神様とお仕事
少年がこれと決めたテレビを即決で購入、運搬を依頼したホムラはまだ高い日差しを手のひらに透かしながらにらんだ。
降りつける日射と、猛暑。風はひどく湿気を帯びていて、店から一歩外に出れば汗がにじんだ。もっと涼しくなってから家を出るべきだったと後悔したのは後の祭り。汗をかいたまま家電量販店の冷房で冷えたせいか、どうにも体がだるかった。
さっさと帰るかと軒下から出る決断をしたところで、再び腹が鳴った。途端に、体から力が抜けた。
そういえば今日は昼を食べていなかったと思い出した。普段も読書に集中していればよく食事を忘れるとはいえ炎天下をこれだけ歩いているのに水分補給すらしていないという状況は深刻だった。
そう意識してしまえば、急速に視界が暗くなった気がした。かつて経験した脱水症状手前の状態を感じて、ホムラは少し慌てて水分補給を求めて屍のようにふらふらと歩き出した。
慣れない道のせいか自販機は見つからず、目に入った一軒のコンビニはサラリーマンと思しき男たちが涼を取ろうとしてか満員電車のごとくすし詰めになっていたため断念した。
そうして、足の赴くままに歩を進めたホムラは、目についた一軒の喫茶店に滑り込んだ。
扉の先から吹きつけるひんやりとした風が一瞬でホムラの体から熱を奪っていった。そして、その風に乗ったわずかな獣臭さ。
ぼんやりと目を開けば、こちらに颯爽と近づいて来る人影が、一つ。
その顔に見覚えがあって、ん、とホムラは小さく首を傾げた。
「いらっしゃいませ……ってああ、ホムラさん?」
この暑い中真っ黒なベストを着た喫茶店のマスターのような服装をした青年――神を自称するハクトがホムラを出迎えた。
びくりと肩を跳ねさせた少年幽霊が、隠れるようにホムラの背中に張り付いた。
「……ハクト、だったか?」
覚えていてくれたんだ、と嬉しそうに笑うハクトの顔を穴が開くほどに見つめて、首を傾げる。コイツは神を自称してはいなかったか、と。それから、なんとはなしに周囲へと目を向けて、息を飲んだ。
そこに、巨大な蛇が――大蛇という言葉がふさわしい緑の爬虫類がいた。それから、奥には木の枝に止まるフクロウだかミミズクだかに、真っ白な毛並みの狐。
そんな動物園じみた目の前の光景を見ながら、ホムラは案内されるままにカウンターの椅子に腰を下ろした。
相変わらずホムラの体の影に隠れながら様子をうかがっている幽霊に、ハクトが手を振る。怯えたように体を縮こまらせた少年が、ホムラの体にすっぽりと身を隠す。
「ハクト君の友人かな?」
カウンターの中でグラスを磨いていた老年の渋い男が、優し気に目尻を下げてハクトに声をかけた。多分、この喫茶店の店主だろう男の長い銀髪がふわりと揺れた。
「友人……うーん、依頼相手とか、共闘者とか、そんな感じかな」
「ふふっ、まだまだ若いですね。共闘者ですか。懐かしい響きですよ」
「過去に何をやってたら共闘者って言葉を懐かしく思うの?」
わたしにもいろいろあったのですよ――楽しそうに笑う老年の男がそこで会話を区切って、ホムラへと向き直る。
差し出されたメニューを見て、ホムラは適当に注文を入れる。それから、今は空いてるからという理由で休憩をかねて隣の席に座ったハクトを見て首を傾げた。
「神……じゃなかったのか?」
他にいる子連れの母とサラリーマン、念のために店主にも聞こえないようにひそめた声での問いに、ハクトはあっさりと頷いた。
頭痛がした。自分の価値観の根底が揺らいでいるような、理解できないものを見て脳が思考を放棄したがっているような感覚だった。
「あ、この店の人はみんな僕のことを知ってるから大丈夫だよ」
「……そうか。で、曲がりなりにも神を自称する奴がこんなところで何をしてんだよ?」
見てわからない?とハクトが尋ねる。
わかるかよ、と半ば現実逃避気味にホムラが言い返す。
「バイトだよ、バイト」
さもあっさりと告げられたその言葉は、目の前に座るハクトの外見からはさほど違和感はなかった。けれど、ハクトの言う神という単語には、全くもって合わない言葉だった。神が、バイト。店主でもなくただの雇われ。
