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人間と神と幽霊と

 血だまりに倒れていたハクトの目がホムラの姿を捉える。恥ずかしげに頬を赤らめたハクトが視線をさまよわせ、自分が抱き合っているユキメへと向き合う。なぁに、とユキメが微笑を浮かべる。うん、と一言つぶやいてハクトはぐいとユキメの体を押した。

 離れろと、そういわれたようでユキメの顔が絶望に染まる。ハクトが、いなくなってしまう――絶望のまま、ユキメは離さないとばかりにハクトの体を強く抱きしめた。

 求められていることがうれしくて、けれどそれ以上にホムラと少年幽霊の視線が恥ずかしくて、ハクトはぐるぐると目を回しながら「見られてるよ」とユキメにささやいた。


「見られて、る……?」


 どこかぼんやりとその言葉を繰り返したユキメが、ハクトの視線を追ってその先を見る。そこに、困ったように立ち尽くすホムラと、両手で目を隠しながら開いた指の間からちらちらとこちらを見る少年幽霊の姿が目に入った。

 あ、とつぶやいて。ユキメはしずしずとハクトを抱く腕から力を抜いて立ち上がった。


「「「…………」」」


 なんとも居心地が悪い空気が広がっていた。

 ホムラは無意識のうちに胸ポケットへと手を伸ばした。けれど、その手は何もつかむことなく空振りして、ようやくホムラは自分の行動を認識した。ポケットの中を真上からのぞき込む。そこには、ずっと入れっぱなしになっていたはずの煙草とライターはなかった。

 怪物となり果てた少女幽霊との激闘の中で失ってからそのままになっていたことに気づいて、ホムラは顔をゆがめる。別に煙草が好きというわけではなかったが、今この時は無性にあの体に悪い煙を吸いたかった。

 そんなホムラの百面相を不思議そうに見ていたハクトが勢いよく視線を動かす。

 気づけば空を切り裂く髪の音が聞こえなくなっていた。

 4者の視線の先には、だらりと長い髪を地面に広げて立ち尽くす妖魔女王の姿があった。その口からぼそぼそと小さな言葉が響いていた。まるで呪詛のように、その言葉が嫌な空気を生み出し、周囲へと広げていく。

 幻惑の術が破られていることにユキメが気づいた。もう一度術を発動しようと、ユキメが集中して――その手を、強い力でハクトがつかんだ。


「どうしたの?」


 ハクトは、答えない。ただ真剣な目で、妖魔女王をにらんでいた。その額を、一筋の汗が流れていった。


「……ない」


 何が、とユキメもホムラもそう問いたかった。けれど、どこまでも深刻そうに顔をゆがめるハクトを前に、言葉が出なかった。

 そんな二人の視線に気づいたハクトが、妖魔女王をにらんだままつばでのどを湿らせて話し出す。


「妖気……邪気とでもいったほうがいいかな?それがないんだよ」


「つまり、どういうことだ?」


 明らかな説明不足に、ホムラが眉を顰める。わかりやすく話せと、そう圧をかけるホムラの言葉に、ハクトは小さく肩をすくめる。


「今の妖魔女王は、彼女は、妖怪じゃない。幽霊でもない。限りなく人に近い……もはや人といってもいい存在だよ」


 ハクトの言葉を、かみ砕く。妖怪とやらの条件らしい妖気、それを妖魔女王が持っていなくて、そして今の女は人間だという。

 視線を、ハクトから女へとずらす。長い髪を周囲に広げる女の顔は、黒髪に隠れて見えない。けれど、その奥で女がにやりと笑った気がした。


「………は?」


 自然と、ホムラの口からそんな声が出た。目の前の妖魔女王が「人間」とは、ホムラには認められなかった。それなのに、ハクトが確かだよと断言する。

 妖魔女王は、ホムラの両親を殺した化け物だ。そんな妖魔女王が人間であるものかと、髪の毛を自由に伸ばして操ることができる人間なんていてたまるかと、そう思って。

 けれどにらむ先に立ち尽くす妖魔女王の髪は風に吹かれて少しだけ揺れるばかりで、先ほどのように自由自在に空間を走ることはなかった。


「あいつが人間かどうかはどうでもいい……というか人間じゃないだろ。で、限りなく人間に近い、っていうのがどう問題なんだ」


「そう、ほぼ人間といっていい存在なんだよ。そして、僕やユキメは、人間に手を出しちゃいけない。それは神と妖が人間社会に紛れて生きていく上での絶対遵守のルールなんだよ」


