第一話「キルレイ」
いつか来ると言われていた第二次世界大戦は、起きなかった。
1999年に空から来る恐怖の大王アンゴルモアは、来なかった。
人道的見地から各国では軍備としてオートマトンやドローンを採用、遠隔操作で作戦行動する時代になった。お互いの兵隊さんが鉄砲担いで戦地へ出向く、そんなナンセンスな武力衝突は無くなっている。
昭和百年の節目の年。
帝国軍は解体され、民営企業という体裁で残った。
半官半民の、自衛隊株式会社としての再スタート。
戦死者のいない世界では戦争の定義が変わり、気軽に使える交渉手段になって、小競り合いは増加傾向にあるものの、開発力と資金力のある国が勝利する単純明快なルールが完成――
世界平和が、やってきた。
部屋に引き篭もってビデオゲーム。
これが最前線なのだから不思議だ。
皆さんお取込み中、部外者の侵入に気付く者はいない。
手にした杖でコンコン壁を叩いた。
反応したのは一人だけ、小隊の指揮を執っている女性。
無造作にひっつめた赤髪が揺れて、緑色の瞳を細めた。
祖父がドイツ人、その特徴を受け継いだ色彩が目立つ。
「やってるな?」
「あぁ、課長!」
「よしてくれよ」
「でも、警備情報課長でしょ」
「職にあぶれて陸軍に潜り込んだら翌年の民営化で付いただけで、たった1コしか違わないだろ。しかもこれは……情報課長のコードネーム、知ってるか?」
「あるんですか?」
「キルレイだ」
「なにそれ、かっこいい!」
「キルレート・0の略だとさ。何回やられても撃墜対被撃墜比率はゼロのままだ、撃墜数がゼロから変わらない職場に移ったんだから」
「うまいこと言うなぁ~!」
試験操縦中に敵と遭遇して、機体をオシャカにした。
辞 令
北部方面自衛隊株式会社丘珠支店
警備情報課 課長を命ずる
モニターとニラメッコの業務へ転属、というか左遷。
終身雇用だったころなら、窓際族と呼ばれた身の上。
それが『キルレイ』の異名を持つ情報課長。
「新しい職場に馴染めるか不安で一杯だったけどな、頭脳明晰な部下達に囲まれて嬉しいよ。でも女性技師が前線へ飛ばされて指揮棒握るよりマシじゃないのか?」
「はははっ、確かに」
「笑いごとじゃない」
巻き込まれた後輩にも立派な役職が付いて前線行き。
それがこの元整備士の指揮官、安里紗・シュミット。
学生時代からの腐れ縁で、職場復帰を喜んでくれた。
さぁて、御仕事するか。
「コレが出たんだろ?見せてくれ」
「まぁた厄介事を押し付けられて」
後輩は「どうぞ」と近くへ椅子を転がしてきて座ったことを確認すると、無言で杖を自分の机の端に引っ掛け、続いてゲーム機のコントローラーを手にした。
偵察用ドローンを器用に操り、最前線の状況をビデオ撮影して、リアルタイムでスクリーンに大写しにしたのは、ひときわ目立つ敵側のオートマトン。
「こいつが噂の、クロイヌか」
一見すると、今も敵側が戦力の水増しに投入してくる旧式を、ただ真っ黒く塗装しただけの機体。四足歩行の風貌は、塗り潰された色も相まって犬というより昆虫か甲殻類のようだ。夜間戦闘用N型のカスタム機に見えなくもないが……。
これが新型?
