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三毛島寧々子(3)


 狗賀君との二度目の邂逅を経た夜。

 私は()()()()()()()()()を取り戻すべく、自室でノートPCを叩いていた。

 しかし普段ならばとっくに書き上げられているであろう文字数には全然到達しておらず。

 さっきから書いては消し、書いては消しの繰り返し。

 それもこれも、思考の一部に狗賀君の影がチラつくからだ。


 告白の言葉も、抱きしめられた時に感じた体温も、たぶん素の喋りなのだろうタメ口も。

 いちいち様になる上に言動すべてがこちらを激しく動揺させてくるのだ。

 本当に性質が悪いとしか言いようがない。


「うううううぅぅぅ……くそぅ、イケメンだからって容赦なく揶揄ってくるんだからぁ……ッ!!」


 ターン、とわざとエンターキーを大きく弾きながら、画面とにらめっこをする。

 と、その時、待機モードにしていたチャットアプリのビスコードが通話を知らせる音を奏でた。

 私は着信相手を確認し、ヘッドセットを準備すると通話をオンにする。


「……はい、三毛島です」

『あ、ミケちゃんせんせー! いま少し通話大丈夫ですかー?』

「問題ないですよ、大河(たいが)さん。何かありました?」

『ううん、こないだ提出して貰った販促用のショートストーリーの感想が直接言いたくて! 短いながら二人のやりとりがめちゃくちゃキュンでしたぁ! 特に最後の矢吹君の「ばぁか」がホントエモかったです~!』


 やや興奮した声の大河さんに、私も自然と笑みが零れる。

 純粋に好意的な感想が貰えることは創作において非常に大きな原動力だ。


「ありがとうございます。大河さんに気に入って貰えたのなら評判期待できるかもですね」

『絶対ファンも喜びますよこれは~! ……それはさておき、ちなみに新刊の方の原稿はどんな感じです?』


 ――あ、こっちが本題だな。

 気づいた私は褒められて浮かれた気分を即座に封印し、頭を()()()()()へと切り替えた。ちょうど開いていた文章ソフトの文字カウントに目をやりつつ、プロット上の進捗具合と照らし合わせる。


「いまは七割ってところですね……一応、月末の締め切りには間に合うと思いますが」

『わ~! いつも助かります~! って言っても、せんせー原稿落としたことないですもんね!』

「それでも常にギリギリですけどね。改稿のこともあるし、もっと余裕持たせたいんですけど」

『でもせんせーそもそも学生だし十分凄いですよ? それにたとえ締め切り過ぎちゃっても調整するのがわたしの仕事ですから~』


 可愛らしい声で朗らかに返す大河さんは、私がこの世界に入った時から面倒を見てくれている恩人だ。喋り方のゆるさに反して非常にやり手な彼女のサポートがあるからこそ、私はなんとか二足の草鞋を履くことが出来ている。


「私も大河さんの事頼りにしてます。たぶん夏くらいからは本格的な受験準備に入るんで……」

『それはもちろん織り込み済みですよ~。逆にその反動で今は忙しくさせちゃってすみません!』

「いえ、お仕事いただけるだけでもありがたいことなので」

『わぁ発言が大人ぁ~! ……でも高校生なら勉強もですけど、恋愛とか青春とか色々あるんじゃないですかぁ? 無理してません?』


 恋愛。そのワードに反応して、私はまたしても狗賀君のことを思い浮かべてしまった。

 昨日から作業ペースを乱されている諸悪の根源である彼。気づけば来週も来るという予告をされていたり、ゲームをする約束をさせられていたりと、すっかり狗賀君のペースに嵌らされている。

 ぶっちゃけ面白くない……うん、とっても、面白くない!


