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3 斜向かいさんは訪問するらしい。後

「ん、美味しいです……!」


「それならよかったです」


 (ひいらぎ)が作ったハンバーグに氷梨(ひまり)の持ってきたブロッコリー――ただ茹でただけではあるが――を添えて、皿に盛りつけたものがテーブルに二つ並んでいる。

 そしてその皿にそれぞれ箸を伸ばしている柊と氷梨。


(……どうしてこうなった)


 目の前にあるハンバーグを箸で半分に分けながら、今に状況に至るまでの経緯を思い出す――

「持ってきました。ブロッコリー、ハンバーグには合うと思いまして」


 柊の部屋を出てから約三分後、透明な袋に入ったブロッコリーを右手に携えて再び戻ってきた氷梨。


「ブロッコリー、いいですね。じゃあ……簡単ですけど茹でる感じで」


 彼女からブロッコリーを受け取りながら、どう調理するかを決める。

 どうですか、と訊くと、氷梨もそのつもりで持ってきたようで「おねがいします……!」と、少しばかり目を輝かせながら答えた。


「じゃあ調理してくるので、銀杏さんは待って、いて……」


 調理方法も決まり、茹で終えるまで待っていてもらおう、となったところで、柊の中に一つ問題が発生した。


(あれ、銀杏さんどうしよう)


 屋内とはいえ、さすがに部屋よりは寒い。そんな中に一人待たせておくのはいかがなものか、という考えが頭をよぎる。

 もし柊のせいで風邪をひいて、それが学校の人知られたら。

 氷梨の話題のことだ。すぐに広まって、学校中を敵に回すこととなるだろう。

 そうして少し考えた結果、一つの策を提案することとする。


「えーと、あまりきれいじゃないですけど、もしよかったら中で待ちますか?」


「えっ」


「あ、いや、下心とかではなくて……! ただ、寒い中で放っておくのはどうかと思いまして……」


 焦って少し早口になってしまうが、誤解されてしまう方が柊にとっては避けるべきこと。

 早めに弁明をしながら提案をする。


「ご心配ありがとうございます。私は大丈夫なのでお気になさらず」


「そ、そうですか。じゃあなるだけ早く茹でてきますね」


「はい。お願い、しま……くしゅっ」


 おそらく「お願いします」と言いたかったのだろうが、それをかわいらしいくしゃみが遮った。


「え、と……入ります……?」


「は、はい……お邪魔、します」


 先日と同じように耳までほんのり赤く染めながら、氷梨はそう返事をして小さくうなずいた。


***


「できました」


「おぉ……!」


 ハンバーグ――少し冷めてしまっているだろうが――の横に茹でたブロッコリーを乗せた皿が目の前に二つ出来上がった。

 今回ソースは作っていないのでご自由に、ということにはなるが、追加された緑も相まってなかなかいい見た目に仕上がったのではないだろうか。


「……今いただいてもよろしいですか?」


「……はい?」


 今、というのはここで食べる、ということなのだろうか。氷梨から唐突に放たれた言葉に理解が追い付かず、気の抜けた返事が口から漏れる。


「あ、いえ、えっと……その、せっかくなら温かいうちに食べたいな、と……」


 再び顔を羞恥で赤く染めながら、先ほどより小さな声でそう説明する氷梨。

 どうやら学校一の美少女は少しだけ食いしん坊さんらしい。

 ここで「自分の家に持っていって食べてください」ということもできるが……どうせ食器を返しに来るのなら、ここで食べるのが一番楽ではあるだろう。

 ただ、そうなると問題となることが一つある。


「食べていくこと自体はいいですけど、ご飯は少ないかもですよ」


 元々少食である柊は少なくても大した問題はないが、氷梨がどうかはわからない。見た目に反して意外と大食いの可能性だってある。まぁいずれにせよ、並の一人前は用意するべきだろう。

 しかし、柊の家にはあまり多くの白米がおいてあるわけではなかった。そもそも、今日の買い物を逃した時点でお察しではあるが。

 このままだと一人前を分けることになるが……と頭を悩ませていた柊の耳に、少し興奮気味な氷梨の言葉が入った。


「ご飯は自分で持ってくるので大丈夫です……!」


「……あぁ」


 納得の声が出た。


(たしかに、それで済む話じゃないか。むしろ俺、この人にどこまでしようと……)


 改めて考えてもみれば、何もかもしすぎな気がする。

 夕李(ゆうり)にしている感覚だとやり過ぎるな、なんてことを考えているうちに、氷梨は既に玄関で靴を履きかえていた。


「それでは、持ってきますね」


「あ、はい」


 宣告通り、自らの部屋へとご飯を取りに行った氷梨。

 その間に先に自分のぶんのご飯を用意してしまおう、と思いくるりと玄関を背にすると同時、ふと一つ考えが頭をよぎり、ついそのまま口から出てしまった。


「……どうせ自分の部屋に行くんだったら、持ち帰って食べてもらってもよかったのでは」


***


「ただいま戻りました」


 その言葉と共に部屋へと戻ってきた氷梨。その手には、パックに入った白米――レンジで加熱すればすぐに食べられるようなもの――、反対側の手には薄い桃色で花柄の描かれた茶碗、そして、ケースに入れられた箸であろうものが見えた。


