突然の飲み会
「さっき、俺の悪口言ってただろ?」
言葉が通じるようになると、早速ニッキがジャニスに食ってかかった。
「まさか、そんな事するはずないじゃない。それよりもハルカの話をしましょうよ。図書館のイケメン男はどんな感じ? 付き合うことにしたんでしょ?」
「うん」と、答えたけど、この話題はできれば避けたいな。
「とにかく一度会わせろよな」
ほら、またニッキが蒸し返す。しつこいなあ。
「嫌だって言ったでしょ?」
「紹介したって減るもんじゃないだろ? お前は俺の主人だからな。そのジジイがお前にふさわしい男かこの目で確認してやる」
「なんであなたに確認してもらわなきゃならないの? あなたよりもずっと礼儀正しいし、品もあるよ」
「そう言うなよ。ババアにも報告しなきゃなんねえしよ」
「会わせたてあげたらいいじゃない。会うまでこの人、納得しないわよ。そこまでいい男なら私も会いたいわ」
確かにジャニスの言う通り、一度会わせればおとなしくなるかもしれない。
「じゃ、一回だけだよ」
「おう、一回で十分だ」
サリウスさんが気を悪くするようなことを言わなきゃいいけど。憂鬱だなあ。
「ところでアミッドとはどうなったの?」
私は話題をジャニスに振った。約束通り、イケメン『ドラゴンスレイヤー』のアミッドとの仲を取り持ったのだけど、その後の進展を聞いていない 。
「ありゃ、ダメだわ。好きな相手がいるみたい」
「ええ? アミッドに?」
「わかるのよ。ベッドの中でも眠たそうな顔してるし」
「眠そうなのはいつものことだと思うけどな」
「間違いないって。聞いても教えてくれないけど、挙動不審になるのよね。かなり惚れてると見たわ」
「なんだ、残念だったね」
「そうねえ、週に一度は会ってくれるから私は構わないけど」
結局、エレスメイア流の身体のお付き合いに落ち着いたようだ。
それにしても、アミッドに好きな人がいたなんて。ほとんど『魔法院』にいるから相手も『魔法院』の人だと思うんだけど、噂の一つも聞いたことがない。気になるな。
その時、インターホンのベルが鳴った。覗き穴から覗くと外にはジョナサンがいた。
「待ってください。すぐに開けますから」
『魔素部屋』はドアを閉めると自動でロックされてしまう。私がドアを開くと、ジョナサンが素早く中に入った。『魔素』が漏れ出せば、それだけ魔法生物の消耗が早くなってしまうのだ。
「なんでフィリピンに来なかったんだい? 会えると思ってたのに」
私の顔を見るなり、彼が尋ねた。
「この子は失恋で大変だったのよ」
ジャニスが私の代わりに説明する。行かないと決めたのは失恋する前だったのだけど、リゾートホテルで遊ぶ時間がないから断ったとは言いにくい。そういう事にしておこう。
「ええ? あの写真流出のイケメンと別れたのか? あんなにハルカにベタベタだったのに……。ああ、すまない」
「大丈夫ですよ。お互いに新しい相手も出来て、今ではただの友達です」
「そうか。それならいいんだが……」
レイデンの相手が矢島さんだと知ったら驚くだろうな。
「おい、俺が行かなかったのは残念じゃねえのか?」
ニッキが不満そうに割って入る。
「だってお前はアメリカの事務所に就職したんだろう? 仕方ないじゃないか。ところでキュウタはどうした?」
「知らねえよ。俺と久しぶりに会ったのに、なんでキュウタのこと気にしてんだよ?」
「悪い。お前とハルカには土産があるんだ。後で持ってくるよ」
「ほんとか?」
ニッキの顔がぱっと明るくなる。嬉しそうだな。やっぱりジョナサンが好きなんだな。
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私たちは『魔素部屋』を出て、留学生たちの様子を見に行った。研修会は明日からなので、今日一日はのんびりと旅の疲れを落としてもらうだけだ。私たちもたいしてやることもないのだが、夕飯は全員で食堂に集まって取ることになっている。
夕食の席では、代理店職員が担当の生徒さんたちと一緒に座って話をする。みんな私よりも英語が堪能なので、意思の疎通が楽だ。唯一英語の苦手な木下さんは気分がすぐれないらしく、ジョナサンが彼の部屋に夕食を持って行ってくれた。彼が付き添いで来てくれて本当に助かったな。