いっそのこと神を否定してくれていれば良かったのにと、ホムラは眉間をもみほぐしながら八つ当たりのように思った。
「…………で、ここは何だ?まさか神が運営している喫茶店、とかいうんじゃないだろうな?」
「ここはアニマル喫茶テルセウスだよ。表は人間社会の中の平凡な喫茶店」
ちらりと視界の端に映った大蛇は全くもって平凡な喫茶店とは縁遠い存在だろうと、ホムラは心の中でツッコミを入れる。
「その裏は、妖たちによって運営される人間社会に慣れるための研修の場であり、妖同士に繋がりを与える憩いの場だよ」
「……妖?」
「そう、妖魔でも妖怪でも魔物でも怪異でもなく、妖。他者に危害を加えることなく、世界でひっそりと暮らす、生命からやや外れた者たちの総称、あるいは自称だよ」
「妖と神は違うってことか?幽霊とは?」
「神は世界の平定のために、力を持った妖が務める役職のことだね。偉い人の話だと、強大な力を持った強すぎる存在を『神』っていう型にはめることで制御するための名付けなんだって。それで、幽霊は妖の中の一種だね。ただ存在するだけの幽霊は妖。人に危害を加える害のある幽霊は妖怪に分類されるよ」
「……つまり、あそこで給仕をしてる女は妖……幽霊か何かってことか?」
お盆に乗せたティーセットを運んでいる黒髪の小柄な女性を顎で指し示すホムラに、ううん、とハクトは首を振る。
「シトラスなら猫又だよ。妖術っていう力を使って人に変身してるんだ。人化の術って言ってね。僕たち妖狐の得意分野である変化の術の一つを使って、ああやって人間社会に紛れて暮らしているんだよ」
ハクトの言葉は、ホムラにとっては晴天の霹靂だった。自分がこれまで人間だと思って来た存在が、実は超常の存在である神や妖だったかもしれない――その事実は、ホムラの心を強く揺さぶった。
現世に関われる超常的存在など害悪でしかないと、そんな考えでこれまでホムラは人に危害を加えることができる妖魔女王を探し出して排除することを求めて行動してきた。けれど、妖魔女王レベルの人間に干渉できる存在が世界にゴロゴロといるのだと知って、ホムラは自分の足元が揺れたような気がした。まるで、これまで立っていた常識という土台にひびが入り、崩れていくようだった。
少し青い顔をしたホムラが、店主が淹れたコーヒーに口をつけ、注文していた昔懐かしのナポリタンをほおばる。懐かしい、と言ってもメニューに「懐かしの」と接頭語のようについていただけで、ホムラにとっては初めての味だったが。
「美味しいでしょ。マスターは料理上手なんだよ」
言われなければ神だなどとはわからない顔でハクトが店主をほめる。少し恥ずかしそうに笑った銀髪の男が、ハクトにも小皿に乗せた甘味を提供する。
「それで、何の話だったかな」
「……この店が妖たちを従業員としていて、彼女が猫又だって話まで聞いたな」
「そうだね。うん、従業員って言ったけど、あそこでお客さんを楽しませているみんなも従業員で妖だよ。エメリーに、ミネルバ、それからユキメ」
「……ちょっと待て、まさかそれってあの大蛇にフクロウに――」
「ミミズクだよ」
「お、おお、ミミズクに、あの白い狐もか?」
ユキメ、という名前に聞き覚えがある気がして、ホムラは軽く記憶を浚った。そうして、多分前に病室でハクトと会ったときにハクト自身が告げた名前だと結論付けた。
「うん、僕のお嫁さんだよ」
「……なるほど?つまり彼女も神ってわけだ」
「神じゃないけど、まあ限りなく近いレベルの力を持ってるよ。僕も本気で戦ったら負けはしないけど勝てるとも思えないしね。特に本気で逃げに入られると大神でもユキメは捕まらないよ」
それほどか、と戦々恐々とした面持ちでホムラはふわふわとした毛皮が特徴的な狐のユキメへと視線を向けた。
鋭い、けれどどこか母性を感じさせる優しい目は、真っすぐにハクトへと向けられていた。
