4 学校一の美少女は完璧らしい。
「銀杏さんってどんな人なんだ?」
机の上にある三人分の昼食もあらかたビニールの包みや袋だけとなり、食事ではなく会話の方に口を使い始めたころ。訊けたら訊いておこうと考えていたことを思い出し、そういえば、と話を切り出した。
「柊、ご飯一緒にいい?」
昼休み、窓から入ってくるひんやりとした風を受けながら購買で買ってきたおにぎりの包みをかしゃかしゃと開いていると、横からそう声をかけられた。
すっと横目で声のもとをたどると、そこには小さなコンビニ袋を右手に持った夕李が。
「ひーらぎ、いいでしょ」
その陰には柚羽もいたようで、夕李の後ろからひょこりと顔を出しながらそう声を発する。
「いいよ……どうせ断っても意味ないし」
「ありがとう」
もともと断るつもりもなかったのだが、ちょっとした非難のつもりでそうつけ足しておく。
友人だからというのもあるだろうが、そもそも優しそうな口調とは裏腹に多少強引なところのある夕李が、断った程度で引き下がるとは思えない。彼女も一緒にいるのならなおさらのこと。
「ひーらぎのところ広いからちょうどいい」
そんなことを言いながらさっそく誰も座っていない椅子を回収し始める柚羽を横目に、さらっと教室を見渡す。
窓際の最後列という教室の隅に位置している柊の席はたしかに、周りに比べてスペースの取りやすさがあった。
(まぁこいつらはそんなの関係なく来るだろうけど。もはや最近は来るのが当たり前みたいになってるしな)
「ひーらぎ、ちょっとどけて」
「はいはい」
適当なことを考えつつぼうっとしていた柊は、横から掛けられた柚羽の声に従って机の上の筆入れやらノートやらを鞄にしまい込み――直前に柚羽の座っている椅子の持ち主が見えた気がしたが見ていないということにする――三人分の昼食を置けるくらいの場所を確保する。
「じゃ、食べようか。いただきます」
「ん、いただきます」
ぱん、と手を合わせながらそう言葉にする二人。礼儀正しいなぁ、と思いながら、柊もそれに続き静かに手を合わせるのだった。
***
「銀杏さんってどんな人なんだ?」
机の上にある三人分の昼食もあらかたビニールの包みや袋だけとなり、食事ではなく会話の方に口を使い始めたころ。訊けたら訊いておこうと考えていたことを思い出し、そういえば、と話を切り出した。
「……ついに柊もあの人が気になり始めた?」
「恋愛感情があるとかそういうのでは断じてないから安心しろ。ただ、さすがに知らないのはまずいなと思っただけ」
面倒なことになりそうなので夕李や柚羽にはまだ話していないが、もともと夕李の住んでいた部屋に氷梨が引っ越してきている。
二日前に初めて彼女と会話したが、正直に言うとそれ以上のかかわりがあるとは思っていなかった。しかし、昨日のことを思い出してみれば、そうとも限らない気がする。
面倒かと訊かれれば一瞬の間もなく「イエス」と答えるだろう。が、これに関しては仕方のないことだ。
(それに、ばったり会ってしまったときに気まずい空気になるのも嫌だしな)
そんなふうにいろいろ考えつつ二人の反応を待っていると、不意に夕李がふっ、と笑った。
「……なんだよ」
「いや、何でもないよ。銀杏さんのこと、だよね?」
そう言いながら少し楽しそうな顔をする夕李。
絶対なんか邪推してるだろ、と言いたいところを軽く堪えて小さくうなずく。
「とは言っても実際に話したことなんて数えられるほどしかないし、ほとんど噂になっちゃうよ」
「そのくらい知れたら充分だろ」
「そう? ならいっか」
相変わらずだね、と少し呆れたような顔をする夕李。
そこでふと、そういえば柚羽は話さないな、と思い右の方を見ると、そこには少しニヤついた顔が見えて――
「お前もかよ」
つい口からそんな言葉が出てしまう柊だった。
