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『ハーメルンの速記男』

作者: 成城速記部

 ハーメルンという町は、ネズミの大繁殖に悩まされていました。衛生状況がよくなかったわけですね。

 町の人々は、ネズミ取りをしかけましたが、小さな子供が痛い目に遭ってしまうことが問題となりました。

 毒入り団子も同様でした。ネズミを捕まえるために、子供が犠牲になるのは割に合いません。

 猫を飼ってみましたが、えさを与えないと働きません。でも、えさを与えると、ネズミなんかとらずに寝てばかりいるのです。

 町の人は困ってしまいました。

 そんなところへ、一人の速記者があらわれました。速記者ですから、身なりもよく、男前でした。間違いありません。

 速記者は、町の人たちに言います。私が速記の力で、ネズミを退治してあげましょう。お礼として、プレスマン千本でどうでしょう。

 ありがたい申し出でしたが、プレスマンといえば宝物です。この町のプレスマンを全部集めて、ようやく千本になるかというところでした。武蔵坊弁慶もびっくりな申し出です。

 本当にネズミを退治してくれるなら、仕方がないのではないかという意見を述べた人の多くは、プレスマンを持っていない人でした。プレスマンを持っている人は、おおむね反対でした。

 しかし、このままネズミがふえると、そのプレスマンだってかじられかねません。

 とりあえず、成功報酬ならば、プレスマン千本で手を打とうという多数決がなされました。便利ですよね、多数決。

 その旨が、町の代表から速記者に伝えられますと、速記者は早速動き出しました。

 速記者が、誰も見たことがないような短い横笛を取り出して、吹き始めますと、町中からネズミが集まってきました。フナムシみたいな、粘菌みたいな、おぞましい光景です。もっと続けたいのですが、おぞましいので、やめておきます。王蟲の群れみたいな…、やめておきます。

 ちなみに、この笛というのが、どうも、プレスマンでつくったお手製のようなのです。そこは速記者ですからね。しっかりしたものです。

 速記者は、笛を吹きながら、川辺に行きますと、曲調を変えました。するとどうでしょう。おびただしい数のネズミたちが、川に飛び込んでいくのです。溺れ死んだネズミで、川面がネズミ色になりました。おぞましいです。

 町の人は喜びました。何年も悩まされたネズミが、うそのように消えたのです。

 川から戻ってきた速記者は、町の代表に、報酬の支払いを求めました。

 町の人は、現実に引き戻されます。再度話し合いが行われ、今度は、プレスマン千本の報酬を支払わない多数決が行われました。便利ですよね、多数決。絵にかいたような衆愚政治です。ま、どこででもよく見る光景ですが。

 速記者は、やれやれまたか、どこの町の連中も同じだ、強欲な連中というのは本当にたちが悪い、という表情で、それが皆さんの結論なら、それで結構です、私は勝手に報酬をいただきます、と言って、どこへともなく去っていきました。

 町の人は、今度こそ大喜びです。報酬を払わずに、ネズミを退治してもらえたのですから。広場で、歌えや踊れやの宴が催されました。もちろん、大切なプレスマンは、金庫にしまってから、歌って踊りました。勝手に報酬をいただかれては困りますので。

 深夜。宴が終わって静まり返る町に、笛の音が響きました。夜中に聞く笛の音は、どことなく気味悪いものです。

 気味悪いだけならいいのですが、子供たちが目を覚ましてきて、出かけようとするのです。

 どこへ行くのか尋ねても、何も答えません。羽交い締めにした親は弾き飛ばされました。笑わせようとした親は無視されました。

 町中から子供たちが集まってきます。プレスマンを手に持っている子供もいます。内部の事情に詳しい者の犯行というやつです。

 ちょうど月の出ていない夜でした。子供たちがどこへ行ってしまったのか、誰もはっきりとは見ていません。翌朝になって、子供たちは、ネズミと同じように、川で溺れ死んだのだといって泣き崩れる者もいましたが、速記者が、別の町に連れていって、速記を教えているのだといって、プレスマンが持ち去られたことを強引に合理化しようとする者もいました。

 どちらの説が正しいのか、それとも全然違うことが起きたのか、今となっては誰にもわかりません。



教訓:この速記者は、ハーメルンの人じゃないから、ハーメルンのって呼ぶのはおかしいと思うんですよ。

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