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優しい闇魔法の使い手のお話

作者: 水無亘里

 遥か古の時代より、闇魔法は邪悪なものとして恐れられてきた。


 まず始めに、伝説の魔王が命を奪うために闇魔法を生み出した。

 やがて、封じられし魔王を蘇らせるために悪の司祭は闇魔法を行使した。

 悪事を働くためにとある帝国の宰相は闇魔法に手を染めた。

 犯罪組織の頭領は闇魔法で人の心を洗脳し、国家の転覆を企んだ。


 歴史書を紐解けばそれこそいくらでも闇魔法による悪事が目についた。

 闇魔法ならば悪である。

 そんな論法も成り立ってしまうくらいには、闇魔法は忌み嫌われていた。


 けれども世界が本当に、それだけの理屈で回っているかというと、決してそんなことはない。


 ――何故なら、世界には彼女がいる。

 〈ユズリハ=ツキモリ〉。

 闇魔法を受け継ぐ一族の少女。

 いつか〈月明かりの静寂姫〉の名で囁かれることになる、一人の心優しい少女の名だ。


――


「帰ってきたばかりで悪いが、あんたに依頼がある」


 ユズリハがギルドへ戻って報奨金を受け取っていると、強面のギルド長からそんなふうに切り出された。

 嫌な予感がしたので、途端に踵を返すユズリハ。

 しかし、ひっしと肩を捕まれてしまえば、脱出は不可能と悟るしかない。

 強面のギルド長は必死な形相をしている。


(ひっしと掴んできて必死な形相をしている……)


