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第零話「カイライ」


「それにしても、まだ先輩しか動かせないのに評価試験の視察なんて」


「それなりに焦ってるんだろ」


「先週の海岸漂着危険物が原因かなぁ」


「兵隊さんは職を失い、主役になったオートマトンは単独で行動できない甘えん坊だろ。無線操縦の距離には限界があるのに、空路は目立って使えない。結局、海岸から上陸してキャンプするしかないのさ」



 開始まで数分。最後まで残っていた整備士の安里紗は、整備所天幕の出入り口をめくって観覧席の御偉を眺めながら「海岸、海辺、水際、海水浴、釣り、漁港……港?」と、思いつくまま呟いていたが、『港』を最後に天幕を閉じた。



「欲しいのは、軍港?」


「そうだ。傀儡師(くぐつし)が漂泊するには荷物の嵩張(かさば)る時代になった」


「真冬でも使える軍港」


「不凍港さえあれば、()()()()()は避けられた」



 先週、ソビエト連邦の潜水艦が座礁していて、ちょっとした騒ぎになった。

 なんらかのトラブルで、救難信号を出したまま放棄されていて、中は無人。

 オートマトンを数体搭載できる、格納庫があった。

 潜水空母だったのだ。


 把握できたのは、それだけ。

 最先端テクノロジーを詰め込んだ、軍事機密の塊。

 碌に腹の探り合いもできず圧力に屈して返還した。



「うちみたいにチンケな島国は自衛で精一杯ですね」


「そのための新型、そうだろ?」



 なんの気無しに、まだなにも映っていないヘッドマウントディスプレイをずらし安里紗を見た。天幕の中をせわしなく動き回っていたので真冬でも身体が火照っているのだろう。ツナギの袖を腰のあたりで結び、上半身キャミソール姿にしている最中だった。

 あられもない姿に、「なんて無防備な格好だ」と溜息混じりで苦言を呈すると、「装甲は削ってませんよ?」と首を傾げたので、それ以上は追求しなかった。



「準備、完了です」


「ああ、了解した」



 居住まいを正し「頼む」と声をかけると、うたた寝にも似た浮遊感に襲われた。そして唐突に全身が覚醒。レンズを通した擬似的な視覚情報に、こちらを覗き込む緑色の綺麗な瞳が視えた。


 後ろ髪を引かれる思いで視線を移す。


 機械の右手が映った。

 小指から一本ずつ、順に曲げていく。

 イメージどおりに、追従して曲がる。


 胸を撫で下ろして、息を吸い込んだ。



「……憑依に成功した」


「こちらも確認できました、立てますか?」



 スピーカーを通した声は雑味があった。

 少し溜息が漏れる。



「ああ、機械の身体は寝起きが良いからな」



 グッっと両足のペダルを踏み込む。

 これ自体は誤作動防止、ヘッドマウントディスプレイで拾った『両足で立つ』という脳波が『正しい』と伝えているにすぎない。


 サーボモーターの高周波な音が関節から骨格を伝わってくる。

 視点が一気に高くなった。


 兵士の代替として運用されるオートマトンは、安定性・走破性に優れる六脚型か、我が国も採用している四脚型が常識だが、この試作機は違った。



 子供の頃に憧れたロボットアニメを想起させる容姿。

 二本足で立つオートマトン。


 身長222センチ、重量は軽量化のため新素材にパーツを置き換えダイエット中、良い経験になると新人に押し付けたのだから、まさか立ったり歩いたりするとは誰も想像していなかったのだろう。


 軽く動作を試してみると、今日も快調に動いている。


「今回の評価試験は、次世代オートマトン技術実証機『カイライ』で、設定された経路を踏破する障害走。現状の姿勢制御ソフトができる基本動作で可能です」


「この近く、先週クマが出たぞ」


「クマ? ……それは強敵かも」


「防衛装備研究所から至急電(ウナ電)だ」


「依頼を受領しました」


「よし。評価試験を開始する!」


「お気をつけて」



 天幕から出る(と言ってもオートマトンのことだ、自分の身体は椅子に固定されている)。一拍遅れて、どよめいた観覧席の音を右のマイクが拾い、スピーカーを震わせた。


 そのまま徐々に加速、開始位置へ向け歩行していく。


 まるで自分が移動しているかのように、軽く感じる。

 情報源として物足りないのは、ニオイくらいだろう。



 と――



「なッ? ……ぐ、マ ズ イ゛」



 そこで、事態は急変した。

 機体から引き剝がされていく強烈な離人感!

 そして現実感消失が絶え間無く襲ってくる!


 朦朧とした意識の片隅に浮かんだ単語を縒り合わせ、「安里紗!感覚、遮断ッ、急げッ!」と叫びながら、『まだ試験段階の制御ソフト、感覚遮断は未実装』と、注意されていたことを思い出した。



「キレ、アリサ……」



 オートマトンへ身体動作を送信中は、自分自身の身体は動かせない状態になる。没入感を高めるために、スーツやヘルメットから受容体と特異的に結合する薬物を微量ながら投与され続ける。安里紗に声が届いていたとしても、スーツやメットを外せば抜けられるほどチャチな作りではない。


 万事休す――


 と、次の瞬間、咄嗟の判断だろう。

 整備所天幕の中で強引にヘルメットを取り上げた安里紗が目に入った。


 必死の形相で何事かを伝えようと動く唇を肉眼が捉えた。

 鼓膜は振動している、それを、脳が音として処理しない。

 こちらは全身が麻痺している、発声することができない。


 直後。



「ッふ、ぐぅ!!」



 心臓に経験したことのないほど鋭い痛みがほとばしる!!

 勝手に痙攣し椅子から跳ねたのか、視界は空中に舞った。

 途中、ケーブルに引き寄せられ、無様に地面へ墜落した。


 そこから、全身を撃ち抜かれる激痛。

 気絶すら許されない拷問が、永遠とも思える数分が続く。


 最後。


 暗転していく視界と引き換えに、亜里沙の悲痛な呼び声。

 オートマトンから流れ込む信号が、途絶。

 解放された安堵で気を失うことができた。



 なにが起きたのか知ったのは数日後。

 意識障害から回復したものの身体を動かせない俺に、安里紗が見せたメモ用紙。


 そこには『 襲 撃 』の二文字が躍っていたのだ――――

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