ユキメの視線に気づいたハクトがひらひらと手を振って返し、それから表情を引き締めて真っすぐにホムラと向き合った。
ホムラもまた、フォークを置いてハクトへと向き直った。
「……妖魔女王の調査は進んでる?」
「いいや。正直何から手を付けたらいいかもわからない状況だ。遭遇したこと自体三回しかないんだ。両親を殺された時と、つい最近二回。それも違う場所から現れたというか、まるでその場にあった力を遠隔操作して姿を作って見せたみたいな感じだったからな。あの女本体と会ったのは実質一度きりだ」
「……ごめんね」
「なんでお前が謝るんだよ。俺はあいつをこの世界から消したい。だからお前の協力要請を受け入れた。お前が気に病む点なんてどこにある?」
「それでも、この辺りを守護する神として申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。まあ当時の僕は神でもなんでもない存在だったんだろうけれどさ」
「……そうか」
そうだよ、とどこか寂しそうに告げるハクトを横目で見ながら、ホムラはコーヒーを啜った。
死を知っている顔だと思った。大切な人を失った者の顔。
かつて鏡の中に嫌というほど見た自分の顔に、そっくりだった気がした。
「というか、思っていたより妖魔女王との遭遇回数が少ないんだね。もっと因縁というか、こう運命の糸で強制的に結びついてしまったような関係かと思ったよ」
雰囲気を変えるようにことさら明るく告げるハクトに、ホムラは嫌そうに顔をしかめてみせる。かちん、とソーサーに置かれたカップが澄んだ音を鳴らした。
「神に運命について言及されると肝が冷えるな」
「なんで?いくら神様でも人の運命にそうやすやすと踏み込めないし、干渉だってできないよ。まあ、その手の術に長けたごく一部の神様だったらできるのかもしれないけど、そういう強い力を持った神様の方が面倒くさがりでわざわざ人間に干渉しようとしないからね」
「そんなもんか。……で、お前は何であれを追ってるんだ?共闘することになった以上もう少し話を聞いておきたいんだが」
「でも前に話した以上のことなんてほとんどないよ。このお店、人間社会に紛れて久しい、妖たちの中でも由緒ある一族が経営してるんだけどね。そのひとたちから指令が下りて来て、最近暴れている妖魔女王と名乗る妖怪を討伐してくれって。だから動き始めたんだけど、これがもう見つからなくてね。僕には捜索系の妖術は使えないし、いっそ餅は餅屋に、と思って幽霊が見えるっていう探偵に捜索依頼をしようと思って、その霊視能力が本物か観察してたんだ」
それで、あの日の戦いも見てたんだよ、とハクトは告げた。
「……どこからどこまでだ?」
「最初から最後まで、全部だよ。ちなみに、建物の修復は僕が手助けしてあげたんだよ。本来は修復には少し足りないエネルギーしかあそこになかったんだけど、コンクリートやなんかを活性化させてエネルギーを追加で出してもらって何とか修復にこぎつけたんだよ。まあ、おかげで僕の存在が妖魔女王にもバレちゃったんだけどね」
「……修復の件は礼を言う。だが、見てたなら手を貸してくれても良かっただろ?」
「ううん。基本的に神が一人間に私的に手を貸すのは良くないことだからね。帳尻合わせに膨大な苦難が押し寄せたりするかもしれなかったけど、それでもいいなら次からは手助けするよ?」
「……ごめんだな。というか、まさか妖魔女王退治の共闘も悪い運命を引き寄せる原因になってないだろうな?」
「それはないと思うよ。僕は運命神じゃないからそれほど大きな影響を及ぼすこともないからね」
ほかにもいろいろと思うところはあったが、ひとまずわきに置いておこうと判断して、ホムラはため息にそういったわだかまりを乗せて吐き出した。
「……それで、あの妖魔女王ってのはどんな存在だ?俺は悪霊とか怨霊のたぐいだと思ってたんだが、まさか神じゃないだろうな」
「神……ではないと思うよ。邪神とか悪神だったらもっとやりたい放題やっているだろうからね」
