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少女の手に握られたものは。

作者: 青原匠

 ーー〇〇年前、イラク戦争というものがあった。適当に説明をすると、当時のアメリカ大統領が、イラクの大量破壊兵器保持を理由に、イラクへと侵攻したものである。戦争自体は圧倒的な戦力差を背景にアメリカの完全勝利となったのだが、事後処理を済ませるまでが戦争である。治安維持等を理由に米軍を始めとした多国籍軍がイラク国内へと駐留することになったのだ。そして斯く言う私もその駐留軍の内の1人である。しかしながら、強引に侵攻を進めて政権を倒したアメリカに対するイラク国民の感情は決して良好とは言えず、散発的な戦闘も頻発し、状況は正直いって逼迫している。だから私達駐留軍は自分の身は自分で守らなければならないという訳だ。 


 とは言え、毎度毎度ACUに身を包み、アサルトライフル等の銃火器を携えて警戒しながら市街地を闊歩する訳では無い。勿論休息だってある。だから私は観光というか監察も兼ね、軍基地を離れ、イラク首都バグダードよりも南方に位置するにとある町へと私服で来ていた。

 今歩いているメインストリートのように見えるこの道は、コンクリートで舗装されている訳でもなく、建ち並ぶ建築物もボロボロの鉄筋コンクリートで出来たものであったり、トタンで出来たものであったり、と貧弱なものばかりである。道行く人々は活気なくとぼとぼと歩いたり、弱々しく座っていてそもそも歩いていなかったりした。つらつらと情景描写を書き連ねたが、早い話がスラム街だ。

 見渡すと所々に銃痕や爆散した跡があり、治安の悪さを物語る。更には彼の戦争による反米感情も相まって、アメリカ人である私の命は洒落にならない程度には危ないだろう。だから私は、左内もものホルスターに忍ばせたM9ハンドガンを常に脳内に意識している。

 厳戒態勢で町を歩く。するととある路地に目が止まった。一つ断っておくと別に道そのものが私の知的好奇心をくすぐったのではない。そこにいた少女が私の心を惹いたのだ。少女は昼間でありながらも、周りの建物によって影の黒色が色濃く着色された路地の傍らに、独りでに佇んでいたのだ。確かに周りには他にも似たように座り込んでいる人も沢山いるが、彼らは皆んな大通りに面しているし、家族であったりそれに近しいものといる。しかし少女は違った。更には少女は遠目からでも分かるほどに痩せ細っていて、身に纏っている物も服というよりは布だ。私は靴だけは軍装の時と同じであるコンバットブーツを前進させ、少女へと近づく。私の足音に気が付いたのか少女は俯かせていた顔をムクリとおもむろに上げる。目が合う。近くで見ると痩せ具合が尚一層顕著に現れており、骨格がくっきりと見えるほどであった。私は正直少女を哀れんだ。だから、一応持ってきていた軍支給の乾パンを少女に渡した。それはパサパサしていて、おべっかを使ったとしても決して美味しいと言えるようなものではない。しかし、少女は無言でそれを受け取ると黙々と封を開け、食べ始めた。すると、余程お腹を空かせていたのか、ほんの数口で食べ尽くしてしまった。食べ終わった少女は矢庭に顔を上げて、再び私と目を合わせた。無言でまるでおかわりをせがむかのように。ただ、私の今持っている食べ物はそれだけだったし、これ以上哀れみの心1つで勤務地の少女に肩入れをするのも違うと思い、何も言わず私はその場から立ち去った。


 それから数日が経った。あの少女との出会いはほんの一時だけの関わりに過ぎないと思っていた。しかし、あの巷でも不味いと話題の乾パンを美味しそうに平らげるほどに切迫していた事情に鑑みると、何だか気が気でなかった。

 だから、私はまたあの少女がいた所に出向いたのだ。今度は少し多めに食料を持って。すると、少女はそこにいた。私は少し安堵した心持ちで持ち込んだ食料を渡し、少女はそれを無言で直ぐに平らげ、私はその光景を見届けると立ち去った。無事を確認できたし、これで本当に最後だろうと思っていたのだ。

 しかし、また数日が経つと少女のことが心配になって、結局食料を携えて赴き、無言で少女がそれを食べ、そして立ち去る。

 するとまた少女のことが気になって、と、何度も同じ事を繰り返した。その内にいつの間にか習慣化し、私は結局暇を見つけては少女の所を訪ねるということをしていた。

 そんなある日、私がいつも通り食べ物を持って少女のところへと行くと、少女は座らずに立っており、無言で手招きをしてきた。私はそれに従って路地の更に奥深くへと足を進めると、少女はとある1軒の家へと入った。だからつられて私もそこに入ると、少女はくるりと回転して私の方向を向いた。私はよく分からずに聞いた。


「ここはどこなんだい?」


 その問いかけは少女が現地の人であるから、イラクへと赴任する時に私が必死に勉強したイラクの言語によるものであったが、そもそも少女はいつも無言で、私と少女の間で会話を交したことなんて一度もないということを忘れてのものだった。だからその事をすぐに思い出した私は別に返答は期待していなかった。

 しかし、少女は


「えーとね」


 と考えるように口を開いた。初めて聞く少女の声だ。

 年相応な、その声に私は驚く。そんな私を後目に少女は再び口を開く。










「私の故郷をこんなにもめちゃくちゃにした、憎いアメリカ兵を殺すためだよ?」








 と、満面の笑みで。私はその言葉を咀嚼したが飲み込めなかった。意味がわからなかった。そうやって混乱している私に対して、少女は私がホルスターに忍ばせていたものをするりと慣れた手つきで奪い取り、

 セーフティレバーを解除し、

 私のこめかみに近づけたのだ。




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