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第二話「安里紗」

 作戦指令室を出ていく安里紗の後を追いかけようとして、縫い止められたように動けない自分の異変に気付いた。咄嗟に足元を見るが焦点が合わない。それでも、両膝の震えがひどく、椅子から立ち上がれないほどなのはわかる。



「またかッ、ポンコツめ!」



 ポケットから錠剤の抗精神病薬を取り出して4錠飲み下すと、強張っていた膝は曲げ伸ばしができるようになった。誤魔化しの症状緩和、気持ちが楽になっただけだ……これは即効性の薬じゃない。


    『 日常生活に支障ありません 』


 このポンコツが問題無いと、医者は言ったのだ。


 歩くのは、まだ無理だろう。

 椅子に座ったまま移動する。

 杖を手にして、瞼を閉じた。

 深呼吸して、荒んだ気持ちを落ち着かせていく。



 情けない……



 1年前、新型オートマトンの試験機を任されていた俺と安里紗は公開評価試験の最中に敵と遭遇、一方的に攻撃されて機体は全損になった。まだ基本動作の学習中で、マトモな回避運動すらできない段階だった。


 フィードバックの遮断は機能しなかった。その余波を喰らい続けた脳味噌はオートマトンのダメージを自分自身の肉体と勘違いし、今も壊れたままだと思い違いをし続けている。


 ささくれ立って捨て鉢になる俺に、リハビリを続けるよう根気強く勧めてくれたのは、医者ではなく、安里紗だった。



 ……人道兵器なんて、嘘っぱちだ。





 この状況で指揮官が遠く離れられるわけじゃない、真っ直ぐではなくても、歩くぐらいはできる。気が急いて杖を強く握り、強引に立ち上がった。


 杖に力をこめて壁に肩を押し付け、引きずりながら進む。

 ずるずる進む。

 横倒しになった世界で壁を這う屈辱に、めげそうになる。



「なんて(ザマ)だ……」



 角を曲がってすぐ、休憩所でテーブルに突っ伏している姿があった。


 その背中に気安く「元気出せ」とは言えない。

 安里紗の落胆、その原因の一端はオレにある。


 隣に座るとチラリと杖の先だけ見て、元の姿勢に戻った。お互いに息をひそめて沈黙したまま静かにしていたが、安里紗が先に「ふーっ」と細長い息を吐いた。



「桐生先輩」



 懐かしい呼び名だった。

 つまり個人的な相談か。



「どうした」


「やんなっちゃうなぁ」


「珍しいな、泣き言か」


「最初はね。 ……クロと呼んでたんです」



 ポツリ、ポツリと雨垂れのように語り始めた。


 旧式と侮っていたクロイヌの攻撃で1名脱落。

 意趣返しだと執拗に追撃したが、取り逃がしてしまう。

 次こそはと息巻いた部隊は、クロイヌに翻弄され敗走。

 それが、何度か続いた。



「気付いたのは5度目の衝突です」


「間の3回は擬装した機体だった」



 今は顔を見られたくないのだろう。

 テーブルに額をつけたまま、コクリと頷いた。



「タレカス……ガワだけ似せた見せ掛けとはな」



 豹変したクロイヌに混乱した戦場で1名脱落。今回と似た流れだった。回収した機体から相手の手口を調べるうちに、動力部の防弾ケースに綺麗な丸い穴があると気付き、不思議に思って解体していった。


 そして、見慣れぬ実体弾を摘出したと言う。



「弾丸が可能にしてるのか」


「高速徹甲弾の一種、かな」


「正確な入射角で隙間を縫って精密射撃……そんな芸当が」



 オマケ程度に装備されている筈の豆鉄砲で外装を貫通。

 三次元切削で造られた、堅牢な動力部を直接破壊する。

 元エンジニアでなければ、気付きもしなかっただろう。


 小口径で合金の塊を貫通。

 そんなことが可能なのか?


 ……徹甲弾?



