王都を歩く
サリウスさんは貴族特有の衣装のせいで図書館でも浮いて見えたが、奇抜な服装の人が多い王都の通りにいてもやはり場違いに見えた。
そういえば街中で貴族を見た覚えがないな。あまり出歩かないものなんだろうか?
「ハルカ、行きたいところはあるかな?」
「ええと……すぐに思いつきません。しばらく散歩するのはどうですか?」
「ふむ、ではそうするか」
並んで歩きながら彼は私の腰あたりに何度も視線を落とす。なんだろう? 下着が透けてるってことないよね。
「あの、なにか?」
「いや……、手をつないでもよいだろうか?」
なんだ、私の手を見ていたのか。また不埒なことを想像させたのかと思ったよ。
私がうなずくと彼はおずおずと腕を伸ばし、私の手を握った。間違いなくモテるだろうし、女性経験は豊富なはずなのに、妙に初々しくてまたドキドキする。
図書館で歴史を語ってくれた知的な声が、照れくさそうに私の名を呼ぶのは不思議な感じた。この人は私の彼氏なのだ。もう二度と恋なんてできないと思ってたのに、失恋の薬のお陰なのか、初恋を再び体験しているみたい。
建国当時から王都であったこの街には歴史がぎゅうぎゅうに詰まっている。何度も生徒さんの観光案内をしているけれど、私の知っているのはほんの一部に過ぎない。由緒のある建築物や、歴史的な出来事の舞台を通りがかる度に、サリウスさんが解説をしてくれた。私の質問にも一つ一つ丁寧に答えてくれる。
「デートのはずが図書館の日みたいになっちゃいましたね」
「私は構わないが。君とこうやって共に過ごせるだけで嬉しいのだ」
本当に嬉しそうな様子につられて、私の顔が熱くなる。
見れば見るほど、素敵だな。レイデンの事を忘れられなかったとはいえ、全く気づかなかったなんて信じられない。
こんな人がどうして私なんかを気に入ったのかな? その疑問の答えはまだ出ていない。
恋人って言っても色々だからな。知的で探求心の強そうなサリウスさんの事だから、外界人の私に惹かれているだけなのかも。しばらく付き合ったら、こんなものかと興味を失ってしまうかもしれない。
「私はそんな男ではないぞ」
「え?」
「信じていないのだろう。顔に出ているからな」
表情でそこまでわかるのかな? 私の周りにはレイデンにしろニッキにしろ、見抜いちゃう系の人が多い気がするけど、彼にもそういう能力があるのかも。
「今すぐに信用しろとは言わぬ。私がどのような人物なのか、君の目で見極めてくれればよいのだ」
そういえば、ニッキにもそう約束したな。会ったとたんに恋に落ちてちゃ世話がないけれど。
「それじゃ、あなたの事をもっと教えてください。どこの貴族家の人なんですか?」
「それは言えない」
「え?」
「訳あって今はまだ話せないのだ。しばらく待ってはくれないか」
気にはなるけど、話せないという相手から無理に聞き出すわけにもいかない。
「心配は無用だ。クーデターなど企んではおらぬ」
サリウスさんがニヤッと笑った。
「そ、それは忘れてください」
穴があったら入りたい。さきほどの醜態を思い出して顔に血が上る。
「すまぬ。ついからかいたくなってしまってな」
いきなり彼が声を立てて笑ったので、驚いて彼の顔を見返した。この人、こんなに楽しそうに笑うんだ。
「君はエレスメイアを裏切らぬとも言っておったな」
「だから、忘れてくださいってば」
「いや、外界人の君の口からそのような言葉が出るとはな。感銘を受けたのだ」
「この国が好きなんです」
言い訳がましく私は言った。酔っぱらいの発言に感動されても恥ずかしいだけなのに。
「ああ、素晴らしい国であろう。私も気に入っておる。今のところはな」
「え?」
「君を誘拐せずとも、私一人でこの国ぐらいはひっくり返せるのだぞ」
「え、え?」
「ただの冗談だ」
また声を立てて彼が笑う。今の表情、冗談には見えなかったんだけど……。
「だが、どうして私が君をクーデターに利用するなどと思ったのだ? 君には何か特殊な能力でもあるのかな?」
「それも酔っぱらいの妄想ですから忘れてください」
交際を始めたからといって、『ドラゴンスレイヤー』である事は明かせない。まずは院長に許可を貰わないと、機密を漏らすわけにはいかないのだ。
「すまぬ。調子に乗り過ぎてしまったようだ」
私が黙りこんだので、気分を損ねたと思ったらしい。彼は表情を伺うように、私の顔を覗き込んだ。
「気にしてませんよ。それより、お腹が空いてきました。何か食べに行きましょう」
「それならば、よい店を知っている。今日はハルカを連れていこうと思っていたのだ」
彼は私の手をひいて、さらに狭い裏路地へと私を導いた。
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王都の中心部には四、五階建ての建物が多いのだが、長い歳月をかけて増築され続けてきたために、全く異なるデザインの建築物が積み重なって層をなしていたり、隣の建物と融合したりしている。重力に制限を受けない事が自由奔放さに拍車をかけていた。
大通りから一歩足を踏み入れると建物の間の路地はまるで迷路だ。アリの巣のように地下街も広がっており、上下左右に移動するうちに自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。私が知らない場所を訪ねるときは、いつも子供や小鳥に駄賃を払って案内してもらっている。
サリウスさんは入り組んだ裏路地を迷わずに進んでいく。途中、すれ違う人が頭を下げて挨拶した。「おや、貴族様」と親し気に声をかける人もいる。このあたりにはよく来るのかな?
路地裏といってもジメジメした感じはなく、空が見えない場所でも隅々まで魔法の光で明るく照らされている。角を曲がると洒落た飲食店や、服飾の店が現われたりするのだが、自分では二度とみつけられそうにない。壁から突き出たバルコニーでは奇妙な鉢植えの植物が育ち、娼婦がのんびりと客を待っている。
やがて私たちは小さな店へとたどり着いた。「ああ、サリウス様、いらっしゃい」と主人が嬉しそうに招き入れてくれる。店内は古びてすすけた感じがして、貴族が来るところだとは思えないが、料理は驚くほどにおいしかった。人目につかないこんな店まで知ってるなんて、彼はずいぶんと王都に詳しいんだな。
食べ終わったと思ったのに、主人がデザートらしき物が乗った皿を持ってきた。
「それは頼んではおらぬが」
「外界人のお嬢さんにおまけでさぁ。私のひい婆さんはイタリアってとこから来た外界人だったんでね。うちじゃ外界風の食べ物がよく出たんですよ」
だから私の口に合う味だったのかな。
これまたおいしいケーキを食べ終えて立ち上がった時、店の奥から露出度の高い服を着た女性が出てきた。サリウスさんの姿を見て顔をほころばせる。
「まあ、貴族様、いらしてたのね。この間のおキレイな方は一緒じゃありませんの? お部屋も空いておりますし、あたくしがお相手させていただきますけど?」
「いや、今日は連れがいるのだ」
「あ、あら、これは失礼いたしました」
彼の陰にいる私の存在に気づいて、彼女は頬を赤らめて謝罪した。
「いや、気にせずともよい」
サリウスさんは鷹揚に微笑んで、会計を済ませる。笑顔の主人に見送られて私たちは店を後にした。