「……あいつは人間を殺した化け物だろ」


 今にもつかみかからん形相で、その怒りのあまり声を震わせながらホムラがハクトの背中をにらむ。ハクトは背後のホムラをちらりと一瞥して苦笑を浮かべる。その顔は、ひどくすすけて見えた。

 無理だよ、というようにハクトが首を振る。


「確かに妖魔女王は排除すべき『妖怪』に定められた存在だよ。でも、たとえ元妖怪で会っても、人間になった時点で彼女を裁くのは僕たちじゃなくて人間なんだよ。僕もユキメも、邪神や妖怪として扱われたくはないからね」


 くそが、と吐き捨てて、それからホムラは、強烈な怒気の中でかろうじて残っていたまともな思考で考え、気づく。

 ハクトは、人間が裁くべきだといった。人間社会ではなく、人間が、だ。

 ハクトを見る。その背中は何も語らない。ホムラには妖魔女王を裁く権利があるとは、一言も言葉にはしていない。

 けれど、それで十分だった。ホムラは、このまま妖魔女王を逃がすつもりも、今更彼女を警察に捕えさせるつもりもなかった。いつ再び怪物として君臨して、警察官を殺害などして罪を重ねるかもわからない。

 ここで、消す――そう決意して、ホムラが一歩前へと踏み出した。


「直接手出しはできないけど、少しは協力するよ」


 そういいながら、横を通り過ぎていくホムラと少年幽霊の方にハクトの手が触れる。そこから熱いものが流れ込む。

 まるで生まれ変わったように、視界がクリアになった。葉が揺れるすべての動きが、梢のざわめきに紛れたわずかな衣擦れの音が、すべて頭に入ってきた。それでいて、そのすべての情報がすんなりと脳内で消化される。

 これが神の見ている世界かと、そんなことを思って。

 ハクトの加護を感じながら、ホムラは力強い一歩を踏み出した。


 日が沈む。枝葉が広がる森の、開けた一角。そこにも夜が訪れようとしていた。


 ぱしんと、手のひらに拳を打ち付けて、ホムラが笑う。


「覚悟はできてるんだろうな、妖魔女王?」


 どちらが悪者か分かったものではない悪魔じみた笑みを浮かべるホムラへと、妖魔女王が顔を上げる。その顔には、絶望や諦観といったマイナスの感情が張り付いていた。そんな顔に揺らぐほど、ホムラを突き動かす激情は軽いものではない。両親を殺されてから、ホムラはただの一日も妖魔女王のことを忘れたことはなかった。

 復讐こそが、ホムラの人生だった。それこそが、ホムラにとっての生き方だった。


 泣き落としが通用しないと感じたのか、妖魔女王の表情が一変する。その顔にあった悲しげな色は消え去り、燃え盛る怒気が顔をゆがめていく。目は吊り上がり、充血しながら爛々と輝き、眉は吊り上がり、口は犬歯をむき出しにしてへの字に曲がり、血が上った顔全体が赤くなっていく。

 バキ、と指を鳴らして、妖魔女王が髪を振り乱して走り出す。

 奇怪な声をあげながら、妖魔女王が拳をふるう。

 ホムラは、軽くステップを踏んで拳を避け、突撃してくる速度を利用して、女の顔面に拳を叩き込んだ。

 血しぶきが舞い散り、鼻をひん曲げた妖魔女王がさらに激怒する。

 獣のごとく両手を広げてホムラに襲い掛かる妖魔女王。そんなわかりきった攻撃など、ホムラに当たるはずもなかった。

 髪によって戦ってきた妖魔女王は、その主力である髪を、力を捨てた。

 対してホムラは、妖魔女王を倒すために鍛えてきていた。

 その差は、歴然だった。先ほどの妖魔女王とハクトの戦い以上に、一方的に進んだ。

 妖魔女王はホムラの拳や足を受け、ダメージを負っていく。

 対するホムラは、拳が少しだけ赤くなる程度で、なんの怪我も負っていなかった。


 がむしゃらに突き出された拳は、見るに堪えない一撃だった。こんな存在のために自分はこれまでの人生を掛けてきたのか――ホムラの心に燃え盛っていた怒りと復讐心は、あっけなくしぼみつつあった。

