第三話「試作機」
ほどなくして先方と通信が繋がった。
オートマトンを回収するために安里紗が15桁のフォネティックコードを伝えると、先方も同じく繰り返したことで、口頭による合意がなされて双務的な休戦協定が締結。
回収車の運び込んできた機体が、車両整備工場へ次々並べられていく。
四本足で這いつくばる不格好な姿。
時折、周囲を警戒する僅かな動作。
動物園の見世物に似た奇妙な風景。
半自律型遠隔操作のオートマトンが完全に動きを止めることは稀だが、目立った損傷は無いのに全く反応しないものが1体ある。
つまり、完全にオシャカになった。
ん? ……あの隅にあるコンテナ。
何故、ニチシタのコンテナが……
とりあえずは、現状の整理からだ。
「どう思う?」
「どう、って」
「戦力的にだ」
「窯の交換は可能ですけどね」
「操縦者は替えが効かないか」
自衛隊株式会社は平和を維持するのが仕事。相手は領土を侵犯し活動していて、追い詰めすぎれば行き場を失う。そうなれば、少なからず被害が出ると容易に想像できる。
適度に牽制して御引き取り願うのが最善。
これ以上の追撃は、お互い無益。
速やかに撤収すべき状況だろう。
「どちらにせよ、本社に打診すれば撤退指示と思います」
「この状況なら、当然か」
クレーンで吊り上げられていく、静かなオートマトン。
死んだように動かない。車両回収車が奥へ運んでいく。
それを目で追いながら俺と亜里紗の鼻から溜息が出た。
それにしても、妙だ――
新型の性能試験なら、一撃で仕留めたら失敗。
威力偵察にしては物的証拠を残しすぎている。
「クロイヌを3度、偽装したタレカスとは、3度」
「え?」
「なにか違いは?」
「クロイヌは毎回単機で、タレカスは僚機が……」
「単機」
単機で投入されるオートマトン。
そんな運用をするケースがある?
情報課長の特権で調べてみるか。
『オートマトン 単独』、作戦行動、編制、任務……それらしいレポートは無いが、『事故』で他国の事例が数件ヒットした。
完全自律型試験機の暴走事故が9件。
うち死傷者の出た事件が、3件ある。
どれも莫大な保証金を支払い、表沙汰になっていない。
自律型オートマトン。
研究段階ではなく、機体があるのか。
見知っている範囲で想像するなら――
ジャミングで相手の動きを止め、状況に即した判断と、行動。つまり、一方的に攻撃。敵・味方の区別無く壊滅させる可能性すらあるだろう。クロイヌがそうした機体である可能性は非常に高い。
影響下では、僚機も行動不能。
タレカスの存在意義はなんだ?
「おい! 回収にあたっていた者は?」
「私の班です」
「早急に報告書用の録画を情報部に送信してくれ」
「では後ほど」
「今すぐ頼む」
「えっ? は、はい!」
個人用の転送先を書いて名刺を渡す。こちらの様子からジリジリして待っていると伝わったのだろう。作業を中断し、慌てて端末を操作し始めた。
……来たッ!
再生、しばらくはこちら側の陣営だけが現地で活動している、スルスルと時間を進めていくと思った通りだ。あれほど綺麗に撤収したのに相手方も回収班を出している。 ……と、この黒い機体が偽装オートマトン。
これで得心がいった。
本来、タレカスは回収用随伴機。
それにしては、動きがおかしい。
一定間隔で横一列に並んで進む?
「なにか探してるみたいだわ」
「同感だな、山狩りに見える」
即座に受け入れられた休戦協定。
無人随伴機を人が操作して捜索。
奴等に探し物があるとすれば、たったひとつ。
「ダメージは無かった、なのに帰投してない?」
「クロイヌは野犬、勝手に戦闘しているのか!」
今も共産圏で生産され続けている、34年式のコピー。国籍や所属は一切不明。先程のフォネティックコードを再生してみる。発音に、全く訛りが感じられない、肉声ではなく合成音か。
レーダーの記録を再生する。
広範囲に捜索、そのまま範囲外へ消えた。
情報を共有して共同戦線は張れない。
押し付けて逃げられたということだ。
見えもしない天を仰ぐと、嘆息がもれた。
まんまと、してやられた――――
「クロイヌは、飼いならせない猛獣か」
「それにしたって、放し飼いですけど」
「強烈な妨害電波を発しても稼働できる自律型オートマトン、戦闘中に遠距離から破壊すれば技術流出を避けられたが、奴等はそれをしなかった。クロイヌは奇妙な機体だ、なにかある、なにか別の秘密が」
「自律型オートマトン、それ以上の機密ですか」
飼い主の鎖を断ち切って野生化した鋼鉄の獣。
生存本能だけで奔り回り、破壊を撒き散らす。
クロイヌはコッチで始末するしかない。
「あのあたり、街から遠い。クマは?」
「クマ?」
「クマぐらい出るだろ」
安里紗は意味がわからずポカンと口を開けた。
「他国で隠密行動中のオートマトンが、ばったりクマに出くわしたら、滅茶苦茶に破壊されるかもな。そうなったら荷物を畳んで帰宅するしかない。なにしろクマは狂暴だから」
「あそこ、出るんですか?」
「2本足で立ち上がれば、2m以上ある」
安里紗が緑の瞳を見開いた。
ゴクリと、喉が音を立てた。
「あの真新しいコンテナ、日下重工だろ」
「あ、あれは……その」
「管理番号を削り落としてある。何故だ」
「桐生先輩、これは!」
「アレの改良を続けていた。 ……そうだな?」
安里紗は唇を噛んで目を逸らし、押し黙ってしまった。
つまり、オレには見せられないモノが入ってるわけだ。
「見せてくれ、安里紗」
評価試験で破壊された新型は破棄されたが、常に負荷に曝される試作機が物理的特性でどう変化したのか、比較用のまっさらな機体が存在していた。
捨てるに忍びなくて、コッソリくすねて秘匿していた。安里紗らしい悪戯だが、今この状況下では勿怪の幸いと言えなくもなかった。
杖に力を込めてコンテナに近づく。
「管理、番号を……削った。登録は、抹消、したか?」
「……すみません」
あそこにあるのはポンコツになる以前のオレの身体。
二本の足で立っていた、あの頃の懐かしい感覚。
それをデータにして書き込んだ、機械の身体だ――――
「今のオレでもコイツなら動かせる……違うか?」
@゜▽゜)ゞ ど~も、塩さんです!
開示設定・検索除外なので諸々に反映されません!