どこか遠い目をしながら告げるハクト。その言葉の裏にある感情を邪推しようか迷ったホムラだったが、一回きりの共闘相手についてそこまで詳しく知る必要はないかと思考を振り払った。
小さく首を振るホムラを、まるで背後霊のようにぴったりと背中にくっ付いた少年幽霊が肩からのぞき込む。
なんでもねぇと小さく告げたホムラは顔を上げてハクトに向き合う。
「あの化け物に関する情報はないのか?多分こういう形で生まれた存在じゃないか、とかその程度のあいまいな話でもいい」
「ないよ。何せ僕はつい最近この場に派遣されたばかりの新米だからね。ここらの土地に詳しいわけでもないし、そもそも前任者もいなかったから引継ぎも何もないし……ホムラさんが頼りだよ」
使えねぇと心の中でぼやきながら、ホムラはハクトをにらみつつ考える。妖魔女王へとハクトを導き、倒させること。そのためには、妖魔女王の行動方針や活動動機、そして出没場所などを当たる必要があった。あるいは、何らかの方法で妖魔女王本体を呼び寄せてしまうかだが、それができればハクトが言い出すはずだと思われた。
ちらりと、背後でおびえたような眼をハクトに向けている少年幽霊へと目を向ける。ホムラの視線に気づいた少年幽霊が顔を上げ、不思議そうに小首をかしげる。
「……そういやぁ、こいつと妖魔女王に何か大きなつながりを感じられたりしないか?こっくりさんの儀式で妖魔女王を呼び出したり、お母さんと呼んでみたり、こいつかなりやりたい放題なんだが」
「こっくりさん……って何?」
そこからか、と意外と世情に疎いハクトの無垢さを実感したホムラは、「こういうやつだ」と言いながら折りたたんだ一枚の紙面をカウンターテーブルに広げて見せる。
こっくりさんとかいう超常的な存在に尋ねると、指を乗せている硬貨が動くんだ――うろ覚えかつ適当にもほどがあるホムラの話を聞きながら、へぇぇと感心した声を上げてハクトが紙に触れて。
ぽん、と紙の端から双葉が生えた。
「……は?」
目を見開いたまま呆然と固まるホムラの視界の中で、柔らかな緑の双葉が揺れる。あはは、と困ったように後頭部を書きながらハクトが笑う。きょとんと少年幽霊が首をかしげながら双葉に指を伸ばす。
当然、少年の指が双葉に触れることはなかった。
「うーん、最近はしっかり制御できていたはずなんだけどなぁ」
困ったように自分の手を見下ろしながらぼやくハクトの声をどこか遠くのもののように感じながら、ホムラはただの紙であるはずのそれに恐る恐る手を伸ばす。
触れる。端から伸びる新芽が揺れる。
「ハクト君の体からごく微量に漏れている力によって目に見える変化が起きるほどに、その紙にエネルギーがたまっていたということではありませんかな?」
銀髪店主へと勢いよく振り向いたハクトが、ぼそぼそとつぶやきながらホムラの手の中にある紙をにらむ。
もう一度、慎重に紙に触れる。今度は、さらに双葉が生えることも、すでに生えている双葉が成長するようなことはなかった。
「もうちょっと注意しなさいよ、ハクト」
耳元に息を吹きかけるような近さで声をかけられたハクトが毛を逆立てて飛びのき、カウンターに膝をぶつけてうめいた。
気づけばそこに立っていた黒目黒髪、この国ではありふれた、けれどどこか神秘的な気配をまとった美しい女性が、からかいめいた笑みを浮かべながらハクトの頬をつつく。真っ白な指が、ハクトの柔らかな頬に食い込んだ。
うう、と小さなうめき声がハクトの口から洩れる。
「……今度は誰だ?」
眉間に深いしわを刻んだホムラが女をにらみながら告げる。それほど集中していたわけではなかったとはいえ、その女の接近に気づけなかったことが歯がゆかった。神やら妖やらはこんなのばかりかと、いやそうに顔をしかめたホムラの頬を、少年幽霊が女のマネをしてつつくふりをする。
やめろや、と羽虫を追い払うように少年に手を振ったホムラは、少し脱力してカウンターテーブルにだらしなく肘をついた。
ハクトをからかうのをやめた妙齢の女がホムラと向かい合う。人外の気配が濃くなり、ホムラは産毛が逆立つような感覚を覚えた。
