霊能探偵は働かない
いいの?と少年幽霊が視線で問う。
いいんだよ、とホムラは適当に言葉を返す。
少女の幽霊が霊能探偵事務所を訪れてから、二日。ホムラは少女の頼みを受けて行動する――ことなく、だらしなくソファに体を預けて読書に励んでいた。
テーブルの上に積み重なるは、読み終えた六冊の本。七冊目を読みふけるホムラに、じっとりとした少年の視線が注がれる。
不快な感情の乗ったうっとうしい視線を受け続けたホムラが、本から視線を外して少年をにらむ。
バチバチと火花が散る。互いに一歩も引かないホムラと少年だったが、そんなホムラの視界を、別の存在が遮った。
上から視界に飛び込んできた少女幽霊は、早く早く、とホムラを急かす。
チッと舌打ちして、ホムラは再び視線を本へと戻し――本に突き刺さるようにして現れた白い手が、ホムラの視界を遮る。わずかに透き通った、幽霊の手。小さな少女の手はぐーぱーと本の中で動き続け、ホムラの読書の邪魔をする。
ごろりと、寝そべって。
けれど少女はすぐに本へと手を差し込んで、ホムラの読書を妨害する。
格闘を続ける両者。ホムラの眉間に青筋が差し、だんだん楽しくなってきた少女の顔には喜色のにじむ笑みが浮かぶ。人とかかわることができ、自分の行動に人が反応を見せてくれる――それがうれしくてたまらないといった様子だった。
「邪魔するんじゃねぇよ」
どすの聞いた声に、少女の表情が凍り付く。涙目になって恐怖に体を震わせる少女は、けれど懸命にホムラの読書の妨害を続ける。ホムラは、少女に有効な攻撃手段を持っていないから。だから、うっとうしくなって依頼を受けてもらうまで辞めないぞと、涙を湛えた目で少女はホムラをにらんだ。
何が起こっているのかをホムラの言葉で察した少年は、困ったように微笑を浮かべてくるくると空中を回転した。
「大体、依頼をしたいっつうんなら金を持って来いよ。こっちは慈善事業をやってるわけじゃねぇんだぞ。依頼金だ、依頼金。それがありゃあ幽霊だろうが何だろうが依頼を受けてやるよ」
だから金のねぇ奴は来るんじゃねぇと、そう吐き捨ててホムラは読書に戻る。
邪魔が入る。
格闘の末、やっぱりまたホムラが少女を一喝して、けれど少女は妨害をやめない。
一方的に攻撃を受け続ける中、やってられるかと吐き捨てたホムラは、財布やら携帯やらをポケットに突っ込んで事務所を出た。
二人の幽霊は少しだけ迷った後、ホムラを追わずに少しだけそっとしておくことに決めた。
部屋の中で、二人は何となく互いの存在を探して漂う。この家に、自分と同じ幽霊がいるはず――まるで宝探しのような気分で、二人は様々なものに顔を突き刺して、壁を越えて部屋を渡り、相手の姿を探し始めた。
けれど、見つからない。
早くも諦めた少年は、ホムラと一緒にでかけてしまったかもしれないしね、と自分に言い聞かせながらぼんやりと窓の外を眺めた。
一方、少女は誰もいない事務所の中で、泣きそうになりながら人影を探していた。
ホムラが、いない。自分のことを見てくれるホムラが、ここにはいない。自分と同じ幽霊だって、ここにはいない。
少女は、一人だった。
これまで心を満たしていた思いが、あたたかな気持ちが、急速に冷えていくのを感じた。
少女は、焦る。心が、冷えていく。
会いたい。話したい。反応してほしい。わたしを見てほしい。
けれど、ここに少女を見てくれる存在はいなかった。
寂しくて、つらくて、苦しくて、どうにかなってしまいそうだった。
少女は、泣きながらホムラを探す。
出ていったばかりのホムラは、見つからない。
少女は、探す。
探して、探して、探して、探して、探して、見つからなくて。
ザザ――ノイズが走ったような音が、世界に響いた。あるいはそれは、空間の、世界の叫び。
『あは』
ぽっかりと、心に穴が開いて。
そうして少女は、笑った。
空虚な笑み。
黒い瞳が揺らぐ。虹彩の輪郭が曖昧になり、そして、白目を黒が飲み込んでいく。
ゆらりと、風もないのに少女の長い真っすぐな黒髪が揺れる。
目が、まるで奈落を映したように一面の漆黒に囚われる。
そして、少年の目に、少女の姿が映る。
え、と呆然と口を開いたまま、少年は突如としてそこに現れた少女のことを見つめた。
足のない、自分と同じ死装束の少女。腰まである長い黒髪が揺れる。漆黒の目、のっぺりと張り付いた中身のない笑み。
あは――少女が、笑う。その声が、幽霊のはずの彼女の声が、少年の耳朶を震わせる。
呆然と、少年は手を伸ばす。
ゆっくりと、少女の視線が動き、少年の体に焦点が合う。
目が、合った――
その次の瞬間、少年幽霊の視界は闇に飲まれた。
ぞわりと、背筋に悪寒が走って。
ホムラは視線を上げた。
体に巣食っていた怒りは、一瞬にしてどこかに消えていた。
嫌な予感がした。不吉さを感じるどす黒い空が、そこにあった。
ぽつりと、ホムラの鼻先に水滴が落ちる。
ぽつり、ぽつり、ぽつり――降り始めた雨が、ホムラの髪を、肩を、路面を、濡らしていく。
雨足は瞬く間に強くなっていく。
降りしきる雨の中、ホムラは無意識のうちに走り出していた。
全身が小さく震えていた。まるで子どものころの恐怖が呼び起こされたように、ぎゅっと心臓が握られるような痛みを覚えた。
雨に煙る街の先に、白い女の影が見えた気がした。
かすむ世界の先に、悪寒の先に、彼女がいる――傘もささずに走るホムラは、一直線に自宅兼事務所へと舞い戻った。




