狗賀拓海(5)
長らく滞っており申し訳ありませんでした。更新再開いたします。
相変わらずにゆるい進行ですが、もしよろしければお付き合いいただければ幸いです。
本日のメインおかずは特製トマトソースで煮込んだミニハンバーグ。
いつもよりも大きめの弁当箱に用意したそれを鞄に忍ばせた俺は、三限目終わりの休憩時間に教室の自席で一人スマホを弄る。
メッセージアプリ内にある特定人物とのタイムライン。
今では使用頻度上位にくるその画面に文字を打ち込む。
狗賀拓海【今日のおかずはハンバーグ】
一分もしないうちに既読が付く。そして、
三毛島寧々子【マイ箸ちゃんと持って来たよ!】
簡単なメッセージと共に、ドヤ顔をした猫のスタンプがタイムラインを賑やかす。ふっと息を漏らすように笑った俺は素早く返事を打った。
狗賀拓海【多めに作ったからパンの量は控えめで】
間髪を容れずに可愛い猫の【了解!】スタンプが飛んでくる。本当はまだまだ続けていたいが、そろそろ休憩時間が終わる頃合い。名残惜しい気持ちを残しつつも俺はそこでアプリを閉じた。すると、そんな俺を待っていたかのように前方から声が掛かる。
「拓海ってさぁ、案外分かりやすいよなぁ」
「……どういう意味だ、狐寺」
声の主は狐寺小太郎。不本意ながら中学時代からの腐れ縁だ。
やや長めの明るい金茶髪を無造作に遊ばせる派手な外見の男は俺とは違い交友関係が広く、周囲からは男女問わず人懐っこいと評されている。
普段からあまり他者と深くかかわろうとしない俺とは対極の存在――しかしそんな狐寺は俺にとって数少ない友人のカテゴリに分類されている。若干不本意ではあるが。
スマホの画面から顔を外して仰ぎ見る俺に、狐寺はこちらのスマホを指さして言う。
「今やり取りしてた相手、当ててやろっか? ――ズバリ、本命彼女だろ?」
「……」
俺は狐寺を睨みながら無言を通す。というのも、教室内にはクラスメイトがそれなりに居て、この会話も誰が聞いているか分からないからだ。
実際に視線だけ軽く動かして確認すれば、暇さえあれば話しかけてくるタイプの女子が数人、こちらへ聞き耳を立てているのが分かる。長年の経験則というやつで、俺はその手の気配には敏感なのだ。
もし周囲に先輩との交友がバレた場合、被害を被るのはほぼ間違いなく彼女の方だ。
そんな危険をわざわざおかしてまで会話をするほど、俺は間抜けではない。
俺は再びスマホの画面に目を落とし、狐寺を無視して指を動かし始めた。
開いたのは先ほども使っていたメッセージアプリ。
しかし今度は先輩とのタイムラインではなく、別の人間のアイコンをタップする。
狗賀拓海【どういうつもりだ】
それだけ打ち込んでから目線だけで狐寺に自席へ戻るよう促す。ちょうどタイミングよく予鈴が鳴ったため、教室内の連中は各々自席へと戻っていった。当然ながら狐寺も例外ではない。
教師が来るまでの間の僅かな時間。
俺のスマホが通知を無音で知らせる。
コタロー【だって最近拓海冷たいんだもんよー! 俺のことないがしろにしてさぁ! 昼休みもすぐいなくなるしさー!】
同時に送られてくる怒った狐のスタンプに、知らず知らずのうちにため息が漏れる。
狗賀拓海【それで? 嫌がらせのつもりか?】
コタロー【半分はそう! けど半分は普通に気になってただけ】
狗賀拓海【何が?】
コタロー【拓海が機嫌よくメッセージ送る相手だよ? 普通に気になるって!】
狗賀拓海【気にするな】
そんなやりとりをしていると教室に教師が入ってきてつつがなく授業が始まる。
古典の教師が現代語訳をボソボソと喋りながら板書をする中、狐寺からのメッセージは止まることなく送られてきていた。
コタロー【昼休みに居なくなるってことはうちの学校の人だよな?】
コタロー【同い年? 年上? 年下?】
コタロー【どういうところがいいわけ?】
コタロー【顔? 胸? 尻?】
狗賀拓海【死ね】
怒りに任せて本音を打ち込めば、すぐさま狐が土下座するスタンプが送られてきた。
コタロー【ごめんって! いまのはマジ冗談!】
狗賀拓海【二度と言うなよ】
コタロー【分かったってば! しかしこりゃあホントに本命ってことかぁ】
狐寺からのその返しに、俺の指が止まる。
本命――その二文字を否定する材料は、今の俺にはない。
しかし素直に肯定して心情を吐露する場面でもない。
ふいに板書に目を向ければ、半分以上がチョークの文字で埋まっている。
ざっと見た限りでは特に書き写す必要はなさそうだが、狐寺とのやりとりに戻る気にもなれず、手持無沙汰を埋めるためだけに広げたルーズリーフにペンを走らせた。
だが、すべてを書き終える前に追加のメッセージが目に飛び込んでくる。
コタロー【今日の昼休み、早苗たちがお前捕まえようとしてたから注意した方が良いぞ!】
……こういうところが、俺がこの男と友人をやっていられる所以なのだと思う。
おそらく先ほど話しかけてきたのも最終的にこの忠告をするためだったのだろう。中学の頃からずっとそうだ。
狐寺小太郎は、つまるところ、お節介でお人好しなのである。
俺はスタンプ欄から一つを選び出し、ポンと押す。
するとすぐさま返信があった。
コタロー【お代はもちろん、本命彼女の情報でよろしく!】
狗賀拓海【やっぱり死ね】
コタロー【もー拓海くんたら素直じゃないんだからぁ!】
狗賀拓海【くたばれ】
コタロー【そんなこと言ってアレだろ? この前の女装写真だってその人が欲しがったからなんだろ?】
狗賀拓海【だったらなんだ】
コタロー【いやぁ自分の女装写真わざわざ人に頼んでまで手に入れてあげるとか愛だなぁって】
狗賀拓海【別にあげてねぇから】
コタロー【でも見せてあげたんでしょ? あの超絶美少女拓海ちゃんのドレス姿】
狗賀拓海【地獄へ落ちろ】
あまりにもくだらない応酬。と、その時、
「じゃあこの平家物語の一節を……狗賀、現代語訳してみて」
「はい」
俺は立ち上がり、教師が提示した一節を端的に現代語訳したものを口答する。
「……はい、結構」
満足げに頷いた教師を横目に着席すれば、
コタロー【相変わらず抜け目ないねぇ優等生】
ニヤニヤした狐のスタンプがピコピコと楽し気に尻尾を揺らしていた。