転生人生?
転生とは、人間の体が一度死に、新たな体に宿り生まれ変わる事。本人に「転生した!」と言う意識が無ければただの生である。
一度死んだであろう状況を理解し、その死んだ体の自分とは違う体でその状況に気付いてこそ成立する。
じゃぁ、今の俺の状況は転生と言えるのだろうか。
「ベロベロバー、ほぉ〜ら、タックンのジィジだよぉ〜」
ごま塩頭に馬鹿面晒して初孫相手に何とかご機嫌を取ろうとするオッサン、犬飼拓郎(52歳)、これが俺である。
20歳そこそこで結婚して10年目にしてかわいい娘を授かった。しかし妻は目に入れても痛くない我が子を残してこの世を去り、俺は男手一人で娘を育てた。
そんなかわいいかわいい娘は高校を卒業してすぐに家庭教師をしていたクソ餓鬼と結婚すると言い出したヽ(`Д´)ノ
もちろん俺はプチ切れて暴れて…やろうかと思ったがかわいいかわいいかわいい娘に泣かれるから、己は涙を飲んで許してやった。
かわいいかわいいかわいいかわいい娘に子供が出来たのはそれから2年。これで娘の旦那を義息子と認めてやった。
目の中に入れても痛くない娘の、命懸けで産んだ子供。なんだったら挑戦してみてもいい。
なんてかわいいんだ…天使か?いや、天使だろう。天使の降臨だ‼︎
そんな事を考えていた犬飼拓郎(52歳)…が目の前にいる…
そして俺、滝岡拓磨(0歳)の目の前にいるのだ。犬飼拓郎は俺。滝岡拓磨も俺。
この時犬飼拓郎は『この天使、赤ちゃんらしくなく無表情…いやいや、天使だし、天使は天使だから表情なんて無くて当然。だって天使だもん』とか思っていた。そして俺はそんな拓郎(俺52歳)のデヘデヘした顔のアップにスンっと無表情になっていたのだ。
この時俺は生きている。しかし、俺も俺として記憶がある。目の前にいる拓郎(俺52歳)は死んでるのか?死にかけなのか?
実は拓磨(俺0歳)にはテレパシー的なものがあって情報共有的な能力で拓郎(俺52歳)の見るからにダダ漏れの思考を受け取りはするものの、赤ん坊の脳みそでは処理能力が足らずに自分の経験として…いや。それなら何故拓郎(52歳)が話していない人生まで知っているのだ?
妄想暴走中赤ん坊なのか?
今日は俺(拓磨0歳)のお七夜で茉莉の実家、つまり拓郎(俺52歳)の家に来ている。
拓磨(俺0歳)はピンチに立たされていた。
…そう。娘(かわいい茉莉)のおっ○い問題だ。
「お父さん、タックンおっぱい飲まないんだよ…母乳出てない訳じゃないんだけど…私の時ってどんなだったか覚えてる?」
拓郎(俺52歳)とかわいい娘(茉莉)の間には隠し事など存在しないのだ。しかし拓郎(俺52歳)、今こそその脳細胞の全てを働かせて茉莉の涙を拭うんだ!
俺は…俺は死んでも娘のおっ○いは飲まん‼︎茉莉、許してくれ(涙)
「大丈夫だよ、茉莉ちゃん。」
「圭介くん…」
「だぅ」
黙れ義息子。
「お前が赤ちゃんの時かぁ。お前のお母さんはなぁ、お母さん…柚茉…」
ガンバレ拓郎(俺52歳)!ええオッサンが、な、泣くな!
「うにゃぁ〜」
「あらあら、タックンどうしたの?」
「お腹空いたんでちゅか〜?」
黙れ義息子!
「…お前のお母さんは母乳が出なくてなぁ。お前が赤ちゃんの頃は母乳がいいと言われてたからお母さん…グスッ…お母さんは苦労したが、お前はミルクでもこんなに元気に可愛く育ったんだから、何も問題はないぞ?」
「うみゃぁ〜」
良くやった!拓郎(俺52歳)、俺(拓磨0歳)も涙で前が見えないぞ!
「タックン、ジィジがおっぱいやろうか〜」
いらん。寄るな拓郎(俺52歳)。
「どうした〜、拓磨。おむつかな?」
黙れ義息子‼︎
◆◆◆
あれから5年。俺は拓郎の生活を拓磨目線で見守ると言う不思議生活を続けていた。拓郎(俺57歳)の時にはこんなに小さいのにたまに大人みたいな顔をする時がある、うちの子天使じゃんとか思っていた。
今日は拓郎(俺57歳)が天に召される日。病気が分かってから悪化するまであっという間だったから心構えは出来なかっただろうが、たいして迷惑をかける事も無かっただろう。
この日は何故かいつも『スンっ』としている拓磨(5歳)が俺のところに来て泣きじゃくっていた。
はずなんだが…俺(拓磨5歳)泣いてねぇ…拓郎(俺57歳)を拓磨(俺5歳)が見守るシュールな絵面。なんで前の俺は泣いてたんだ?…やばい、泣けねぇ(汗)
今まで生きてて(5年だが)拓郎で経験した通りの事が拓磨目線で起こっていた。流石に細かい事は覚えて無いが概ね同じであったと思う。
拓磨の横に座っている茉莉ママもポロポロと涙をこぼして拓郎の手を握っている。拓郎はその手を離すように促すと拓磨の頭に持って行き、優しく、ゆっくり撫でる。そして『そんなに泣くな。目がとろけるぞ』って言う拓郎…
だから泣けねぇって(汗)
「茉莉、そんなに泣くな。目がとろけるぞ」
…アレ?俺の聞き違い?
「俺の代わりに拓磨がお前の事を守ってくれるから。」
「そこは圭介さんじゃないの?」
泣き笑いで応える茉莉。うむ。勿論かわいい茉莉ママは俺(拓郎)死しても俺(拓磨)が守るとも!
俺、拓磨は小さな胸をドンっと叩く。拓郎はワシワシと俺の頭を撫でた。
拓郎が俺の方を見て口を動かす。聞こえないぞ?
拓郎の口元に耳を近づけると…
「俺、後のことは頼んだぞ?」
「わ、分かった」
実は俺は拓磨に囁いた言葉は自分でも覚えていなかった。死ぬ間際に拓磨を手招きして小さな耳に何か囁いて…
そして俺(拓郎57歳)は妻のもとに旅立った。