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エピローグ そして幕は下り、されど霊能探偵の舞台は続く

最終話です。

「……体に問題はないんだよね?」


 人気のない喫茶店のカウンターにて、ホムラの腕をとって真剣に見つめていたハクトが顔を上げる。

 もういいと、とホムラが腕をひっこめる。男にべたべたと触られてうれしいと思うような性癖はホムラにはなかった。


 依頼主の女性を駅まで送り届けてから、ホムラは半強制的にハクトにつれられて、ハクトのバイト先である喫茶店へと足を運んでいた。

 やや薄暗い喫茶店は、昼間とは違った姿を見せていた。特徴的なのは、テーブル席の一つに座り、瓶にじかに口をつけて酒をラッパ飲みしている初見の女の姿があったこと。

 ひどく酒の匂いが充満したその中で、少年精霊がじっと女のことを見つめていた。


「問題はない」


「よかった。本当に、どうなることかと思ったんだよ?場合によってはホムラさんを討伐するなんて事態になりかねなかったわけだし……ホムラさんって、もう少し後先考えて動くタイプだと思ってたよ」


 ハクトにそう言われて、はて、とホムラは水の入ったグラス片手に自分の人生を振り返った。妖魔女王に遭遇するまでは、ありふれた平凡な人間だったように思えた。両親が殺された一件のインパクトが強すぎて、生まれ変わったように性格が変わって。それからホムラは、ただ一直線に妖魔女王を探し続けて生きてきた。復讐という芯のために人生のすべてを捨てるような生き方をしてきたのがホムラという人間で。

 自嘲めいた笑みを口の端に浮かべたホムラが、水を一口飲む。

 カラン、とグラスの中で氷が揺れて、澄んだ音を響かせた。


「それで、わざわざ俺を連れてきた要件はそれだけか?」


 だったらさっさと帰らせてもらいたいんだが、とホムラはやや鋭い目でハクトをにらむ。

 ハクトが、少しだけ困ったように顔をゆがめて首を振る。その次には真剣な表情に――神といわれても納得できるような顔で、どこまでもまっすぐな目で、ハクトはホムラと目を合わせた。

 そして、ハクトは語りだした。妖魔女王を倒してからの自分の行動を。捕らえた人面犬を調べた結果、妖魔女王は自分の力を他者に分け与える実験をしていたらしいことが判明。さらに各地にその実験の被検体と思しき様々な存在が――妖だけでなく無機物や小動物――がいたこと。そしてそれらの存在は妖魔女王の力を受け継いで妖あるいは、生きる者に害をなす妖怪になっていた。


「……つまり、妖魔女王は昔から自分の力を他者に与える方法を研究していたってことか」


 掌を見下ろしながらホムラがつぶやく。その目は、幽霊に触れることも可能になってしまった自分の肉体の異様さを見抜くように鋭く細められていた。


「うん。それで、その最高傑作であり最後の手段が、あの石碑に宿っていた妖魔女王をなす力のすべてに指向性を持たせて、その力をあらゆる存在に宿す技だったみたいなんだ。そして、その力の破片の一つが宿ったのがあの男の人だった」


「深見の野郎のような奴が、今後他にも出てくる可能性があるってことか」


 嫌なことを聞いたと、ホムラは盛大に顔をしかめる。じっと見下ろしたグラスの水面には橙色の照明の光が反射するばかりだった。もしも今自分の顔を見ることができたらきっとひどい表情だろうなと思い、ホムラは苦笑した。


「で、その話が俺とどうつながる?」


「ホムラさんは、妖魔女王の力をすべてこの世界から排除したいと思わない?妖魔女王の力によって、第二第三の自分が――大切な者を奪われてしまう人が出ないようにしたいと、そう思わない?」


 ううん、言い方を変えるよ――そう言って、ハクトは体ごとホムラのほうへと向き、まっすぐにホムラを見ながら口を開いた。


「協力をしてもらいたいんだ。あるいは、依頼でもいいよ。内容は、妖魔女王を引き継いだ存在たち……妖魔とでも呼ぼうかな。彼らを見つけ出して、僕に報告すること。そして、僕が妖魔たちから女王の力を取り去り、消し飛ばすよ」


 妖魔を見つけ出し、ハクトが祓う。正確には力として機能しないほどに世界に分散させる形だが、それによって妖魔女王の残した悪意の力が今度こそ世界から消えてなくなるということに違いはなかった。

 ハクトから視線をそむけたホムラが、空中でくるくると回っていた少年精霊を見る。それから目をつぶって、これまでかかわってきた様々な存在のことを思い出す。

 目を開く。そこには疑うということを知らない、無垢な心と瞳を持った神の姿があって。

 覚悟を決めて、口を開いた。


「……条件がある」


 わかってる、というようにハクトが頷く。


「条件は俺の霊視……霊能力を消す方法を探すことだ。俺のこの力は、普通の方法では消せないんだろ?」


「探したとしても、そもそも方法が存在しないかもしれないよ?」


 その時はその時だ――そう言って、ホムラは笑った。


「行くぞ」


「わかった!」


 ふわふわと漂っていた少年精霊が地面に降り立ち、その両足で歩き始める。

 まるで人間だな――そう思いながらも、ホムラは悪い気がしなかった。


「これからもよろしくな……あー、名前がないんだったか?」


「うん!ひょっとして、名前をつけてくれるの?」


「別に自分で考えればよくないか?」


 嫌だホムラに名付けてもらう――駄々っ子のように手足をばたつかせる少年を見ながら苦笑したホムラが、あごに手を当てて思索にふける。

 それから顔を上げて、にやりと頬を吊り上げて笑った。

 拳を伸ばす。


「よろしくな、クロハ助手」


 ハクトの名前を思い浮かべながらそう告げたホムラに、少年精霊、改めクロハは楽しそうに笑った。

 まるでペットに名付けをするみたいだ――黒目黒髪だから黒というような安直な名前じゃないかと思いつつ、ハクトは黙って二人を見ていた。


 こつん、と拳を突き付けて、ホムラとクロハは喫茶店を後にする。

 並ぶ二つの背中を、ハクトは楽しそうに、少しだけ眩しそうに見つめていた。





 霊能探偵ホムラと、その助手クロハの戦い、あるいは仕事は続いていく。

 妖魔女王の力のかけらを宿した妖魔たちを滅ぼすまで、そして、ホムラが霊能力を失うその時まで。


 生者と言葉を交わせない死者の思いを代弁し、心残りを晴らしながら、ホムラは未来に向かって歩き続ける。

拙作を最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。


他にもいくつか作品を投稿していますので、よろしければそちらもどうぞお読みください。

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