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剣士になりたい

 ドレイクのおかしな振る舞いが頭の片隅に引っかかってはいたけれど、だからといってどうすることもできない。今は留学生がエレスメイア入りしたばかりの大切な時期だ。現地オフィスの職員として、生徒さんのお世話に専念することにした。


 生徒さんに快適に過ごしてもらうように気を配るだけでなく、トラブルを事前に防ぐのが私たちの役目だ。週に一度の面談はかかせないし、学校やホームステイ先に出かけていって、生徒さんの様子を聞き取ったり、ご近所の人の話を聞いたりもする。トラブルの芽はいつも思わぬ場所に潜んでいるからだ。



        ****************************************



 この日はオーストラリアの好青年、カールとの面談の日だった。


「剣が欲しいんです」


 席に着くなり彼が言った。


「剣? ヨーロッパの騎士が持ってるみたいな奴?」


「ええ、そうです」


「買えるのかなあ?」


「武器は違法なんですか?」


「ううん、でも、売ってるお店は見たことないから……」


「『魔法世界』に行ったら剣士になりたいって思ってたんです」


 そう言って彼はまた夢見るような表情を浮かべた。


「うーん、剣士ねえ」


 武道が好きでオーストラリアで空手や剣道に励んでいたとは聞いたけど、これは予想してなかったな。


 エレスメイアに剣士なんているのかな? 軍人も剣なんて使わないし。杖を使った攻撃魔法の方がずっと威力があるので剣は必要ないのだ。


 戦争が多かった時代には、剣や槍を携えていた人もいたけれど、銃火器に竹槍で挑むようなもので、攻撃魔法の使い手に近づくことすらできなかったそうだ。


 とは言っても、こちらにも外界の武器に憧れを抱く人もそれなりにいて、『魔具』として剣を持ち歩く人をたまに見かける。あくまでも魔法を使う媒体にするだけで、物理的な攻撃に使うことはない。人を攻撃すること自体が違法だしね。


 残念ながらゲームやファンタジー映画のような迫力いっぱいの接近戦はこの世界には存在しないのだ。けれども期待に満ちた目で見つめられると、剣士になるのは無理だとは言えなくなってしまう。


「ねえ、ハルカ。武器の事でしたら、サフィラさんに相談してみてはいかがです?」


 後ろで話を聞いていたレイデンが助け舟を出してくれた。確かに彼女は外界の武器研究の第一人者だ。剣がどこで手に入るのか知っているかもしれない。



 留学生の滞在期間は短く、一日一日が大切だ。少しでも早くカールの願いをかなえようと、翌朝、私は『魔法院』のサフィラさんの研究室を訪れた。


 研究室に併設された収蔵庫は、長年にわたって収集された古今東西の武器で今にも溢れそうだ。剣の類もたくさんあり、劣化を防ぐ呪文がかけられているので、どれも鍛えられたばかりの新品のように見える。外界じゃこんなの博物館でしかお目にかかれない。さすがにここにあるものは借りられないだろうなあ。

 

 事情を話し、剣はどこで手に入るのかと尋ねると、サフィラさんは顔を輝かせた。


「まあ、剣に興味が? それなら私の通ってるクラブにお誘いしましょうか? 外界の古い武器に興味のある者の集まりなので、彼のご要望にはぴったりかもしれませんよ」


 そういえば以前、武器愛好家のクラブに勧誘されたことがあったな。サフィラさんの武器や攻撃魔法に対する異常な情熱にはついていけないので、やんわりとお断りしたのだ。


 週末、カールを連れて、指定された場所に向かった。王都のはずれで馬車を降り、林道を少し歩くと、平たい屋根をした木造の大きな建物が立っていた。日本の山寺を連想させる簡素なたたずまいだ。けれども中からはガチャンガチャンと金属がぶつかり合う音が響いてくる。


 ドアをノックすると頭の先からつま先までピカピカの甲冑に覆われた人が現われたので、ぎょっとした。


「いらっしゃい。ハルカさんとお連れ様ですね」


 くぐもった声がヘルメットの中から聞こえてくる。彼はドアを大きく開けて招き入れてくれた。


「うわ、すごいですね」


 カールは嬉しそうに部屋の中を見回した。何の目的で作られたのかは分からないが、柱も何もないだだっ広い空間が広がっており、様々な外界風の武具を身にまとった人たちが、剣を打ち合わせている。壁際に立って試合を眺めたりおしゃべりしている人を入れると三十人はいるだろう。