『せんせー? どうしましたー?』


 ヘッドフォン越しに聞こえてくる大河さんの声に、私は渦巻いてきた狗賀君への対抗心を密かに燃やし始める。ゲームをするなら、出来れば勝ちたい。なら、今からじっくり戦闘準備をしておくべきだろう。


「……大河さん、ちょっとお聞きしたいんですけど」

『はいはい、なんでしょー?』

「大河さんが絶対に聞かれたくない質問ってなんですか?」

『…………はい?』


 そこから私は大河さんを質問攻めにしつつ、原稿のことはしばし忘れて立ち上げたメモアプリに狗賀君への質問候補をリスト化する作業に没頭していった。




 大河さんの協力もあって質問内容をある程度は考え終えたため、土日は本来の原稿作業をガッツリ進められた。これなら焦らなくても締め切りには余裕で間に合うだろう。一安心一安心。


 そうして迎えた火曜日。

 またしても控えめなノックの音と共に、狗賀君は第二資料準備室に現れた。


「いらっしゃい、狗賀君。待ってたよ」


 私が敢えて挑戦的な目を向けながら言えば、狗賀君は少し驚いたように目をしばたたかせる。


「……へぇ? 先輩は俺と会えるの、待ってたんだ?」


 あからさまに嬉しそうな表情と声音。たったそれだけで心臓が鼓動を速めてしまう。自分でもだいぶチョロいなと思いつつも、イケメンの笑顔の破壊力は凄まじいのだから仕方がない。


「だって約束したでしょ? ……今日は私が勝つから覚悟してね?」


 特に否定はせずにそのまま狗賀君を室内へと招き入れる。今更気づいたのだが、過剰反応するから相手に良いように転がされるのだ。ならば下手に否定したり慌てたりしない方が被害は少ない。はず。

 私の後に続く狗賀君は前回と同じように荷物を適当に置いてソファーに腰かけた。

 そして長い足を組むと、こちらに向かって柔らかく目を細める。


「――俺も、先輩と早く会いたかった。土日挟んだから余計に」


 ……白状しよう。

 不覚にもキュンとしてしまった。

 だってあのクールイケメンの呼び声高い狗賀君が優しく微笑みかけてくるなんて!

 普段は実年齢よりも大人びている彼は笑うと途端に幼さを増すのだが、それがなんというかもうズルい! 私だって現役女子高生だし乙女だし! やっぱり不意打ちとかギャップには弱いのだ!


 このまま直視するのは危険――ということで、私は狗賀君から目線を切ると、そそくさとテーブルの上に置いておいたステンレスボトルへと手を伸ばした。

 そこで狗賀君が何か重大なことに気づいたように声を掛けてくる。


「……それ、もしかして俺の分ですか?」

「? そうだけど」


 彼の言う「それ」とは、私用のカップとは別に用意したステンレス製のマグカップである。

 銀地に犬のシルエットが小さく黒で描かれたそのカップに私はステンレスボトルから珈琲を注ぐ。

 さらに自分の分のカップにも注いでから、犬のカップの方を狗賀君の目の前に置いた。


「私の好みだから少し濃いめだけど、良かったらどうぞ」


 実際、気になっていたのだ。ここにはいつも飲み物を持ち込む私だけど、それは当然一人分で。

 でも狗賀君が来ると予告してきた以上は彼の分も用意するべきだと思ったのだ。


「前の質問の時に苦手な食べ物はゲテモノ以外ないって言ってたから、珈琲飲めるかなって。もしかして苦手だった?」


 紅茶と迷ったものの、彼に合わせて飲み物自体を変更するのはなんとなく癪だったので、普段通りの濃さの珈琲にしたけどマズかっただろうか?

 だんだん不安になってきた私がそう問いかけると、狗賀君はじっとこちらの顔を見つめた後で、スッと視線を下げてカップを手に取った。


「わざわざ俺の分も用意してくれてるとは思ってなかった」

「え、だって私だけ飲んでるのって気まずいし……カップ用意しただけだよ?」


 なんだか思った以上に驚かれていることに逆に驚く。だいたい会話する前提で会っているのだから、飲み物は必須じゃない? 絶対に途中で喉渇くし。

 そんな風に思ったことをそのまま言葉に乗せれば、


「……俺、先輩のこういうとこスゲー好き」


 狗賀君は何気ないトーンで、だからこそ本当にそう思ってるんだなと分かる感じで、呟いた。


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