「それ、便利ですよね」


 彼女の左手側を指さしながら、柊はそう話しかける。

 一人暮らしを始めて二年目となる柊。もちろん口にしたことがあった。

 レンジに入れて少し待つだけで出来上がり。しかしその手間に対してしっかり美味しい、という優れものだった。


「はい。とても重宝しています」


 そんなふうに軽い話をしながらテーブルへと向かい、それぞれ、用意したご飯を茶碗に移す作業に入った。

 テーブルの広さにあまり余裕がなく、向かい合って椅子に座る形になっているので、その光景が目に入る。

 やっぱり箸の持ち方もきれいなんだな、なんて思ってる間にその作業も終わり。


「……それじゃあ、頂いてもよろしいですか?」


「どうぞ。お口に合うといいですけど」


「いただきます」


 彼女は手を合わせながらそう言うと、ハンバーグを一口大に切り分け、そのまま口元へ。

 すると、先ほどまで少しわくわくしたような表情だったものが、すうっと幸せそうなものへと変わっていた。


「ん、美味しいです……!」


「それならよかったです。あ、見ての通りソースはないので、ここにある中から自由にかけてもらって」


「はい、ありがとうございます」


 氷梨が戻ってくる前にテーブルの上に用意しておいた、中濃ソースやらケチャップやらの調味料を指さしつつ声をかける。


(俺もそろそろ食べるか……)


 味見はしていたのでそこはあまり心配していなかったが、それでもおいしく食べてもらえるかは少し心配だった。なので氷梨の反応を見て密かにほっとしつつ、柊もいただきます、と手を合わせることとする。


「……あ、美味い」


「ですよね……!」


 自分の作ったハンバーグに満足もしつつ、二人はそれぞれの皿と茶碗を空にするべく箸を動かすのだった。


***


「「ごちそうさまでした」」


 テーブル上に並んでいる食器がきれいに空になり二人そろって両手を合わせる。


「美味しかったです。ありがとうございます」


「……はい、おそまつさまでした」


 今まで、自分が作ったものを食べているところをこうして見ることはなかったので、とても新鮮だ。


(こういうのも嬉しいものなんだな……)


 そんなことを考えながら、いつもとは少し違った気持ちで食事を終える柊。

 そしてそのまま食器をシンクまで持っていっているとき、不意に背後から声がかけられた。


「白藤さんってあまり他人とかかわらない人だと思っていました」


 今日の帰りに夕李にも同じようなことを言われたが、氷梨にもそういう認識をされていたらしい。


「……あんなことした相手にそんな対応できないですし」


「嫌々ですか?」


「そ、そういうわけでは……」


「それならいいのですが」


「むしろ銀杏さんこそ俺なんかとかかわって大丈夫なんですか?」


 純粋な疑問だった。


「? といいますと」


「なんというか伝えにくいですけど…… 学校一の人気者が俺なんかとかかわって、悪い評判が立ったりしたら申し訳ないな、と」


 自分でもきちんと説明できないような、言ってしまえば気持ちの問題を話すと、氷梨は、はぁ、と小さくため息をつき、すぐにこう答える。


「そんなこと言っていたら誰とも話せないじゃないですか」


「あ、まぁ、たしかに……」


「かかわる人を選ぶのは大切ですけど、見かけや評判だけでそれを決めてしまうのは良くないことです」


 実際にかかわってみて決めたのならいいですけど、と付け足しながらそのまま言葉を続ける。


「それに、そうやって自分のかかわる人を常に考えているのも疲れますし、勿体ないですよね」


「……なるほど」


 その話を聞き、なんとなく腑に落ちた気がした。


(こういう考え方だからこの人は人気なんだろうな)


 容姿もその要因の一つなのだろうが、人に好かれる性格をしているから、ということも大きいのだろう。

 そうして彼女の人気な理由がなんとなくわかったところで。


「……もうこんな時間ですか」


 氷梨はふと柊宅の時計に目をやり、ぽつりとそう呟いた。座っていた椅子からすっと立ち上がり、改まって柊の方へと向き直る。


「今日はありがとうございました。美味しかったです」


「あ、いえ、俺も久々に誰かと夕飯食べられて楽しかったです」


 少し驚きつつも、そう返す柊。


「それではおやすみなさい」


「はい、おやすみなさい」


 そう言うと彼女は、持ってきた茶碗やら箸やらを両手に、玄関へと向かう。

 そして扉をくぐる前に再び礼をして――柊もそれにつられて自然と頭が下がった――今度こそ戻ってくることはなかった。


「……災害かよ」


 あまりにも唐突だった彼女の訪問。元々他人とかかわることを得意としない柊にとっては疲れた部分もあったが、楽しかったことは嘘ではない。


「……ま、皿洗うか」


 色々と考えていた柊だったが、一旦その思考は置いておいて目の前の事項である後片付けに専念するのであった。

こんにちは。天守熾空あまがみしあです。初心者も初心者です。筆はとても遅いですが、頑張って書きます。


読んでいただきありがとうございます。「こうした方が読みやすい」などありましたらご指摘のほどよろしくお願いします。


3話の後半となります。筆の乗る時間と頭がおかしくなり始める時間が重なってきてまずいな、と思っている今日この頃です(現在も例にもれず)。

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