三毛島寧々子(2)
顔面偏差値が凄まじく高い年下の男の子と密室で二人きり。
別に望んだ状況ではないけれど、相手はあまり引く気はない様子。
ならば、こちらも開き直ってしまった方が良い。きっとすぐに飽きるはずだから。
というわけで。
昨日に引き続き我が城へとちゃっかり訪れた狗賀君との質問タイムは始まった。
初手、狗賀君の質問は――
「趣味は?」
だった。どこぞのお見合いかな? と思った私は悪くない。
「読書と……人気のない喫茶店探しかな」
「人気のない喫茶店?」
「うん、長時間居座れるところって意味で。さらに珈琲が美味しければ最高です」
「なるほど。ちなみに読書のジャンルは?」
「なんでも読むけど強いて挙げるならミステリと恋愛小説かな。時代小説も好きだけど」
嘘偽りなく答えれば、狗賀君が興味深そうに顎を引く。
そういうちょっとした仕草でもドキッとさせてくる辺り、美形は本当に恐ろしいし心臓に悪い。
なお読書の話題はあまり深掘りされると自分のオタク気質が出てしまうので、
「次は私の番かな? えーと……じゃあ同じく、狗賀君の趣味は?」
敢えて区切り、ジャブにはジャブを返す。
まぁ完璧超人な狗賀君の趣味は普通に気になるんだけども。
「あー……趣味か。俺、あんまり趣味って言えるほど何かに入れ込んだことってないんですよね」
「そうなの? じゃあ剣道は?」
「あ、先輩は俺が剣道部だって知ってるんですね」
「そりゃあ全国大会まで行ってればね。校内の人は大体知ってると思うよ?」
「二回戦敗退だから大したことないです。剣道は趣味というよりは、結果を残せてるから続けてるって感じですね」
そう言った狗賀君の微笑みが、なんだか少し寂しそうに見えて。悪いことを聞いちゃったかなと、私は内心でちょっぴり後悔する。
すると狗賀君は何やら思案するような顔をした後で、唐突にニヤリと口もとを歪めた。
「まぁ現在進行形で趣味は三毛島先輩を構うことかもしれないですね?」
「はあっ!? ……そ、そうやって仮にも先輩を揶揄うのは良くないと思うけど!?」
「いや本気で。俺、自分で言うのもなんですがあまり他人に興味って湧かない性質なんですけど」
三毛島先輩のことは気になります――と、彼はさらりと口にした。
その上で思いっきり目の前で笑みを浮かべられると何というかこう……恥ずかしいというか居たたまれないというか、やっぱり逃げ出したくなってしまう。
だって美形に免疫がないんだもの。仕方がない。しかし私のぐるぐるした気持ちなんかお構いなしに、狗賀君のターンとなる。
「次の質問ですが、先輩は普段ここで何してるんですか?」
それは予測していた質問だった。まぁ鍵まで持ってるしノートPCとか持ち込んでるしで、そりゃあ気になるだろう。
だが、私は首を横に振って質問を却下した。
「それは秘密。答えられないから別の質問にしてくれる?」
毅然とした態度の私に、狗賀君が何故か笑みを深める。
理由がさっぱり分からず無意識に首を傾げれば、
「なら、好きな食べ物は?」
今度は拍子抜けするような質問を浴びせられた。勿論答えるのに支障がない質問だったので「珈琲とカルボナーラ」と私は回答する。
そこからはあまり中身のない質問が飛び交うこととなった。
「狗賀君の好きな食べ物は?」
「サバの味噌煮」
「サバの味噌煮!?」
「自分でもたまに作りますよ。逆に嫌いな食べ物は?」
「嫌いというか、アレルギーでお蕎麦が食べられないんだよねぇ……狗賀君は?」
「ゲテモノ以外なら特に好き嫌いはないですね。次、好きな色は?」
「んー、白かな。そっちは?」
「黒」
「お、正反対だ」
「別に白が嫌いなわけじゃないですけどね。好きな教科は?」
「現国と日本史! ちなみに苦手なのは物理! そういう狗賀君は何でも得意そうだね?」
「まぁ苦手なのは美術とかそっち系。好きな教科は化学と数学と英語」
「ここでも正反対だ。でも確かに狗賀君はどっちかと言えば理系っぽい」
「先輩はめちゃくちゃ文系っぽいですね」
「うん、正解。大学も文系志望だしね」
「志望大学と学部は決まってるんですか?」
「地元の文学部狙いだよ。実は推薦でいけそうなんだなーこれが」
「ってことは、成績良いんですね」
「学年だと二十位以内キープしてるよー。まぁ狗賀君みたいに常に一位とか二位とかは無理だけどね」
ポンポンと進む会話を、私は途中から素で楽しみだしていた。
外見や周囲から聞こえてくる情報から、私はなんとなく狗賀君はクール系男子であまり喋るタイプじゃないと思っていたのだけれど。蓋を開けてみれば想像以上によく喋るし、会話のテンポも心地良い。たぶん彼は無意識に空気を読むタイプなんじゃないかなと、私は狗賀君の認識を少しずつ改め始めていた。
「次、狗賀君の番だよ。質問どうぞ?」
私はカップに残った珈琲で喉を湿らせながら、続きを促す。自分一人だけ飲み物がある状況はちょっとどうかなと思いつつも、流石にカップを共有するのはNGだ。そんなこと狗賀君のファンに知れたら背中刺されかねない。
「そうですね……じゃあ、好きなタイプは?」
「好きなタイプ? それって、恋愛的な意味で?」
「勿論」
一瞬、答えるべきか拒むべきか悩む。が、よくよく考えれば私の好みのタイプなんて別に隠すほどの価値もない。それに私が先に答えれば、狗賀君の好みのタイプも聞けるに違いない。
すべては後学のため。少しゆるんだ脳内でそう結論付けた私は、柔らかく微笑む狗賀君に対して口を開いた。
「私の好きなタイプは……引っ張っていってくれる人かな。私自身が結構保守的なのもあるから、多少強引なくらいが助かるというか――」
言いながら途中、めちゃくちゃ本音かつ真面目に答えてしまっていることに気づいてしまい。私は徐々に自分の顔が赤くなっていくのを肌で感じた。もっと当たり障りのない回答をすれば良かったのに、どうして馬鹿正直に答えてしまったのか。うっかりにもほどがある。
「先輩、続きは?」
そこへさらに容赦なく追い打ちを掛けてくる狗賀君。だがその表情は面白がっているというよりは真剣みを帯びていて、強い視線は話題の変更を赦してはくれない。
もうこうなったら自棄だ。私はグッとカップを持つ手に力を込めながら、
「――れ、恋愛経験が乏しいからリードしてくれるタイプが希望……です」
俯きがちにぼそりと呟いた。なんという羞恥プレイ。穴があったら入りたい。
しかし私の残念過ぎる発言にも特に引いた様子は見せず、むしろ狗賀君は何故か神妙な顔つきで頷いてみせた。
「先輩の好みは分かりました。ちなみに俺への質問は同じもので良いですか?」
「あ、うん……? そ、そうだね。狗賀君のその、好みのタイプは?」
ぶっちゃけ質問するだけで結構恥ずかしいなと感じつつも、好奇心には勝てず流れに乗れば。
「今自覚したんですけど、俺先輩みたいな人が好きですね」
こちらの思考を破壊する爆弾発言を落とされ、私は全身真っ赤になると同時に言葉を失ってしまった。