「おい、まさか!」


「その、まさかですよ。小口径とは言っても重金属です。窯の中で蒸発した弾頭の大部分が微粒子になってて、無警戒に開けた途端、ボワンとね。まいりました」


「笑いごっちゃない!!」



 発電所が火力・水力ばかりの我が国では原料の調達からして難しいが、他国では原子力発電所から出た劣化ウランなどの廃棄物を混ぜた合金を装甲や弾頭に使い、強度や破壊力を増す方法を取っていることがある。


 基本どおり線量を調べてから着手した筈。

 なのに被曝した。


 気密性が高い窯。

 場所が場所だけに、反応しなかったのか。



「……身体は大丈夫か?」


「ピンピンしてますよぉ」



 寂しく苦笑して言った。

 ほどいた赤髪が揺れる。



「そうは見えないけどな」


「諦めろと言われました」


「諦めるって……なにを」



 安里紗は「よ!」っと上半身を起こして、泣きっ面のまま壁を見詰めていたが、不意にポンポンと腹部を2度叩いた。意味がわからず首を傾げる。


 不満そうに、また「ふーっ」と長い息を吐いた。



「子供ですよ、赤ちゃん」


「全然大丈夫じゃないぞ」


「欲しかったのかも、考えたことなくて。なんか、一方的すぎて」


「そういう問題じゃないだろ!」



 自嘲気味に苦笑いしてから、がっくり項垂れた。



「やっぱり欲しいもんですかね?」



 少し冷静になって考えてみる。


 子供がいれば幸せで、女性ならなおさらだ。そんな一般論としての知識はある。自分自身まだ結婚前だし、これといって予定もない。思い返せば、子供が欲しいと考えたことはなかったように思う。


 素直に「考えたことないな」と答える。

 安堵したらしく「なぁんだ」と肩の力を抜いた。



「似たり寄ったりですね」


「そういう問題じゃない」


「えへへっ、ポンコツ同士って意味ですよ」


「ったく。 ……笑いごとじゃないんだぞ」



 ティッシュを手に取り鼻をかむ安里紗に「なんでまた、あんな怪しげな相手」と素朴な疑問をぶつけてみると、支給品の端末を奪い取って操作し、事前に受信していた戦闘記録を表示した。



「ここ! ……わかりました?」


「いや。 ……なにがなにやら」


「咄嗟に回避すると左脚の動きが悪い、右回りになります」


「関節のヘタりか、サーボの劣化で反応に遅れがあるのか」


「操縦者のクセとは違うかな。たぶん、動かないんですよ」


「左足、操縦者自身の足の話か」



 珍しくもない話だ。

 不自由な身体でも操作できる。



「黒塗りの機体を使用してゲリラ戦を好み、感覚遮断が間に合わないほどの射撃を得意とする左足を痛めた傭兵。たった一度だけ、表舞台に出ています。情報課長のキルレイさんも御存知無い。 ……当然でしょうね、報告は上げてませんから」



 謎掛け……どういう意味だ?



 最初に堕とされた同僚の意趣返し、にしては執着している。

 これも安里紗本人が撮影したものだろう。


 挨拶の後、『 まぁた厄介事を押し付けられて 』と言った。

 混乱の中、『これでもう4人目』とも言っていた。

 部下が1人脱落した。

 追撃中また1人脱落。

 今日も犠牲者が出た。


 ……あと1人は誰だ?





 また厄介事(クロイヌ)を押し付けられた――それは誰だ?



「表舞台?! ……アレはこいつが!!」


「お偉方に公開された新型の評価試験会場です」



 俺と繋いだ新型は、瞬時に行動不能になった。


 記憶しているのは、同室で必死に接続を解除していた安里紗の悲痛な叫びだけ。視界は暗かった、俺は相手を見ていない。医者からもリハビリの一環として可能な限り当時の情報を遠ざけるように指導を受けていたので、今も確認していない。


 その間、スクリーンに映し出されていた黒い機体。

 それを見ていたのは、他でもない、安里紗だった。



「新型をオシャカに、俺をポンコツにして ――――



 安里紗から未来を奪ったオートマトン、クロイヌ。

@゜▽゜)ゞ ど~も、塩さんです!

開示設定・()()()()なので諸々に反映されません!

ブクマしてたら新着小説には出るのかな? わかんない!

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