを示すその場で取ってつけたような感じの名だが、刺股よりはマシか? 刺股もなかなか馴染んできたんだけどなー? って刺股のことは一旦置いといてっと、このゴブリンさんちの剣を振るとなんか出るってのが怖いがまぁお得ぐらいに思っとくか」
「えいっ」
『ぎょべええええええええ』
そう思い剣を軽く暗がりに向けて試し振ると、カラフルな玉がぷかぷかと切先から浮かび進み────やがて何かバケモノの断末魔らしき奇声が浦木幸の耳にするどく響き抜けてきた。
「……はい? ──なんか出たな……あちっ!」
浦木幸は興味本位で切先に触れる。目玉焼きを焼いた後のフライパンの縁でも触るように、それは少しだけ熱かった。
「そりゃ熱いかなんかすっげぇ魔法っぽいもんが出てたもんな……まぁいいや。あぁー、それより振ると出るって条件が曖昧だ。念じるにしても突くにしてもこの感じ、剣だとおそらく狙いがつけづらいんじゃないか? さっきのもいくつかの玉はダンジョンの壁にぶち当たっていたよなー。あ、そうだ」
あることを思い立った浦木幸は、戦闘になるので投げ捨てたマイリュックからアイテムを取り出した。
見つけた補修用のテープ類で、しっかりテーピングをほどこし固定して────刺股の先にゴブリンソードを取り付けた。
得物のリーチと、効果で出るおまけの魔法玉の精度を上げることに成功した。
その後────────
刺股改を主に目標に向けて突いたり柄を回転させながら、目視しみつけたモンスターをカラフルに滅していく。
浦木幸&刺股改の破竹の快進撃はつづいた。
▼
▽
次の舞台へと連なる暗い石階段を降りてゆき辿り着いた────
▼ダンジョン地下10F▼
(単純に振ると狙いがずれるから柄を持ちガトリング砲のように回転させる、この境地に俺は辿り着いた。もはや俺の刺股あらため刺股改あらため刺股ダブル改は魔導兵器である)
⬜︎
とびらミノたにきおつげdfwxjh《副島》
⬜︎
「……なんかここでぇ死んだっぽいな副島……書き文字から悲哀と無念が伝わってくるような」
「てかここまでフクジマしか情報提供者がいないわけだが……どうなってんだまさか最初のゴブリンで油断して死んだわけじゃないよな他の男子ぃ」
「まぁいいやこのいかにもな扉の先が副島のカタキだ! そんな話したことないけどぉ!」
浦木幸は副島ののこした情報に従い慎重に重々しい血色の扉をひらき、
通路から脱いだ靴を一足遠方に投げ入れた。
すると宙に浮く靴は天から降りてきたとてつもない質量の石斧に粉砕され失せた。
地を揺るがす石斧とここまで伝わる二足の巨足の衝撃、そしてかがむ巨大牛人間の赤目が血走る恐ろしい色合いに灯り────通路に構える銀槍を持つちいさな人間を睨みつけた。
「タコイカ学習帳おおおおおお!!!」
ゴブリンソードを2本U字に又分かれした先端に取り付けた銀槍は、回転する魔法弾を射出するガトリング砲となり、真っ直ぐに刺し示した巨大ターゲットに向かい連続炸裂していく。
▼
▽
勝負とは時に呆気なく…………。
通路先の遠距離から一方的に魔法弾で狙撃された巨大牛人ミノタウルスは真っ直ぐ冒険者に走り迫るも既に遅く、カラフルな魔法弾を浴びせられ続けたその巨躯はどさりと力なく地に伏す。
「おー……おおおおおーーー、やったよ副島、俺やったよ。なんか廊下から一方的に終わっちゃったけど副島おまえ、もしかしてどっかで生きてる? ねぇ? 先イッた?」
あまりにも呆気なく終わったので浦木幸はおそるおそる他に周囲に潜むモンスターや副島がいないか目視確認しながら、ミノタウルスを屠った大部屋へとお邪魔していった。
「んっアレは」
しかし、おらず……大部屋の中でただ見つけたのは広々な空間に佇む邪悪でグロテスクな悪魔石像。
浦木幸はとてもそのシンボルが気になり……。
何故か芽生え感じた使命感におそるおそる……その禍々しき彫像に触れたそばから────目の前が白く浄化されてゆく。
▼▼▼
▽▽▽
すこし盛り上がった芝生の小丘に憩うのは不黒高校のシンボルである女神石像ガイア。
その女神様に、黒スーツ白のブラウスを纏う教師姿で念入りに祈る人がいる。
プラチナ髪は不意にふいた不気味な風になびいて、それがいっそうの悲しみを掻き立てる。
ゆっくりと目を瞑り、決してピクニック気分ではない青いビニールシートの上に両膝をつく。
小さな十字架のアクセサリーをぎゅっとその手に握る。
そして彼女はつい先刻、生で会った彼の顔を頑張って思い浮かべてみる……。
「あぁピネスくん。キミはなんとなく生きてる感じの死んだ目をしたごくごく平凡な体育3のせんせーの目を見ず谷間とおっぱいばかり見て話す応援しがいのある可愛い生徒だったが、その死にゆく勇姿を」
『なんの十字架』
「をわ」
「それ、なんの十字架?」
女神が発する男らしい呼び声に、トツゼン汗がじわり……握りしめる黒く染まった十字架に祈りが通じたのか……。
目の前女神の肩のとなりに友達のようにもたれ、ぶわりと──顕現しお姿を現したのは彼女が思い浮かべたそんな顔。
そんな顔より、死んだゴミを見るような黒目をしていた。
背負うリュックをパンパンとげとげに詰めて帰還を果たした浦木幸は、目の前の両膝つき上目遣いの眼帯プラチナ女を訝しみ見下す。
「……ピネスくんおかえり! はいこれ────おっぱい♡」
「とりあえず黙れぇいオンナ」
ウインクしながら舌をぺろり、
ブラウスを指かけ下げてふっかーい谷間を強調、
媚びた上目遣いのセクシーポーズで披露された悪気のないおかえり♡に。
浦木幸、ピネスくんは冷静におっぱいを見ながらツッコんだ。