 場所も時代もバラバラで、なんだかコスプレイベント的な香りがしないでもないけど、みんな様になりすぎていて、『本物』にしか見えない。


「やあ、新顔さんだね。いらっしゃい」


 近くに突っ立っていた男性が明るく挨拶してくれた。大きな体に革でできた鎧のようなものを着こんでいる。


「俺は1300年代の武器が好きなんでね」


「はあ、そうなんですか」


 得意そうに言われても、どう返せばよいのかわからない。武器と言っても彼は何も持っていないので、そっちに話題をふることも出来ないし。


「みなさん、それぞれお好きな分野があるんですよ。私はその日の気分ですが」


 出迎えてくれた甲冑男性が会話に参加してくれたので助かった。この人、今日は甲冑を着たい気分だったのかな。


「ところで、彼は外界の剣士だと聞いていますが……」


「いいえ、違いますよ。こっちに来て剣士になりたいというので、サフィラさんにお誘いいただいたんです」


「それなら、ここにいらしたのは正解でしたよ。剣はいろいろありますから、好きなのを使ってください」


 彼は壁一面が武器で埋め尽くされた一角に私たちを案内してくれた。映画でおなじみの長剣から、どう使うのか想像もつかないようなものまでずらりと並んでいる。


 カールは大きな剣を手に取ると、慣れた手つきで軽々と持ち上げた。


「オーストラリアでもロングソードファイティングのクラブに入ってたんですよ。剣は馬具屋の友達が打ったものなんで、こんなに格好良くはないですけどね」


 そう言いながらうっとりと装飾のついた柄を眺めている。どの武器も模造品には見えない。もしかして、サフィラさん、『魔法院』の収蔵庫から持ち出しているんじゃないだろうな。


「あら、ハルカさん、いらっしゃってたのね」


 疑惑のサフィラさんがどこからともなく現われた。いつもと変わらず上品なワンピースを纏っているのが、ここではひどく場違いに見える。


「ああ、今お知らせしようと思ってたんですよ」


 甲冑男性はヘルメットを脱いで棚の上に置いた。長い金髪が白銀の肩当の上にはらりとこぼれ落ちる。払いのけられた前髪の後ろから現れた瞳は明るい琥珀の色。なんてきれいな人なんだろう。そして、ものすごくニッキに似てる。こちらの方が少し年上に見えるけど。


「もしかして『東の森』の方ですか?」


「ええ、そうです」


 彼は明るく微笑んで答えてくれたけど、ヘルメットを通さない声は高く澄んで響いた。もしかしてこの人、女の人なのかな? 


