サリウスさんの家
貴族は王都から離れた僻地に領地を持っており、普段はそこで暮らしているが、王都にも屋敷を与えられている。貴族家のメンバーは毎年一度は王都に出向いて国王に謁見する決まりがあって、その際に利用されるというから、江戸時代の大名屋敷のようなものなのだろう。貴族の家は王都の西側の小さな丘の麓に集中していた。
人気のない大通りの両側に大きな屋敷が立ち並んでいる。サリウスさんと並んで歩きながら薄暗い街並みに目を凝らした。外界の様式を真似たスタイルの家が多く、あまり面白味はないけれど、どれも手が込んだ造りをしている。
「この通りの家は全部貴族のお屋敷なんですか?」
「ほとんどがそうだな。まとめておいた方が色々と都合がいいのだろう」
彼の声に嘲笑めいた響きを感じたので、誰にどう都合がいいのか尋ねるのはやめた。
どれが彼の家なのかな? けれどもサリウスさんは足を緩めずに豪邸の前を通り過ぎていく。もうお屋敷も尽きそうだという辺りでいきなり角を曲がり、丘の斜面へと続く細い横道に入った。あれれ、どこに行くんだろう?
丘の中腹まで登ると道路わきに小さな門が現れた。彼は門を開いて、その奥の石段を登っていく。両側の茂みには月明かりに白い花が光っていた。こんな幅の狭い階段が貴族のお屋敷に続いているのかな?
石段を登りきると、小さな石畳の空間があり、その向こうに二階建ての石造りの家が背後の崖にもたれかかるようにして建っていた。暗くて細かな造りは分からないけど、窓からは暖かな光が漏れている。
「さあ、入ってくれ」
サリウスさんは両開きのドアを開き、私を中へと招き入れた。玄関のホールの奥の居間らしき部屋には冬でもないのに暖炉の火が燃えている。
「どなたかいらっしゃるんですか?」
「いや。明かりも火も日が暮れるとつくように呪文をかけてあるのだ。一人で戻るとちと寂しいのでな」
一人暮らしなのか。家族は領地にいるんだろうけど、彼一人だけ王都に出て暮らしているのはどういうわけなんだろう?
彼の後について奥へと進む。かなり昔に建てられた家のようだ。内装には木材がふんだんに使われていて温かみがある。でも貴族のお屋敷にしては地味すぎるし小さいな。
「サリウスさんのご家族のお家なんでしょう?」
「いや、私個人の持ち物だ。小さくてがっかりしたかな?」
「いえ、この方が居心地がよくて私は好きです」
「君はそう言ってくれると思っていた。寝室は上の階なのだが……」
言いながらも、目をそらせて頬を赤らめている。彼の方も緊張しているみたいだ。
「じゃ、二階に行きましょう」
「ハルカ、本当によいのだな?」
「ここまで来ちゃったんだから聞かないでください」
「わかった。もう聞くまい」
にやりと笑みを浮かべると、彼はひょいと私を抱き上げて階段を上り始めた。
「あ、あの、自分で歩きます」
「だめだ。逃げられては困る」
「え?」
「今のは冗談だ。だが、気が変わったら正直に言ってほしい。無理強いはしたくないのでな」
正直に気持ちを話したせいで、気を使わせてしまっている。申し訳ないな。彼の身体はやっぱり熱い。初めてのデートの日に公園で抱きかかえられたのを思い出す。
「ねえ、サリウスさん。さっき、伴侶って言いましたよね?」
「ああ、言った」
「どうして私なんですか?」
「私はまだ疑われているのかな?」
「いえ、ただ知りたいんです」
「そうか。だが私にも分からない」
「え?」
「会った瞬間に一目惚れをした。どうしても君を手に入れたいと思ったのだ。……すまぬ。それ以上は分からぬ」
恋する気持ちに説明なんてつけられないのは私にだってわかってるのに、くだらない質問をしてしまった。
「いいんです。ありがとう」
「なぜ礼を言う?」
「私を好きになってくれたからです」
「それなら私も礼を言わねばならぬな」
階段を登りきると短い廊下があり、その先には開け放たれた扉が見える。彼は私を寝室の中へと運び込んだ。
貴族の寝室と聞いて想像するほど大きくもなく派手さもないけれど、調度や寝具などは一目で質の良い物だとわかる。
サリウスさんはベッドの縁に上に私を座らせ、自分も隣に腰を下ろした。顔を近づけて来たのでキスされるのかと思ったら、彼は寸前で動きを止めた。
「ここから先は外界の作法は分からぬが……」
「サリウスさんに任せます」
「うむ、だがそう言われると緊張する」
「やることは変わらないと思いますよ」
本当に緊張しているように見えたので、気を楽にさせようと言ったのだけど、効果はあったようだ。彼は微笑を浮かべ、私のシャツの裾をつまみ上げると、頭からするりと脱がせた。
「ほう、外界の下着か。……どういう仕組みなのだ?」
彼は妙に感心した口調で、今夜のためにおろしたブラを興味深げに眺めた。
「後ろで留めてあるんです。あの、自分で外しますから……」
「いや、私にさせてくれ。今後のために知っておかなくては……ああ、金具で引っかけてあるのだな」
探求心の強いサリウスさんは私の後ろに回って留め具をはずした。今後のためだなんて言われると心も体もくすぐったいな。
彼を戸惑わせたのは外界のブラだけで、妙に手慣れた感じが気になってしまう。今までにも恋人や一夜の相手をこの部屋に連れ込んでいたんだろうな。こんな時にまで彼の過去に妬いてしまう自分が情けない。
次にサリウスさんは自分の重たいローブをどさりと床に落とし、その下のチュニックもズボンも無造作に脱ぎ捨てた。
笑顔を崩さずに私の両肩をつかみ、ゆっくりとベッドに押し倒す。彼の顔が真上から私を見下ろしている。筋肉の隆起がくっきりと浮かんだ身体と端正な顔立ちの背後から光が差して、神話の登場人物のように神々しい。
「よいのだな、ハルカ?」
何度も聞かなくてもいいのにな。心の中で苦笑いして彼の目を見つめ返した私は思わず息を飲んだ。
緑の瞳の奥に渦巻いていたのは紛うことなきむき出しの欲望……単なる肉欲だけじゃない、私のすべてを……私の存在ごと貪り食って取り込んでしまいたいという、凶暴な欲望だったのだ。
本能的な恐怖に駆られて彼から離れようとしたのに身体が動かない。私が返事をしないのを同意と取ったのだろう。熱を帯びた大きな身体が覆いかぶさってきた。
ーーだめだ、喰われる!
逃げられないと覚悟して目を閉じようとした時、青白い光が部屋を満たした。ぐう、という低い呻き声が続く。
何!? 何が起きたの? 彼の全体重が私の身体を圧迫するのを感じて何が起こったのか理解した。
私はサリウスさんを指輪で攻撃してしまったのだ。




