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禁じられた魔法

 留学期間中、図書館でサリウスさんに会うのは仕事が終わってからだ。付き合い出したばかりの頃に比べて、二人とも気持ちに少し余裕ができたので、以前のように落ち着いて講義に集中できるようになった。もちろん合間に散々キスはされたけど。


 今日は『壁』ができる以前の『魔法世界』の地理について教えてもらった。エレスメイアの歴史は周辺国の歴史と複雑に絡み合っている。私に地理の基礎知識がないままではサリウスさんも授業を進めにくいのだ。


「様々な国に様々な姿の生き物が暮らしていたというな。人々は長い距離を旅して歩いた。交易だけではなく、物見遊山も盛んだったそうだ」


 サリウスさんは机の上に広げられた大きな地図を長い指の先でなぞった。


「広い『魔法世界』を旅するなんて楽しそうですね」


「ああ、そうだな。『壁』を越えられるなら越えてみたいか?」


「今は向こう側がどうなってるのかもわからないんでしょう? 怖いですよ」


 そういえばドレイクに誘われたことがあったな。行きたいって言えば、連れてってくれるんだろうか?


 あれからも彼は毎週私に会いには来たが、態度はよそよそしいままだ。卵を産めとも言わなくなったし、鼻先を押し付けてくることもない。やっぱり私が新しい恋を見つけた事に気づいているんだろうか? でも、レイデンと付き合ってる時は気にもせずに求愛してきたのにな。


「ハルカ、どうかしたのかな?」


「ううん、なんでもありません。あの……エレスメイアも今とは全然違ったんでしょ?」


 訝しげな視線に私は慌てて会話に戻った。


「ああ、エルスメイアの国土は北の海まで続いていた。住人のほとんどは王都のある側に移り住んだが、『壁』の向こうに残ったものもいる。今はどうしているのだろうな」


「周りにもたくさん国があったんですよね?」


「西にはラモィル国があった。南の山脈を越えればポリアントス。東のロインダスは『壁』ができたのも悪いことばかりではないと思わせるほどの厄介な国でな」


「どうして?」


「支配者が『禁じられた魔法』を使ったのだ」


「王様が?」


「いや、エレスメイアではロインダスの支配者を王とは認めていはいない。ロインダスの王家はエルスメイア王家と血縁関係にあったのだが、二百年ほど前に、東から来た集団が国を乗っ取り、王家を名乗った。それ以来、両国の間では幾度も国境を挟んだ小競り合いがあったのだ」


 サリウスさんの口調は冷ややかだ。ロインダスを不快に思っているのがありありと感じられる。


「どんな魔法を使ったんですか?」


「色々と気味の悪い話が伝えられているな。紛争の際に死者を兵士として使ったこともあったらしい」


「ええ? ゾンビ映画みたい」


「死者など弱く脆いものなのだが、相手が精神的に参ってしまうので、なかなかの効果があったそうだ」


「そんな魔法、使っても罰は当たらないんですか?」


「罰が当たる? 罰則の事かな?」


「悪い事したら『天』が怒るんでしょ?」


「『天』は人の行いを罰したりはせぬ。それに『禁じられた魔法』は人が法で定めたものだ。『壁』以前の世界では、国の代表者たちが集まり、様々な取り決めを行った。当時制定された国際法をエレスメイアは今でも遵守しているのだぞ」


 国際法と聞いて、私の中の『魔法世界』が突然に広がりを帯びた。エレスメイアがたくさんの国の一つにしか過ぎなかった世界。『壁』の向こう、やっぱり見てみたいかもしれない。


「当然ながら罰則も定められており、個人が『禁じられた魔法』に手を出せば、それ相応の刑罰が与えられた。だがロインダスのように国ぐるみで禁を犯したとなると、実際には制裁を加えるのは難しかったようだ」


「それじゃ禁じても意味はないですね」


「それがそうでもないのだ。禁じられた技を使えば、いずれは己の身に災いとなって戻ってくる。ハルカの世界でも使うべきでない技を使っているではないのか? 年々気温が上がり、水や空気も汚れるばかりだと聞いているが……」