「ハルカさんにお会いできて光栄ですよ」


「え? 私を知ってるんですか?」


「ええ、私の従弟がご迷惑をおかけしているのでしょう?」


「従弟ってニッキのこと?」


「はい、そうですよ。手が焼けると思いますが、中身は素直なよい子ですのでよろしくお願いしますね」


 道理で彼とよく似ているわけだ。身内なら『主従の契約』の事や私が『ドラゴンスレイヤー』である事も聞いているのかもしれない。


「ウルナナムルナナさん、カールさんとお手合わせして差し上げたらいかがかしら?」


「はい」


 サフィラさんに言われて、性別不詳の美しい人はヘルメットを取り上げた。『ウルナさん』で辞書登録。今度ニッキにどっちなのか尋ねてみよう。


 カールは何本か剣を握ってみて、しっくりくるものを見つけたようだ。


「特にルールはありませんが、攻撃魔法は禁止ですよ。使った時点で負けになりますから」


 ウルナさんに言われてカールが首を傾げた。


「攻撃魔法ですか? まだ習ってないんですし、使えるかどうかもわからないんです」


「それなら、心配はいりませんね」


 サフィラさんが笑う。


「あの、防具は付けないんですか?」


「今日は初日ですし、ない方が動きやすいでしょう」


「でもそんな剣が当たったら死んじゃいますよ。生徒さんの身を危険にさらすわけにはいきません」


「いえ、ちゃんと防護の魔法をかけますから大丈夫ですよ」


 つまりこの人たち、甲冑も鎧も趣味で着ているだけってことらしい。


「せっかくですからハルカさんも剣を握ってみられてはいかがです?」


 彼女は比較的短い剣を選ぶと、有無を言わさず私の手に押し付けた。こういう時のサフィラさんに逆らっても無駄なのは分かっているので私はおとなしく受け取った。


「へえ、案外軽いんですね」


 鉄の板のように重いものだと思い込んでいたのだけど、よく見ると刀身はかなり薄く作ってある。


「ハルカさん、構えてみてくださいな」


 そう言われても構え方なんてわからない。とりあえず、頭の上に振り上げてみた。


「あれ、ハルカさんも剣道やってたんですか?」


 カールがすかさず指摘した。有段者の彼には構え方でわかるらしい。


「うん、少しだけね」


「まあ! ハルカさんは武士でいらっしゃったのね」


 サフィラさんの顔がぱっと明るくなる。なんだか嫌な予感がするな。


「いえ、子供の頃、剣道のクラブにほんのちょっと入ってただけですよ」


 小学校の高学年から始めて中学の途中でやめちゃったので、ほんとにちょっとだけだ。例の特技で、試合で緊張するということがなかったので、割と強かったんだけどね。


「あら、まあ、それは素敵だわ。ビニラネス、あれをお持ちしてくださいな」


 サフィラさんは私の話を全く聞かず、革の鎧の男性に指示を出した。


「ああ、あれですね。はいはい」


 彼はいそいそと別の部屋に消えたが、しばらくして細長い箱を持って戻ってきた。箱を開けると中からは美しい鞘に納められた日本刀が現われた。


「うわ、すごい! 本物ですよね?」


「ええ、素敵でしょう? 私のお気に入りです」


 サフィラさんは箱から刀を取り出して、慣れた手つきで鞘から刀身を抜き放った。


 海外でよく見かけるお土産用の日本刀とは迫力が違う。これにも劣化を防ぐ魔法をかけられているとみえて、刀身は生きているかのように薄青くみずみずしい光を放っている。鍔には見事な黄金の竜が浮き彫りにされていた。ドレイクに似てるけど、顔がなんとなく東洋風だな。


「当時の日本の権力者からエレスメイアの国王へ友好の証として贈られたものだと聞いていますよ」


 もしや、これは国宝級の刀なのでは?


「そんな刀がどうしてここにあるんですか?」


「だって使わないと道具の意味がありませんでしょ? 王宮の収蔵庫からお借りしているのですよ」


 サフィラさん、研究者の特権を趣味のために使ってはいけないのでは? 


「さ、ハルカさん、どうぞ」


 彼女は私に刀を差しだした。木刀なら振ったことあるけど、日本刀は居合をやってる先輩に握らせてもらったことしかない。


 持ってみるとずっしりと重みを感じた。無意識に竹刀と比べてしまうからだろう。


「それではハルカさん、勝負いたしましょう」


 サフィラさんはいきなり棚のラックから長い剣を抜き取って、私に切っ先を向けた。


「え?」


 真剣で戦えって? それも日本刀と剣で? この人、何を言い出すんだろう?


「防護の魔法をかけても当たったら痛いですよね?」


「ええ、でもせいぜい打ち身ができる程度です」


 打ち身でも嫌なんだけど。


「刀が折れちゃいませんか? 大切な刀なんでしょう?」


「武器にも呪文がかけてありますよ。心配ご無用です」


 いつの間にか部屋中の人が集まってきている。メンバーの一人が私に防護の呪文をかけてくれた。全身がぎゅっと締め付けられたようで気持ちが悪い。


 手合わせするまでは逃げられそうにもないので、覚悟を決めて刀を上段に構えた。刀は竹刀の何倍もの重さがある。剣道やってたからって、日本刀を使った戦い方なんで分かるはずもない。なんでこんな事になっちゃったんだろう? 


 まずは深呼吸をして心を静めた。酷い打ち身を作らないことを目標として戦おう。


 サフィラさんは初心者相手だというのに気迫のこもった表情で私をねめつけている。握った刀を通じて彼女の強さがじわりと伝わってきた。さっきまで場違いに見えていたのに、今はワンピース姿のサフィラさんがこの場のすべてを支配しているように思える。この人、相当の攻撃魔法の使い手だ。


「ハルカさん、もうちょっと気合を入れてくださいますか?」


 彼女が眉を上げた。


「ええと、入れてるつもりなんですけど」


「そうですか。まあ、いいでしょう」


 こりゃ、手加減なんてする気なんて全くないな。


 審判のビニラネスさんの合図に、一直線にサフィラさんが突っ込んできた。剣道にこんな動きはない。長剣で私を刺し貫くつもりなのだ。


 刀を打ち下ろしてなんとか相手の剣を払った。刀の重みに引っ張られながらも、右足を軸に身体を回しサフィラさんの動きを追う。振り返るともう彼女の剣の先が目の前にあった。


 ーー避けられない!


 青い閃光が走り、彼女の剣が弾き飛ばされた。刀を『魔具』として、反射的に攻撃魔法を使ってしまったのだ。


「はい、反則」


 ビニラネスさんが笑いながら手を挙げた。


「ハルカさんって凄い技、使うんだねえ」


 彼は私が『ドラゴンスレイヤー』だとは知らない。


「ご、ごめんなさい。つい……」


「いやいや、みんな最初はああだよ。サフィラさん相手に一撃目を受けただけ大したもんさ」


「よく呪文を唱える余裕がありましたね」


 サフィラさんもそっちの方に感心している。そんな余裕はなかったから、唱えなかったんだけどな。


「刀は大丈夫ですか?」 


 サフィラさんに刀を手渡しながら、レイデンの杖を使ってしまったときのことを思い出して心配になった。


「ええ、武士の魂が宿ったようですね。とてもよい感じですよ」


 彼女は刀身に指を這わせてふんわりと微笑みを浮かべた。無茶苦茶言うなあ。武士をなんだと思ってるんだろうか?


「また来てくださいね」


 帰りはみんなが暖かく見送ってくれたけれど、私が戻って來ることは二度とない。カールは毎週通うことにしたらしいけれどね。


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