6 柊は風邪で休むらしい。前
「う……」
昼下がり、自室でうめき声をあげながら布団を押しのける柊。
まだ体調は良くなってないな、と呟きながら、そのままテーブルに向かってのそのそと歩いていく。
重い体を椅子にいったん預け、数時間前に置いたままにしておいた体温計をケースから取り出して自らの脇へ。
ぼうっとする頭で何を考えるでもなくただ虚空を眺めているうちに、ピピピ、と体温計測完了の音が一人きりの部屋に鳴り響く。その音がいつもよりうるさく感じたのはまだ体調が良くなっていない証拠でもあるだろう。
「八度三分、か」
小さな電子液晶に表示された数字をぼそっと読み上げ、すぐにそれをケースに戻す。
「どうしようかなぁ……」
時計の針は十二時半過ぎを指しており、いつもなら昼食を摂っているはずの時間。加えて今日は朝食も摂っていないので昼食まで抜いてしまうと体に良くない。
だが、食べなければいけないとは分かっていつつも、そんな食欲はない、というのが正直なところ。
それでもとりあえず何か用意はしよう。そう思うも、意思に反して体はなかなか動かない。
ふらふらとした足取り――途中で転びそうになったがなんとか持ちこたえた――でやっと冷蔵庫の前にたどり着いて中を見る。何かささっと食べられるものはないか、と思うも、自分の買ったもの以外がそこに入っているわけもなく。
もともと即席で用意できるものをあまり買うことのない柊の家に、体調を崩したときすぐに用意できるものが置いてあるわけがなかった。
唯一すぐに準備できるものと言えば昨日の夕飯の余りであるチャーハンだが、今はそれを食べようと思えるほど体が元気ではなかった。
(何か食べたほうがいいのは確実なんだけど……まぁ、変に動いて怪我するよりはいいか)
仕方がなく自分の中でそう結論付けた柊は、次また買い物に行ったときにでも何か買っておこう、と心に決めつつ、のそのそと自分のベッドへと向かい、――先ほど起きた際に開きっぱなしにしていたからか――かなり冷えてしまった布団にもそもそと戻っていく。
さむ、と呟きながら首まで深く布団にもぐると、体温が高いのですぐに中は温かくなる。それにくるまっていると全身がほかほかとし、うつらうつらとまどろみの中へ……
そんな中で柊は、今日の朝にあったことをぼうっと思い出し始めた。
***
午前六時半、目覚まし時計の電子音に促されてまぶたを上げた。
いつも通りの朝、というわけでもなく、どことなく怠い感覚が全体的にあった。普段とは違った寒さも感じ、これはまずいのでは、ととりあえず熱を測ってみることとする。
今日は金曜日。当然ながら学校もある。
ピピピ、と脇から音が鳴り、できれば休みたくないなぁ、と思いながら服の下から体温計を取り出してみる。
しかし、そうして願ったくらいで熱が下がるわけもない。無情にも柊の視線の先には「38.2」という数字があった。
(これは休むしかなさそうだなぁ……)
三十七度台ならば少し無理してでも行こうかと思っていたが、これだけ熱があれば授業もろくに受けられないだろう。
とはいえ、こんな状態になったのは明らかに自分の体調管理不足だ。寒くなってきたにもかかわらず冬用の毛布を出していなかったのはさすがによろしくなかったようだ。
思い返してみれば昨日の帰り道の時点でくしゃみも出ていた。そこで気づいて対策しておけば……
色々な考えが柊の頭をめぐるが、今更そんなことを考えてもどうにもならない。今はとりあえずこの状態を直してしまうのが先決だろう。
「とりあえず学校に連絡しておくか……」
ふらふらとした足取りでベッドのほうへと戻り、枕もとで充電していたスマートフォンを手に取る。そのまま電話帳を開いて学校の電話番号に触れ、ぼうっとする頭で状況を話し始める。
電話に出たのがちょうど担任だったことによってそこそこ話しやすかったのは少し助かった。
熱があることや現在の体調、その他もろもろ質問されたことに答えたのち、「それじゃあ、お大事にね」「はい」という会話を最後に、受話器を置いた音まで聞いた柊は、ふう、と少し息を吐いてぼふっとベッドに突っ伏す。
そのまま眠ってしまいたい衝動に駆られるが、その前に毛布は出さなければ、と踏みとどまる。休んだのに悪化させてしまったら意味がない。
思い体をのそのそと動かし、クローゼットの下の方に閉まっておいていた冬用の毛布を引っ張り出してベッドの上にばふっと放り投げておく。
(……そうだ)
寝る前に一応あいつにも連絡しておこう、と再びスマートフォンの電源ボタンをかちりと押し、藍空夕李の名前に「きょうやすむ」とメッセージを飛ばしておく。
すると数秒後には既読が付き、「今電話いい?」とメッセージが帰ってくる。「いいよ」と返せば部屋に着信音が響き始めた。
「もしもし」
『うわ、鼻声……風邪?』
おそらく教室から電話をかけているのだろう。男女さまざまな声がざわざわと聞こえる中、夕李はそう問う。
「そう。起きたら熱あった」
『そっか……お大事にね』
『ひーらぎが風邪ってちょっとめずらしいね』
近くには柚羽もいたようで、少し遠くからそんな声も聞こえた。
『ひとり暮らしなのにちゃんとした生活してるから体じょうぶなイメージ』
『たしかにそういうイメージはあるね』
二人の印象はそんな感じらしい。言われてみれば今年に入ってからここまで体調を崩したのは初めてかもしれない。
『とりあえず、ちゃんとねるんだよー』
『そうだよ。無理して……』
***
……で、それからなんて言ってたっけ。
何度かその情景を頭の中でリプレイするも、それらしき言葉は思い出せない。そのあとも少し話して、何か言っていたような気がするのだが……
朝の時点でそこそこ熱があったのだ。きちんと聞いて返事をしていたようで、若干頭が朦朧としていたために、実際は思っていたように理解できていなかったのだろう。
会話の内容を少しでも思い出してみようと回らない頭を懸命に働かせるも、本能が「寝るべきだ」と訴えている。
正直なところ、これ以上頑張ってみても思い出せそうにない。仕方がないし思い出したときでいいか、と結論付け、自分の本能に従いそのまま眠りにつくこととする柊。
そんな彼が、ピンポーンという音がまどろみの中で頭に響くのは、それから約三時間ほど後のことだった。
こんにちは。天守熾空です。初心者も初心者です。筆はとても遅いですが、頑張って書きます。
読んでいただきありがとうございます。「こうした方が読みやすい」などありましたらご指摘のほどよろしくお願いします。
六話目の前半です。来週と再来週はお休みにしようと思っていたのに前編後編で分かれることになってしまって「どうしよう……」ってなってます(お休みのままでいく予定ではある)。ちなみに氷梨さんが出てこない、という理由でタイトルに迷ったのはここだけの話です。いつもより短いのは本当にごめんなさい。