 虚無が、心に広がっていった。代わりに、その無の中から、どうでもいい相手のために時間を使ってきたやるせなさが、怒りに転嫁して沸き起こった。

 拳をふるう。

 吹き飛ばされた妖魔女王の体が後方に吹き飛び、軽くバウンドする。その体が、地面から斜めに生えている石に――傾いた石碑にぶつかって止まった。

 妖魔女王は、もうピクリとも起き上がらなかった。髪で大部分が隠れた顔、見える一部はひどくはれ上がっていて、美貌も何もあったものではなかった。


 けれど、まだ。まだ妖魔女王は生きている。その体が、その存在が、人間のものかどうかなどホムラにはどうでもいいことだった。少なくともホムラにとって目の前の女は人間などではなく、自分の行動は人殺しではなかった。

 けれど、そうは思わない者がいた。あるいは、これ以上ホムラに拳をふるわせたくないと思う者が、ここにはいた。


 妖魔女王へと一歩を踏みだしたホムラの前に、手を広げた少年幽霊が現れる。行くなと、まるで妖魔女王をかばうように、少年はまっすぐにホムラを見つめていた。


「……邪魔だ。どけよ」


 どかない、と少年幽霊は首を横に振る。ホムラの顔が、まるでひび割れたようにゆがむ。怒りが、心の奥から吹き上がった。相棒と、そう思っていたのは間違いだったとホムラは思った。妖魔女王をかばおうとする者は、ホムラにとっては不俱戴天の敵だった。


「どけ」


 もう一度、鋭く睨みつけながらホムラが告げる。少年は、やっぱりホムラの前からどかない。

 本当は、足を止める必要なんてなかった。少年幽霊の体はホムラを阻む壁にはなりえないのだから。現世に干渉できない少年幽霊には、ホムラを止められない。そうわかっているはずなのに少年はホムラの前に立ちはだかり、ホムラは足を止めていた。

 風が吹き抜ける。それは、秋を思わせる涼しい風だった。

 気づけば世界は闇に包まれていて、そんな中でぼんやりと淡く光を帯びた少年幽霊の姿が浮かび上がっていた。

 その奥にいるはずの妖魔女王の姿は、見えない。ハクトの力で暗視能力を獲得していたホムラでも、光を帯びるハクトの背後にいる妖魔女王を見ることはかなわなかった。


「……どけよ、どいてくれよ」


 ホムラの足は、それ以上前には進まなかった。

 ホムラの体は、少年の体をすり抜けて前へと進むことを拒んでいた。

 なぜ――ホムラは考える。なぜ、自分は前に進まないのか。なぜ、少年は自分を止めるのか。

 少年の強い輝きを帯びた目が、決意に満ちた目が、答えを知っている気がした。その黒々とした目を、ホムラはじっと見つめた。






 少年は、これ以上ホムラに拳をふるってほしくなかった。これ以上、妖魔女王と戦ってほしくなかった。

 なぜなら、拳を振りぬくたびに、ホムラが泣きそうな顔をしていたから。苦しくて、痛くて、泣き出したい。そんな顔をしているように、少年の目には映った。

 一方的な戦いを見ながら、少年は考えていた。

 そうして、理解した。ホムラは、ただ、平穏に生きたかったのだと。幸せで、ありたかったのだと。

 失った温かな家族を心の中で求め、幸せな日常を渇望し、けれどそんな自分の思いから、目を逸らし続けていたのではないかと。強烈な復讐心が、復讐しなければならないという強迫観念が、ホムラに平穏を許してくれなかったのではないかと、思って。

 そんなのは悲しすぎると、少年は思った。ひどいと思った。どうしてホムラばかりがそんなに苦しまなくてはならないのかと、神を――ハクトではない幻想の中の神を――憎んだ。

 だから、少年はホムラを止めたかった。

 妖魔女王を傷つけて、倒して、その先にある未来をつかんで、それでどうするというのか。その先に、ホムラが心の中で求めている未来はない気がした。妖魔女王への復讐を完遂してしまえば、復讐することは正しかったのだと思ってしまって、これからも同じように苦難の道を――幽霊たちとかかわりながら、両親の死を思い出しつつ苦しい道を歩いていくのではないかと、そう思った。

