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魔女は二度死ぬ  作者: 鈴埜


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16/20

魔女は歩く3

「たとえ話だとしても、言っていいことと悪いことがあります! キィさんとク・ルゥちゃんはカサンドラが友人だって言っていたじゃないですか! 友達が死んで悲しくないはずがないでしょう! それなのに、冷たいだの、嘘をついてるんじゃないかだの。悲しんでるかどうかなんて、本人に聞いてみないとわからないじゃないですか」

 言ってから、昨日の自分がまったく同じことをやっていたと思い出す。

 なんだかとても悔しくて、ぶんっと音がしそうな勢いで踵を返すと、階段を駆け下りる。そのまま自分の部屋に入ってしまおうと、右へ曲がったところで、ぶつかった。

 こけそうになるのを、相手に抱き留められなんとか体勢を戻す。

「ご、ごめんなさい」

 相手の肩に鼻の頭をしたたかぶつけて、鼻血でも出そうな勢いだ。痛い。

「そそっかしい」

 目の前にあるのは真っ白な服。

「きゃあっ!」

 魔法使いだ。

「叫びたいのはこっちなんだが。鼻に何か仕込んでるのか? 肩がすごく痛い」

 どう考えても肩の方が強いだろうに、君は怪我一つしてない。と、キィがぶつぶつ文句を言う。

「ああ、えっとごめん」

 驚きで一瞬消えた痛みが、じんわりともどってきて鼻を押さえる。

 叫んだのは、相手がキィだったから。彼が階下すぐのところにいたなら、もしかしたらさっきの会話を聞かれていたかもしれない。アーサーは一応気遣ってあのあたりにしか聞こえない声で話していたが、メグは完全に頭に血が上って大声でわめいた。一番知られたくない相手に、聞かせてしまったかもしれない。

 痛みと失態が重なって、涙がこぼれる。

「おい、大丈夫か? もしかして、鼻、曲がったか? それ以上酷い顔になったらって痛いって言ってるだろ!」

 みなまで言わせず、わざと肩を叩いてやる。

 涙はもう引っ込んだ。

 足下では、ク・ルゥがメグに抱きついて見上げている。瞳の奥に心配そうな色を見つけた気がする。四日目にしてようやく彼女の言いたいことが何となくわかるような気がしてきた。こちらの勝手な思い込みかもしれないが。