34年式のオートマトン、骨董品だった。
最新兵器と聞いて来たので拍子抜けした。
「アフタマート34の、コピー品にしか見えないが」
「おそらく。 ……タレカスかもしれませんけどね」
「タレカス?」
後輩が「手応えはどうだ?」と尋ねた操縦者は「わかりませんよ!」と答えて、言葉遣いに配慮する余裕も無かった。明らかに神経が張り詰め、擦り切れていると見て取れる。
部品の公差が大きい敵側の旧式は、こうした劣悪な環境下で『信頼性に優れる』という絶大なメリットがある。多少のトラブルで行動不能に陥ってしまう、我々のデリケートすぎる機体とは設計思想が根本から違う。
高価な機体はレンタル品、後るのは一生かかっても払いきれないほどの借金の山と後遺症、必死にもなるのも道理だろう。
他人事ではないか。
「タレカスとは、なんだ?」
「聞いてませんか?クロイヌに似せた機体の通称です。奴等も虎の子のクロイヌを最前線に投入して失いたくはないんでしょう、いつもはタレカスです」
「タレカス、英語じゃないな……ギリシャ神話とか?」
「黒犬に噛まれて、灰汁の垂れ滓に怖じる。諺ですよ」
「ことわざ……ねぇ」
こういう場所にありがちな駄洒落。
この手の豆知識に妙に詳しい奴が、1人ぐらいいる。
安里紗はスクリーンショットを撮影してから自動操縦に設定、画面に映った旧式オートマトンの背中をチョチョンと2度叩いた。一部の蟹や昆虫のように、背中に簡単な武装や対空用の盾、荷物を載せ輸送するといった使い方ができる。
この機体も、奇妙な黒い箱(あるいは盾?)を1つ、背負っていた。
「攪乱のための擬装、成果も出ている。まったく。犬と言ったり、虎と言ったり。武装はどんなだ、頭の上のコレじゃないのか?」
「特殊な強装弾、同一口径だから見分けがつかなくて」
「対戦車兵器、実弾を使う」
強敵の影を重ねて怯える。
単純だが効果的な方法だ。
色違いというだけ……ん?
なんだ?
一瞬、画面が乱れた。
「通信妨害か?」
「 し ま っ た !! 」
「おっ、おい」
「敵はクロイヌ、繰り返す、こ い つ ク ロ イ ヌ ッ !」
映像は途絶えた。操作も覚束無い状態で抵抗や逃走を懸命に指示する操縦者達。無情にもレーダーから次々と機影が消失していき、怒号と悲鳴で騒然となった。
端末を操作して履歴を表示、映像を解析する。
ベースは旧式で間違いない、擬装は少々特殊。
と……目の前でドサリと音がした。
「感覚遮断が間に合わないほど直撃したのか」
「なにを悠長な、もう4人目ですよ!!」
「そう怒るなって、仕事しているんだ」
「情報課長は仕事熱心で周りを見る余裕もありませんか!」
「安里紗、情報課長に噛みついてる場合か?」
操縦席から転げ落ち、ある者は突っ伏して、泡を吹いたり嘔吐している。
オートマトンは人道兵器、押し寄せる情報に脳味噌が耐えられないと判断すれば強制的にフィードバックを遮断するようにできているが、一撃で仕留められると間に合わない。
制約を嫌い機能を殺して運用する隊員も多いが、この安全装置に救われる人間がいると知っている後輩が、それを許すとは思えなかった。
……ん?
本来メインの兵装、レーザー砲を使っていたのに最後の一瞬だけはオマケの対物機関銃を単発で撃つ。直後、バイタルの反応が途絶えて一人目の犠牲者。背負っていた奇妙な装置を展開して、映像はそこまでだ――
少し戻し一時停止する。
これが、『クロイヌ』。
我々の敵の、本来の姿。
奇襲を3度、成功させた。
不利な状況下、短期間で。
あんな豆鉄砲で正確に弱点を射貫く。
超の付く精密射撃、恐ろしい手練れ。
「コードネーム、クロイヌか」
すでにレーダーには敵機の反応が無い。
消え去った、正味、2分ほどの出来事。
あまりにも鮮やかすぎる引き際だった。
駆けつけた医療スタッフへ向け「遅いッ!」とコントローラーを床に投げ捨てて苛立ちをぶつけた後輩の剣幕に、学生時代に対戦ゲームで負けるたびに怒っていた姿が重なる。
しかし、あのころとは決定的に違うことが、1つある。
この先、操縦者を待つのは辛いリハビリに耐える日々。
それでも機能を取り戻せたら上々だ。
ダメージが運動野の深部に達していたら、最悪、一生。
作戦指令室を出ていく苛立った背中が不安定に揺れている。
「それこそ他人事ではない……か?」
視界が揺れる、震えている。
安里紗がデスクにひっかけた杖、遠近感もなにも掴めない。
またニューロフィードバック装置で退屈な脳波トレーニングなんてことは無いと信じたいところだが。どちらにせよ、これじゃあ商売あがったりだ ――――
@゜▽゜)ゞ ど~も、塩さんです!
★★★★★評価も、イイネも、感想投稿でも。
なんでもお好きにしていってください!
なんならレビューとかファンアートください。
すんげー喜びま~す♪
でもこれ…開示設定・検索除外なので反映されません。(こら