 だから少年は、ホムラが誤解を抱くだろうことを予想しながら、ホムラの前に立ちはだかる。ホムラに、立ち止まってもらうために。その心にある、本当の想いに気づいてもらうために。

 多分、ホムラはもう気づいている。復讐なんて、むなしいだけだと。だから、ホムラは止まっていて、さらなる一歩を踏み出すことはなかった――はずだった。







 少年は、理解していなかった。

 ホムラの復讐心の強さを。それしかなくなったホムラが、がむしゃらに足掻いてきたその軌跡を、いつだって脳裏に浮かぶ両親の死の瞬間が与える苦しみを、正しく把握できていなかった。

 ホムラにとって、復讐は正義だ。妖魔女王をこの世界から消すというのは、ホムラに与えられた宿命で、ホムラが選び取った使命だった。

 だから、ホムラは止まらない。止まるわけにはいかなかった。

 もう二度と、自分たちのように妖魔女王に傷つけられる者を生まないために、ホムラは少年幽霊へと一歩を踏み出した。

 その指先が、少年幽霊の体に触れ、透過する。少年には、ホムラを止められない。

 ホムラの胴体が、少年をすり抜ける。そして、少年を背後に置き去りにして、ホムラは歩いていく。

 少年が、泣きそうな顔で振り返る。倒れる妖魔女王へと近づいていくホムラの背には、覚悟があった。自分の人生を棒に振ったとしても、妖魔女王は確実にこの手で消すという、悲痛な覚悟が。