「……その顔はまたくだらないことでも考えていそうだな」

「……いえ……そんなことは……」


 ふと思いついたダジャレにニヤついてしまう頬をローブの袖で隠しながら、ユズリハは細い声で何とか答える。


「……構ってやりたい気持ちもあるんだがどうにも切羽詰まっていてな、悪いが断るという選択肢は与えてやれんぞ」


 そこまで言われてしまえば、用向きは推して知るべしである。


「……闇魔法のお仕事ですか」

「そういうことだ。詳しくは依頼書に書いてある。……頼んだぞ」


 ――ハァ……。

 思わずため息がもれる。

 闇魔法の使い手は少ない。

 この街で、実践レベルの闇魔法を使える人間はおそらくユズリハ一人しかいないだろう。

 だからこその仕事量である。


 ユズリハは肩を落としつつ手荷物を背負い直す。

 ギルドの入り口では、黒い毛並みの大狗ハウンドドッグが行儀よくお座りして待っていた。

 ユズリハは「行くよ、月音ツクネ」と声をかけると、大狗が「わふっ」と答えて足元に擦り寄ってくる。

 自然と周囲の人が捌けていく。

 それは大狗を恐れての所作にも見えるし、闇魔法の使い手を恐れたようにも見える。

 ……そんな様子も気にしたそぶりも見せず、ユズリハは間延びした声を上げる。


「よーし、今日もがんばってころしちゃうぞー!」


 ぎょっとした視線が向けられるが、ユズリハは気に留めることもない。

 寄り添うような大狗のツクネだけが「わふっ!」と元気に答えるのだった。


――


 暗闇に包まれた洞窟の輪郭を、光魔法がぼんやりと描き出した。

 周囲が見えるようになったおかげで、歩くには困らない。

 しかし、最奥まで照らし出せるわけもなく、警戒を解くには至らない。


「ひゃー、薄暗い洞窟だねー」


 能天気な声は光魔法の使い手のアカリだ。

 依頼書の待ち合わせで合流した冒険者の一人で良く言えば天真爛漫、悪く言えば空気が読めない系の少女だった。

 ユズリハとも知り合いで、同じ依頼を受けたのも一度や二度ではない。


「魔物は全部ツクネちゃんがやっつけてくれるよね!」

「松明以下に成り下がりたいならそれでもいいけど」

「ああん、イケズー!」


 そんなこんなのやりとりをしつつも、危なげなく洞窟を攻略していく。

 警戒はツクネが担当し、攻撃役はユズリハとツクネだ。

 ぶっちゃけるとアカリの役割は回復役と松明代わりなので、松明以下という謂れもあまり的外れではなかった。


 闇魔法は命を奪う魔法だ。

 現れた蝙蝠の命を奪い、ゴブリンを屠り、スライムを蒸発させた。

 ほとんどの魔物は一撃で終わるので、ツクネすら出番がなかった。

 ただ闇魔法が生み出す黒い魔球が飛び交うだけの戦闘だった。

 魔力回復のマナポーションを2本飲みきった頃には目的の場所に辿り着いていた。


「……いよいよだねぇ。ユズちゃん、準備は良い?」

「だいじょうぶ、アカリの遺言書はキチンと書き上げてあるから」

「ええっ?! あたし死なないよ! 財産だってユズちゃんには1ルースも渡さないんだからね!」

「ひどい、何度も命を救ってあげたのに……」

「え……じゃあちょっとだけ……。……じゃなーい! 何よもう! 信じそうだったじゃないの!」


 わざわざノリツッコミをしてくれる友人に頬を緩めながらも、杖先は現れた敵に向けて照準する。

 視線の先に現れたのは薄汚れた騎士鎧をまとう骸骨。

 カタカタと音を立てながら大剣を身構えている。

 ユズリハは杖を構え、ツクネも低く伏せて唸り声を上げる。

 後ろで震えながら聖鈴(れっきとした光魔法使いの武器だ)を突き出している。


 元来、魔法とは万能の力を指している。

 自然の力を意のままに操り、人や自分のために役立てるのだ。

 しかし、実際のところ、魔法は万能には程遠い。

 伝承のように光魔法で悪しきものを浄化することはできない。

 光魔法で回復しても、血が止まって体力が戻るだけ。みるみる傷が塞がるような便利な代物ではない。

 不浄な地で動き出した屍体たちを浄化させる方法は、闇魔法による消滅か、火魔法による炎上しかない。

 とはいえ、洞窟を炎上させては魔法使いもろとも焼かれてしまう。

 つまりは実質闇魔法でしか倒す方法が存在しない。


 忌み嫌われる闇魔法の使い手は少ない。

 けれど、世界には必要な魔法なのだ。


 ツクネが吠えて、骸骨の気を引いている。

 骸骨は近くの生者へ襲いかかる習性がある。

 食らいつくと血を吸い上げて自らのエネルギーに変えてしまうらしい。

 だが、骸骨の動きは鈍重で当たらない。

 ツクネは危なげなく避けて、さっと身を引いた。

 惚れ惚れするようなヒット&アウェイだ。


 そうして稼いだ時間を使って、ユズリハは魔力を充填させる。

 ――うたを、謳う。


《眠れ、眠れ、眠れ――》


 少女の細い喉から、響く歌声は洞窟の壁に反響する。

 その瞬間、空気が変わり、暗闇すら瞬いたように、闇が溶ける。


《怨嗟の炎を鎮めましょう 悲哀の氷を静めましょう ――世界は白で満たされる》


 ともすればそれは、光魔法よりよっぽど神聖で、清浄な響きを感じさせる。


《深々と、静寂に溶けて消えて逝く 永久の夢を抱いて》


 骸骨の動きが鈍り、大剣が地に落ちる。


《此処は約束の地 眠れ、母の膝元で――》


 ユズリハが杖を掲げると、骸骨はついに力尽きて砕け散る。

 後には、静寂だけが残されていた。


「よし、今日もちゃんところせたね」


 優しく呟いたユズリハの顔には、涙が浮かんでいた。


――


 洞窟の外に出ると、アカリは光魔法を消して聖鈴をポシェットにしまった。

 眩しさに目を眇めながら、ふと気になっていたことを口にした。


「ねぇ、ユズちゃん。闇魔法を使った後、よく泣いてるけどどうして? なんか辛いことでもあった?」


 心配げな眼差しで尋ねてくる友人に、ユズリハは少しくすぐったそうに頬を緩めながら、少し思考を巡らせた。


「う~ん、どうしてだろ」

「ふぇ? 自分でも分からないんだ?」


 呆気にとられた様子のアカリ。

 ユズリハは闇魔法を覚え始めた頃のことを思い出しつつ、こう続けた。


「謡を作った人の気持ちが、なんとなく伝わってくるのかも」

「謡を作った人っていうと……ユズちゃんとこのご先祖様?」


 うん、とユズリハは頷いた。


 闇魔法は、命や形あるものを壊すための魔法である。

 けれど、この謡――この魔法には、悪意を一切感じない。

 誰かや何かを救いたくて、作られた魔法なのだ。

 死ぬことは怖いことで、誰もが望む結末ではないのかもしれないけれど。

 それでも、この魔法は救いのために存在している。


 例えば、不死となった魔物の苦しみを断つために。

 例えば、憎悪や悲哀に狂わされ魔物と化した存在を終わらせるために。


「きっと、闇魔法でしか救えなかった誰かを想って、作ったんだろうなって」


 そんなふうに答えると、アカリはにぱっと笑って八重歯を覗かせる。


「優しいご先祖様だね♪」


 ユズリハは嬉しくなって、アカリの手を取った。


「だからアカリ。いつかなにかの拍子に嫉妬に狂って魔物になっちゃったとしても、ちゃんとわたしがころしてあげるからね!」

「絶対にそれは違うよ!! もうっ! ホント、ユズちゃんはデリカシーが足りないよね!」

「……どういうこと?」

「んーん、別に? なんでもないよー♪」


 良く分からないままのユズリハだったが、アカリが楽しそうなのでどうでもいいか、と思うのだった。

なんとなく闇魔法の面目躍如を狙って書いたような気配がします。

しかし、短編という形式だとユズリハの可愛さを十二分に書けなかったような気がするので、ユズリハの可愛さだけを凝縮した純度100%のユズリハ汁を作成するために今日も闇魔法の開発に勤しもうと思います。

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