「初めまして。ユキメよ。ハクトがお世話になるわね」
「……あー、ハクトの嫁、だったか?」
「そうよ、お嫁さん。ねぇ?」
嬉しそうに笑み崩れたユキメが、未だ痛みに悶絶していたハクトの頬を軽くつねる。再起動するように突如ピンと背中を伸ばしたハクトが、ユキメを見据えてこくこくと何度もうなずく。
尻に敷かれてんな――とホムラは思った。神のハクトと、妖のユキメ。立場が違いすぎないかと思いながら、ホムラは気配なく近づいてきたユキメがいたはずの場所をなんとなしに見つめて、体を硬直させた。
瞬き一つせずににらみつけるように一点を見つめるホムラの険しい顔にハクトが気づく。不思議そうにその視線を追って、ああ、と納得の声を上げる。少年幽霊が、目の前のユキメと、視線の先にいる存在を見比べて首を傾げた。
三人の視線の先には、客の幼女に毛並みを優しくなでられる真っ白な狐――先ほどハクトが妻のユキメだと紹介したはずの狐の姿があった。
さび付いた機械のような動きで、ホムラが目の前のユキメと名乗る女へと視線を向ける。理解を超えた現象に、分身でもしたのかと思った。
「……幻惑の術よ。今あそこで撫でられているのは、私の姿形を模した影のようなものなの。ここにいる私が本体よ」
分身ではないというユキメのありがたい説明を受けて、ホムラはそれはもう大きなため息を吐いた。人が触れていても違和感を感じないほどの質感や熱、においなどといったすべての再現をこなすユキメの技量は恐るべきものだった。最も、その術がどれほど高度なものなのか、妖や神といった手合いの存在に詳しくないホムラにはよくわからない。けれど間違いなくこのレベルのおかしな術を使える存在がそこらにごろごろしていることはないだろうと思った。
事実、ユキメはこと幻術のたぐいに関しては他の追随を許さないレベルの技量を誇る。それはかなり高位の神であるハクトが、逃走するユキメを追うことは困難だと言うほど。
自分はかなりとんでもない者たちに目をつけられたのではないか――ホムラは今更ながらにそんなことを思った。
「それで、何か用か?」
唾を飲み込む音がやけに強く響いた気がした。その音が相手に聞こえていないといいが、と思いながら気勢だけは負けてたまるかとにらみつけるように見つめながら、ホムラはユキメに尋ねた。
「あら、夫の仕事仲間にご挨拶しておきたいというだけではおかしいかしら?このひと、意外とやんちゃだし時々とんでもないことをしでかすのよ?例えばこの前も――」
「ちょ、ちょっとユキメ!そんなこといちいち言わなくていいから。その、ね。ほら、僕は曲がりなりにも神なわけだからさ。人間に崇拝、とまではいかなくとも尊敬くらいはされたいんだよ?」
「尊敬じゃなくて偶像として見られるだけな気がするのよ。正しくハクトを見てくれない人にいくら祈りを向けられたっておもしろくないでしょ」
「いや、面白いとかそういうのじゃないけど……ん?ちょっと待って?おもしろくない……まさか、嫉妬?」
ハクトの言葉を聞いてユキメがわずかに頬をひくつかせる。正解だ、とハクトは確信した。それから、心から嬉しそうにハクトはユキメに微笑む。
「大丈夫だよ。僕はユキメを愛してるから。ユキメ以外が隣にいるなんて考えられないよ」
「ハクト……」
指を絡めたハクトとユキメが手をにぎにぎと動かし、頬を紅潮させながらくすぐったそうに微笑む。
幸せそうな二人(人か?)を前に蚊帳の外に置かれたホムラは、なんとなく居心地が悪くて少年幽霊へと視線を向けた。
そこにはきらきらと目を輝かせながらハクトとユキメのロマンスを見つめる少年の姿があった。
お前もかよ――小さくつぶやいた言葉はハクトたちに届くことはなく、けれどそれにこたえるようにそっと目の前にコーヒーカップが置かれた。
甘くて仕方がないでしょう、と言いたげな店主が、「サービスですよ」と一言告げて仕事に戻る。
一口飲んだコーヒーは、口の中いっぱいに広がっていた砂糖菓子のような甘さを洗い流してくれた。