「まあ、ちょうど良かった。さっさとやるぞ」

 ぶつくさと文句をたれていた魔法使いが、曲がってしまったシルクハットを被り直して右手を出す。手のひらを上に向けている。

「なに?」

「メモを寄越せ」

「なんの?」

「勘の鈍いヤツだな。それじゃあ一生掛かっても詩の解読なんて無理なんじゃないか?」

 むかっと口を尖らせようとして……、その詩のメモを求められていることに気付いた。

「どうするの? 手帳はないわよ。部屋に置いてあるから」

 朝食の後、カサンドラの葬儀をするはずだったからメモは必要なかった。

 魔法使いはくるりと方向を変えて、東の棟を進んだ。奥にはメグの部屋がある。勝手に扉を開けて、鞄を開けようとするので飛びついた。

「ちょっと待って待ってよ。もう! 女性の鞄を勝手に開けるなんて、失礼極まりないわ! ほら。これよ」

 手帳を取り出し件のページを開く。

「詩が見たいなら食堂にいけばいいのに」

 文句を言うメグを無視して、彼はじっと手の中の詩を見つめていた。

 やっと顔を上げたと思ったら、彼の表情はどんよりと曇っている。

「な、何よ……」

「別に」

 別にって顔じゃない。彼もなんだかんだと感情を隠すのが下手な気がする。

 これ見よがしに大きなため息までついて、キィはメグに手帳を返した。

 と、今度はク・ルゥが手帳を取る。

「ん? どうしたの。ク・ルゥちゃんも見るの?」

 メグの問いに少女はしっかりとうなずき返した。仕方ないので、そのページを開いて彼女の目の前にかざす。

「読めるの? ちっちゃいのに偉いね」

 褒められると、少女は首をすくめて手帳を閉じる。それをメグに返すと、キィの前で両手を広げた。彼は言われるがままに彼女を抱き上げる。

「行くぞ」

 窓を開けるとそのまま外へ出る。中庭を真っ直ぐと進む。

「ちょっと、え? わかったの!?」

 追いかけるが、今日の彼はいつもに増して早い。昨日までのパンツスタイルでなく、ロングスカートの裾があっちこっち引っかかりそうで気にしながら歩くのも大変だった。ク・ルゥが彼の肩に乗り、こちらに向かっておいでおいでをしている。

 途中、騎士のトピアリーを素通りして北へ行く。

「ねえ! キィってば。これはいいの? 騎士はどれになるの?」

 彼はメグの呼びかけを完全に無視して進んでいく。

「ちょっと、ちょっと待ってよ! 魔法使いっ!」

 一際大きな声で彼を呼ぶと、ようやく足を止めた。こちらを振り返る。それに合わせてク・ルゥは自分の向きを変える。

 四つの瞳がメグをとらえる。

「ちゃんと説明してよ。『昼から夜へ~』のくだりは? どこを目指しているの?」

 矢継ぎ早に質問を並べると、彼はまた大きくため息をついた。でもさっきとは違う。わざとだ。

「黙ってついてくることもできないのか?」

「できてたら呼び止めないわよ」

 強気に出れば、魔法使いは折れる。なんだかク・ルゥを見ていてそう思った。これも昨日の夜。寝る前のこと。

 案の定キィはイライラと足を踏みしめながら説明を始める。目論見が当たって内心ほくそ笑んだ。

「今から行くのは獅子のトピアリーがあるところだ。ほら、すでに見えてる。そこだ」

「えっ! だってあれ詩の後半じゃない。前半すっとばすの? 昼と夜はたぶん屋敷の中のやつだと思うんだけど」

 一昨日ドナルドと一緒に見た二階の階段付近だ。

「詩の前半はカサンドラの感傷に過ぎない。重要なのは羽の生えた獅子のくだりから」

「そんなあ」

 どこにそう決めつけられる根拠があるというのだ。

 彼は再び歩き出し、メグもまたまた後を追う。

 そして、羽の生えた獅子の前にやってきた。

「カサンドラは予知で未来の一部を知ることができる。だからこの詩が書かれたときに、このトピアリーがなくても問題ないってことよね?」

「その通り」

 それはよかった。最初から最後まで当てが外れ続けでは自分が救われない。

「『羽のある獅子が背に』か」

 つぶやいて東の方を指さす。

「山査子が生えているのはあっちだったな」

「そうだけど、でも先に薔薇でしょう?」

「薔薇?」

 そうよ、とメグはメモを繰る。

「『山査子~』よりも、『冬の茨が~』が先に出てくるわ。冬の茨って言うのは、西に四季咲きの薔薇があって……」

 魔法使いの人差し指がメグの唇の前に突き出される。

「この詩は間違いなく、カサンドラが書いたものだ。魔法使いが書いたんだ」

「それはわかってるわよ」

 いまさら何を言うのだ。それが大前提で彼女は詩の謎を解けとゲームを持ちかけたのに。

「カサンドラが常に興味を持っていたものは何だ?」

「え?」

「人間世界に身を置き、彼女が一生を使って追いかけていたものは、なんだ? この二日間で君はすでに学んでいるはずだ」

「……生と死?」

 ビンゴ、とキィはつぶやく。

「この、『昼から夜へ堕ちゆくを 誰もが一度は望み給う』を、カサンドラの立場に立って、考えてみろ。誰もが、は誰だ?」

 カサンドラが言う。『誰もが』と。

 カサンドラは魔法使い。

「魔法使いたちが、一度は望むの?」

「そうだ。やればできるじゃないか。魔法使いたちが、誰もが、一度は望む物。昼と夜という真逆のもので、明るく活動的な昼、暗い穏やかな夜、太陽と、月。もうわかるだろ? 魔法使いたちが一度は望む。生から死へ堕ちゆくを。落ちるでなく、堕ちるなのは、少し後ろめたさを持っている現れ。安易な死へ。昼から夜は死ぬことだよ」