今回、どこのグループも人数が少ない中、ジャニスのところだけが大所帯だ。予想通り、ニッキが注目の的になっている。一人だけ服装の違うニッキはゲームから抜け出て来たキャラにしか見えない。時々表情が険しくなるのは『エルフ』という言葉を耳にしたからだろう。
夕食が終わり、生徒さんたちが部屋に戻ると、私たちはニッキの『魔素部屋』に集まった。
「おう、差し入れだ」
しばらくして矢島さんが段ボール箱を抱えて入ってきた。アルコール飲料の缶やボトルを次々に取り出してテーブルの上に並べ出した。
「あれ? 職員の飲酒は禁止でしょ? 緊急時に酔っぱらってちゃ困りますよ」
「今夜はジョナサンがいるだろ?」
「せっかくの機会だし、一緒に飲みたいのは分かりますが、規則は規則ですから」
「キュウタが言ったのはそういう意味じゃないよ」
ジョナサンが笑った。
「僕はアルコールの分解ができるんだ」
「え?」
「珍しい能力なんだよ。滞在許可が出るほどじゃないけどね」
「ということだ。何か起こったらジョナサンに酔いを醒ましてもらえ」
まるで自分の能力であるかのように、矢島さんが胸を張った。そんな便利な魔法があるんだ。『魔素』がないと使えないなんてもったいないな。
「でも、いくら酔わなくても、飲み会したのがバレたらまずいでしょ?」
「今年の責任者は俺だからバレないんだ。お前らが話さない限りな」
矢島さん、さすがにいい加減すぎるんじゃないのかな。シホちゃんも誘おうかと思ってたけど真面目な彼女を引き込むのはやめておこう。
バレる心配がないのならと、私はビールを一缶空けた。ジョナサンとジャニスはちらりとしか面識はなかったそうなのに、旧知の仲のように打ち解けている。この中では私が一番新顔なので、共通の話題について行けないこともあったが、聞いているだけでも面白い。
一時間ほど話し込んでから、矢島さんとニッキが一度も言い争っていないことに気が付いた。それどころかお互いのに相槌を打ったり、冗談に笑い合ったりすらしているのだ。ジョナサンが間に入るだけで、犬猿の仲の二人も穏やかに話ができるらしい。
ニッキと矢島さんの相性の悪さを目の当たりにして、留学時代に三人でつるんでいたという話には半信半疑だったのだけど、ジョナサンのおかげだったんだ。大人っぽくて面倒見のいい彼にニッキが惹かれるのも分かる気がする。
「明日は早いから、そろそろ寝ないとね。じゃ、あたし、部屋に戻るわ」
そろそろ十時を回ろうという頃、疲れた顔のジャニスが立ち上がった。私ももう寝た方がよさそうだ。
あれ、私の部屋どこだったっけ? 玄関ロビーに部屋割りの表が置いてあったのだけど、確認するのを忘れてた。私は洗面所で水を飲んでいる矢島さんを捕まえた。
「私の部屋、分かりますか? 職員は一つ下の階ですよね?」
「お前は『魔素部屋』で寝ろ」
「え?」
「ニッキと相部屋にしておいてやったんだ」
どうして? と聞きかけて恋人の設定になっているのを思い出した。まあ、いいか。『魔素』があった方が居心地がいいし。
「俺はもう帰るから、後は頼むぞ」
「どこに帰るんですか?」
「自宅に決まってるだろ?
「矢島さん、家があるんですか?」
「当たり前だ。 『本部』の敷地内に職員用の住宅があるんだよ」
「なんだ。職場に住んでたんだ」
「お前だって職場に住んでるだろ? だが、この間、フライブルクにも一軒買ったんだぞ」
「ええ、もしかしてレイデンを連れ込むのに買ったんですか?」
「おかしな言い方をするな。街中の方が観光に連れてくのに便利だろ?」
矢島さん、そこまでするとはどれだけ彼に入れ込んでるんだろう。
「おい、ニッキ。ちゃんとハルカを寝かしてやれよ」
洗面所から出ると彼がニッキに声をかけた。
「ええ? ハルカとニッキか? こりゃ意外だな」
ジョナサンが心底驚いた顔でニッキと私を見比べる。
「なるほど、新しい相手ってそういうことか。なかなかお似合いだよ」
遠慮したのか、ジョナサンも立ち上がって矢島さんと一緒に出て行ってしまい、私たちは二人きりで残された。
しまったなあ。ジョナサンにまで恋人同士だと思われてしまったよ。ニッキが気にしてるんじゃないかと振り返ったけれど、彼の表情からは何も読み取れなかった。