***
夕李の説明にときどき柚羽も参入しつつ、いろいろなエピソードや噂を聞いて話がひと段落したとき。
「なんだその完璧な人間」
「そう思うよねぇ」
最初に出てきた言葉はその一言だった。
「容姿も頭も性格も全部いいって……そんな人間いていいのかよ」
「でも実際にそういう話を聞くから本当なんだろうね」
「わたしも話したことあるけど、すごくやさしかったよ」
「逆に悪い噂なんて聞かないし。むしろ探しに行った人が敗北したくらい」
あほだよね、と言いながらけらけらと笑い始める夕李。
粗探しもできないほどってむしろ怖いな、なんて思いながらその話を聞いていると、柚羽の口が開いた。
「なにそれ、わたし知らない。おしえて」
「えーと……たしか六月とかだったかな」
内容を知りたがる彼女に話を始めた夕李。
対して知りたいことはある程度知ることができた柊は、それをぼうっと眺めながらその話を流し聞きしていたが、半分ほど話したであろう時に昼休みの時間終了の予鈴が鳴り、一旦の解散となった。
自分のものを片付け教室へと戻ろうとする柚羽に続きは帰りにでも話すよ、と伝えた夕李は、彼女を見送った後――大した距離でもないのにこういうことをさらっとやる辺りバカップル気質はあるよなぁ、なんて考えつつ柊はその光景を見ていた――こちらに向き直る。
「とまぁ僕が知ってるのはこのくらいかな」
「ん、ありがとな」
わざわざ教えてくれた友人に感謝しつつ、去っていった方の友人がかき集めた椅子を元の場所に戻す作業に入る柊。その隣で夕李は、んー、と小さく唸る。
「でもやっぱり意外だな、柊がこういうこと訊いてくるの」
「……俺でも知りたくなることくらいはある」
「ふーん……ま、少し楽しみなことが増えたからいっか」
「やっぱり変なこと考えてたな」
そんな話をしながらすべての片づけを終え、夕李は自分の席へと帰っていく。
食事中に柚羽が寒い、と言いながら閉めた窓を再び開けながらさっきの話を思い返す。
容姿端麗、才色兼備、非の打ち所のない性格……
(否定する気はさらさらないけど、俺の知ってる銀杏さんとは少し違う気がするんだよなぁ……)
ほんの少しだけ違和感を覚えるも、ガラガラと扉を開けて教室に入ってきた教師と起立、という週番の号令にその思考は遮られ、ひとまず授業の方に集中することとする柊だった。
***
先生に頼まれてしまった資料の運搬を終え、いつもより少し遅く昇降口についた柊。
友人のカップルは「先に帰ってていいぞ」と言った柊に従ってもう帰ってしまったようだ。
よくわからないもの頼まれたな、などと考えながらはぁ、と小さくため息をつく。
「こんにちは」
と、下駄箱から靴を取り出していると、不意に後ろから聞き覚えのある声が。
振り返るとそこには、昼休み時間の話題にもなった学校一の美少女、銀杏氷梨の姿が。
彼女のクラスの下駄箱は柊のクラスのものと同じ列にあったらしく、帰りに姿を見かけて話しかけてきたようだ。
「今帰りですか?」
「え、はい。そう、ですね」
今日も変わらずそのロングヘアをふわりと携えた彼女は、柊のその言葉を聞くなり少し逡巡するような素振りを見せる。
一瞬嫌な予感がするも、それを防ぐ手段はすぐに見つからず。何の対策もできないまま氷梨の口が開かれる。
「同じ道ですし、せっかくなら少しお話ししながら帰りませんか?」
妙にアクティブであるらしい彼女は、少しばかりひきつった顔の柊にそんな提案をするのだった。
こんにちは。天守熾空です。初心者も初心者です。筆はとても遅いですが、頑張って書きます。
読んでいただきありがとうございます。「こうした方が読みやすい」などありましたらご指摘のほどよろしくお願いします。
四話目です。えと、ベッタベタ過ぎて自分でも驚いているところではあるんですけど……あの、そこはご愛嬌ということで、お願いします……(それでいいのか)。