 ――羨む者は多かろう


「この新たな女王ってのがいまいちピンと来ないが、闇や、冬も死を表す。春は生だ。何となくわかるだろ? 『雲雀の唄う春の野』は、この館じゃないか? 生にあふれている、生きている人間がいっぱい喋っている館。その館に行く道筋がこの五行だ」


 ――羽のある獅子が背に

 ――目覚めた氷は歩み出す

 ――雲雀の唄う春の野へは

 ――冬の茨が多かろう

 ――山査子の棘がはばかろう


「私たちが探している場所からこの館を見ているってことは、逆にたどるってこと?」

「そうそう。いい調子だ」

 魔法使いが笑う。

「前半二つは、こっちから見てだろうから。羽のある獅子を背にして山査子を探す」

「乗るんじゃないの?」

「乗ったら逆方向だろ。この屋敷に山査子は東にある。獅子は西を向いている。『獅子が背に』は『獅子を背中にして』と意味は取れなくない」

「そうだけど」

 まあ、彼の言う通り動いてみる。

 三人で獅子の後ろに立つ。

「前半にずっと囚われていたあんたにしてみたら、拍子抜けなんだろうが、カサンドラは言うほどこれに謎を付けてはない。普通にたどればいいんだ」

 その普通がわからなくて散々悩んでいたのだ。

「さっき薔薇がどうのと言ってたし、一応余計な人間が来ないようにとは考えていたのかな。逆にたどる発想が出て来なければ、獅子の背に乗って、薔薇の方向を向いてしまうだろうから」

「私はまんまとカサンドラの計略にはまっていたってことね」

「その通り。さっきから鋭いな」

 全然嬉しくない。

 だから先を行く。

 後ろから魔法使いが笑いながら付いてきた。途中でべちんと派手な音がして黙ったから、ク・ルゥに鼻っ面を叩かれたのだろう。いい気味だ。


 ――遠くに見ゆるはふぞろいのこびとの群れ

 ――祝宴の声を背に吹きすさぶ赤の丘へ


「こびとの群れって?」

 この流れでは完全に『ヴァルヴァナス・サーガ』は関係ない。つまり、こびとも、赤い丘もメグが見当をつけていたものではない。

「あんたらのことじゃないか?」

「……私たちがこびとなの?」

「長生きする魔法使いから見れば、短い命を精一杯生きているこびとたち。『遠くに見ゆる』とあるし、やっぱり目的地は少し離れた場所にあるんだな」

 山査子を越えて、東の橋、エウロスを渡る。そのとき、昨日ここを渡るカサンドラを思い出した。

「そう言えば、彼女こっちにお気に入りの場所があるって、サイモンさんが言ってた」

「当たりだな。なんだ、君は最初から答えを知ってたんじゃないか」

「だって……」

 屋敷を出てしまうとは思いもよらなかったから。

 確かに、カサンドラは屋敷の中とか、敷地内という言い方はしていない。詩が示す場所を探せと、メグたちをけしかけた。

 橋の向こうは一本道だ。辛うじて踏みしめられた、気を抜けば見失いそうな道を行く。

「赤い丘ってなんだろうね」

「さあ。行ってみればわかるだろう。『吹きすさぶ赤の丘』か。風でも吹いてるかな」

 風と言えば夜の息とあった。先ほどキィから言われたことを照らし合わせば、死の息となる。


 ――冬の大地へ額ずく女王

 ――望み手に入れたその闇を

 ――羨む者は多かろう

 ――悲しまぬ者は少なかろう

 ――夜の息は風伝い

 ――凍れる騎士をいざなわむ


「ねえ、魔法使いは死を望むの?」

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