 自分の身に戻ってくるってそういう意味なのか。


「他にはどんな魔法が禁じられてるんですか?」 


「よく知られているものでは、生き物を支配する魔法があるな」


「ああ、それは知ってます。気分の悪い魔法ですよね」


「ふむ、まるでかけられたことがあるような口ぶりだが……」


「え、そんなことはないですよ。その他には?」


 ニッキに縄で縛られて『主従の契約』を結ばされた上に、危うく身体の関係まで結んでしまうところだったとは口が裂けても言えない。私は慌ててごまかした。


「細かいものまで入れるとかなりの数があるのだが、特に禁忌とされているものに命を生み出す魔法がある」


「命って? 生き物を作るんですか?」


「ああ、そうだ。人の手で魂を生み出すことは固く禁じられている。元々は外界人が考えついたと言われているのだがな」


「外界人? 魔法も使えないのに?」


「こちらの世界の技を再現しようとした外界人はたくさんいたのだぞ。むろん『魔素』がなければ不可能だ。まあ、その努力が科学の発展に貢献したわけであるから、全く無駄になったわけではないな」


「本当に外界で生き物を作ろうとした人がいたんですか?」


「そうだ。ゴーレムやホムンクルスという名前は聞いたことがあるだろう」


「それって錬金術の話ですよね?」


 似非魔法だと非難されながらも『魔法世界』に憧れ、外界でも魔法を使おうと研究を続けたのが錬金術師だ。理論や研究成果が記された膨大な量の書物が残されてはいるが、その半分以上は『魔法世界』から仕入れた知識であり、残りは意味をなさない創作であったとされている。


「でも『魔素』がない所じゃ何も出来なかったんでしょう?」


「ああ、外界での試みはすべて失敗に終わった。ところがこちらの世界にその概念が伝わると、同じことをしようとした輩が現れたのだな」


「禁じられてるってことは、成功したんですね?」


「詳しい記録は残ってはおらぬが、彼らは意識と自我を持った生き物と呼べる代物を生み出したらしい。だが、それらの生き物は僅かな知性しか持たず、長くは生きられなかったそうだ」


「ええ? そんなの、かわいそうじゃないですか」


「ああ、あまりに残酷で罪深い技だということで、どこの国でも禁止とされたのだ。だが、ロインダスの奴らのように決まりなど守らぬ者はどこにでもいる。今もどこかで研究が続けられていれば、もう少しましなモノを作り出しているかもしれないがな」


「魔法っていいことばかりに使われるんじゃないんですね 」


「そうだな。『禁じられた魔法』の中にはあまりのおぞましさに記録からは消し去られ、存在すら忘れられたものもあるという。気分の良い話ではないな。もうこの話題は終わりにしよう」


 彼は再び地図に指先を戻し、北の方角へと滑らせた。


「エレスメイアの北の海の向こうには別の国があった。魔法も使えるのに肉体的な暴力もよしとする者達でな、クジラや巨大な海牛(かいぎゅう)と共に冷たい海を旅をしていたそうだ」


 北欧では『門』があった場所が十か所以上も特定されている。古来より神々の世界への入り口とされてきた場所だ。神と呼ばれた北方の『魔法使いたち』は今もこのエレスメイアのように『壁』で閉ざされた小さな空間に封じ込められているのだろうか? 


ーーすべてが繋がる。


 そうタニファは言った。『壁』によってバラバラにされたこの世界が、また繋がる日が来るという意味なのだろうか? だとしたら、私はそのために送り込まれたの? 


「今日はいろいろと考える事があるようだな」


「あ、すみません」


 慌てて地図から顔を上げると、サリウスさんが微笑んでいた。胸がきゅっと熱くなる。この人が好きでたまらない。どこの誰なんだか全く分からないけど、それでも息が苦しくなるほどに好きだ。


 彼は黙って立ち上がり、私の隣に席を移して椅子を寄せた。


「どうも集中が足りぬようだ。これからはここに座って講義をさせてもらおう」


「ダメです」


「どうしてかな?」


「あなたの顔が見えなくなっちゃうから」


「では、こうすればよかろう」


 彼は右手を私の頬に添えて自分の方に向け、そのまま私に口づけた。


「ほら、これじゃ勉強になりませんよ。せっかく講義に集中できるようになったのに……」


「心配は無用だ。講義にならいくらでも時間は割こう。君がもう歴史の話など聞きたくないといい出すまではな」


 そう言って、また私の唇を塞ぐ。こんな調子じゃエレスメイアの歴史を一通り習うのに何年もかかってしまいそうだ。


「ところで、ハルカ」


「はい」


「外界人の慣習にならって、君との関係には十分に時間をかけてきたつもりなのだが、そろそろ次の段階に進んでも構わないだろうか?」


「え?」


 次? 次って……?


「来週は私の所に泊まりに来て欲しい。君を抱きたいのだ」


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