 手を伸ばす。ほんの少し輝きを帯びた幽霊らしい手が、ホムラへと伸びる。

 その手は何もつかめない。その手は、何にも届かない。それでも、ホムラを止めたくて、ホムラの役に立ちたくて、少年は必死に手を伸ばして――


 うなだれていた妖魔女王の口元が、ゆるりと吊り上がるのを少年は見た。ホムラは、それに気づいていない。

 ドクン――ありもしない心臓が強く鼓動を気づいた気がした。汗腺もないのに全身から冷汗が噴出した気がした。

 恐怖と、焦りが、少年の体を突き動かした。

 手を伸ばした格好のまま、少年はさらに前へ、ホムラの前へと、飛び出す。

 その体が、ホムラをすり抜けて前へと進んで。


 妖魔女王が、握りしめた拳を石碑の真ん中へと叩きつける。

 いともたやすくひび割れた石碑の奥に、漆黒が顔をのぞかせた。

 闇が、世界に広がる。


 そして、ホムラを背にかばうような形で、少年幽霊は闇を食い止めるために手を伸ばした。


「ッ⁉」


 誰かが息をのむ音がした。ホムラか、ハクトか、ユキメか。

 それが誰なのかなんて思考は、一瞬にして少年幽霊の意識の中から消えていった。

 伸ばした手を、反対の手で支える。迫る闇からホムラを守るべく、自分の中にあるありったけの力を手のひらから飛ばす。漆黒の闇に、その力をぶつけて、はじく。

 体の中にあった熱が、ハクトの祝福が少年を支える。力があふれた。ホムラを守るための力が、確かにその手の中にあった。


「やあああああああああッ」


 喉を壊さんばかりに、少年は力を振り絞って声を上げた。不思議と、その声は少年の耳朶を揺さぶり、そしてホムラにも届いているような気がした。


「お前……」


 呆然としたホムラの声が聞こえた気がした。

 大丈夫だよ――そう言おうとして、圧の増した漆黒の濁流を何とか食い止めるために、少年は防御に集中した。

 押し負けると、そう感じた。たかが一幽霊が、たとえ高位の神の力に力を貸してもらったとしても妖魔女王に勝てるとは思っていなかった。

 それは、わかっていた。けれどホムラを救うために、少年は身を粉にして抗い続ける。

 腕の先が、闇にのまれた。食い止めきれないと思った。

 早く逃げてと、心の中で祈った。早く、ホムラが逃げてくれますように。早く、ホムラのことをハクトが救ってくれますように――


 手が、重なった。細くて、けれどよく見るとしっかり筋肉のついた成人男性の手。その手が、まるで少年の手に寄り添うように伸びていた。

 少年を抱きかかえるように、ホムラが闇へと手を伸ばしていた。その濁流の圧が、わずかに弱まった気がした。それはたぶん、ホムラが闇を支えているから。


「幽霊ごときに守られる気はねぇよ」


 そんな心にもないことを言いながら、ホムラが闇の奔流を押す。

 少年もまた、ホムラに背中を押されるように一歩前へと闇を押す。

 闇の圧を、ホムラと少年の力が上回る。

 必死に、押し続ける。前に、前に、ただひたすらに。


「おおおおおおおおおおおおッ」


 押して、押して、押して。

 そうして、ホムラと少年は、妖魔女王の最後の一手であった闇の奔流に抗い、その濁流を上空へと吹き飛ばした。

 月や星の光さえ飲み込む虚無のごとき闇の柱が、空へと立ち上る。それは、ホムラと少年が食い止め、ハクトとユキメが周囲へと広がっていかないようにサポートした結果だった。

 果たして、鼬の最後っ屁であった闇は空へと消えていき、そして、はるか上空で、弾けた。

 美しい星の海を切り裂くように、無数に枝分かれした闇が流れていく。

 その光景を呆然と眺めながら、ホムラは緊張が切れたように座り込んだ。


「大丈夫⁉」


 少年幽霊が駆け寄る。ぼんやりと顔を上げたホムラが、焦りをにじませる少年幽霊をまじまじと見つめて、首をかしげる。


「お前、なんで声話せてんだ?俺の耳がおかしくなったか?」


 え?と少年が首をかしげる。その声も、衣擦れの音も、ホムラの耳にしっかりと届いていた。ハクトの力によるものか、あるいは最後の闇の攻撃によるものか――そこまで考えて、ホムラははっと現実を思い出した。


「あいつはどこだ⁉」


 慌てたホムラが、石碑を割って最終手段らしきものに打って出た妖魔女王の姿を探して首を巡らせる。先ほどの防御で力を出し切ったのか、体を包み込んでいたハクトの力の大部分が失われていて、目は闇に包まれた世界を見通すことはできなかった。

 だからホムラは悲鳴を上げる体に鞭打って立ち上がる。

 その先、妖魔女王がいた場所へ、石碑があったそこへ、ホムラは進む。


 そこには、じっと一点を見つめるハクトとユキメ、それから二人の視線にさらされる、消えゆく妖魔女王の姿があった。


「まさか、逃げるのか⁉」


 体が霧と化していく妖魔女王をにらみ、ホムラが一歩を踏み出す。その動きを、ハクトの手が腕を握ることで止めた。

 何をするんだと、ホムラがにらむ。ハクトは無言で首を振る。


「彼女はもう、消滅するよ。さっきの一撃で、彼女の核、あるいは本体といえた石碑が壊れてしまったからね」


 ハクトの言葉は、ホムラの耳を右から左へと通り抜けていった。けれど、引っかかったわずかな言葉が、消滅という単語が、ホムラの魂を揺さぶった。

 ぐるりと首を巡らす。妖魔女王を、にらみつける。その体はもう、三分の一ほどが闇に溶けて消えて行っていた。

 真っ黒な、虚無のような黒の粒子となって、体が消えていく。そんな状況で、妖魔女王は不思議と笑っていた。


「私は不滅よ。人間がいる限り、私は消えてなくならない。世界に散った私のかけらが、きっとお前たちを破滅させるわ」


 ギラギラと狂気に光る妖魔女王の目をにらみながら、ホムラは不敵に笑って見せる。


「なめんなよ。神に妖、幽霊、そして霊能探偵のこの俺が、お前の破片ごときに遅れをとるわけないだろ」


 だからお前の再起なんてかなわねぇよ――そう吐き捨てるように告げたホムラの言葉に、妖魔女王は笑って。

 そして、その体のすべてが、塵となる。

 舞い上がった漆黒の塵が、溶けるように世界に消えていく。


 空を見上げる。そこには、満天の星が広がっていた。それはかつて、家族三人で見るはずの美しい天の川だった。そこに、誰かの笑顔が見えた気がした。


「……くそ」


 頬を伝う涙を袖で拭いながら、ホムラはにらむように空を見つめ続けた。

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